2012年1月28日 (土)

映画「戦争のない20日間」

戦争のない20日間(アレクセイ・ゲルマン DVD-BOX)

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1976年ソ連
監督:アレクセイ・ゲルマン
キャスト:
ロパーチン…ユーリィ・ニクーリン
ニーナ…リュドミーラ・グルチェンコ
空軍大佐…アレクセイ・ペトレンコ
ルブツォフ…ミハイル・コノノフ
ルブツォヴァ…エカテリーナ・ヴァシリエヴァ

 昨年の3月の末のことだったか、ようやく自分の住んでいる区域の外へ出る気分になって行ってみた時のこと。同じ市内なのに数㎞内陸に入っただけで何とも言えない違和感に戸惑うというか慌てたものだ。沿岸部に戻ってきて、買い物をしたりその辺を歩いている人たちの風体や会話などから、なんか変な雰囲気だったのはこっちだったか、と気付いた。
 と同時に、戦場を「フィールド」と呼ぶ感覚ってこれか、と妙なところで納得した。フィールドの中は地面も国家組織も人間の体までもが、ぐっちゃぐちゃのでろでろだけれども、フィールドから一歩外に出ると普段と何も変わりない日常が同時並行的に存在する。戦争なんて起こってんの?くらいの勢いで、今この時にも多くの兵士が死に直面しているのに、誠にもって愚にもつかないことで議論していたりして。そんな事している場合か、と。戦争を災害と置き換えてみると、被災地の感覚はそれに似ている。

 ロパーチンは20日間の休暇をもらって前線を離れるのだが、それは友人の戦死をタシケントに疎開している彼の奥さんに知らせるという任務を伴ったものだった。ちなみにタシケントまでは列車で7日もかかる。 その車内でいきなり戦場に行っていたため妻を寝とられた男の話が10分以上続く。
「うわ、うぜぇ」
と思い、なんだか面倒くさそうな映画だから観るのやめようかな…と割と本気で思ってしまった。

 でも、タシケントに着くと間もなく離婚調停のために元妻(現地の男と既に結婚して子供もいる)を訪ねるから、ははぁ、ロパーチンも彼と似たような境遇だったか、と何となくわかる。すると、夫の死に取り乱す友人の妻やら、時計を送ってきたから夫は戦死したのではないかと気も狂わんばかりのよその奥さんが出てくるたびに、アイタタタタ…その質問をロパーチンにするかな、と心配になってくる。
 その他、戦場を遠く離れたタシケントの住人たちがロパーチンにする他愛ない質問が、ことごとく生身の肉をえぐるようなむごい質問のように感じられるのだ。その一つ一つは耳掻きですくうほどのわずかな肉かもしれない。前線の様子を銃後に知らせる広報のような役割を担う事を期待されているロパーチンはその一つ一つに誠実に思いやりある答えを返しているのだが、休暇を全部消化しないうちに前線に帰っていってしまうのだから、そのダメージは着実に蓄積していたんだろうなぁ。

 そう想像させるエピソードが、スターリングラードの戦いで「英雄的な」抵抗活動をした女性の物語をお芝居にしたものを見て意見を求められた時のことだ。ロパーチンはスターリングラードにも短期間ながら赴いているし、実際に現地の人に話も聞いているから、必要以上に脚色されている舞台がどうも違うと思えてならない。「顧問」と称する退役軍人と議論しているうちに、敵に爆撃されて轟音ともに崩れ落ちる建物の映像がフラッシュバックのように蘇る。

 この映画、ドンやスターリングラードの激戦地でなく、友人が不運にして亡くなった故郷に帰る日の朝のことを鮮明に思い出すのはなぜなんだ、という疑問で始まるが、これがその答えなんじゃないだろうかと思った。
 そこまでは悲しい思い出として受けとめることが出来るけれども、それ以上の酷い体験は自己防衛本能が働いて普段は意識の上に出てこないようになっているからではないのだろうか。でも、忘れてしまった訳ではないので、ふとしたきっかけでよみがえってくるのだ。

 だから、ロパーチンが軍需工場の工員たちの前でする演説はここだけ切り取ると紋切り型のプロパガンダのように聞こえるけれども、実はそうでないことがわかるだろう。前線に行ったことのない人にわかってもらおうとすればこう言うしかないなぁ、と。
 ロパーチンの思いは、ニュースなどでインタヴューに答えて復興に向けて前向きのコメントをする被災地の人たちの思いと重なり見ていてつらい。マスコミがお涙頂戴で作っているんだ、なんて斜に構えて言う輩もいるかもしれないが、そうじゃないんじゃないかなぁ。

 この工場にも「Все для Фронта, все для поведы ! すべては前線のために、すべては勝利のために!」なんていかにもソ連的なスローガンが掲げてあるのだが、全体主義の権化のようなソ連でさえ「フィールド」の中と外ではこれほど意識のギャップがあるのだ。
「…ベルリンまでの道のりの何と遙かなことか」
で終わる最後のセリフが今の我々にもズシンとくる。

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2011年12月25日 (日)

『ゴビの岩画』第二版@31日東U-39b

な、なんだってー!
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と、いうわけで『ゴビの岩画』第二版は12月31日、コミックマーケット81にて発売です。初版を買ってくれた方は、こちらも参照

ゴビゴビした雰囲気で盛り上がっていただければと、パブーにゴビを舞台にした時代小説(笑)『ゴビに生きる』もアップしておきました。読んでからコミケットに来るもヨシ、『ゴビの岩画』を片手に読むもヨシ。

場所は群雄堂さん(下記参照)。『ゴビの岩画』の他にも歴史関係の本をイロイロ出しているから見に来て下さい。

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『ゴビの岩画』はもうできあがっていまして、印刷があまりにもいいできで初めて見た時は興奮しました。 表紙は昨年の初版(コピー版)よりやや軟調にスキャンし直したのですが、ここまで階調が出るもんなんですね。

でまた裏表紙が心憎い。

左の縁が切れてもいいや!くらいギリギリに作ったのですが、少し背表紙側に寄せてくれたみたいですね。確かにできあがったのを見ればこの方がバランスが良い。

一応、自宅で出力はしてるんですが、裁ち切りの様子はわかりませんからねー。こんな短期間に印刷しても、細やかに気を遣ってくれているみたいです。

それに、写真をいじっている時は気がつかなかったのですが、遠くの山並みがしっかり写っています。その辺の写真屋でプリントすると、真っ白にぶっとんじゃって見えないことがあるいんですが、ちゃんと階調が出ています。ゴビで遠くの山並みが見えるというのは私的には非常に重要なポイントなんです。

是非、手にとっていただきまして、ピンときたら家に連れ帰って欲しいなーと。

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2011年12月17日 (土)

コブスタンの岩画(アゼルバイジャン)

『ゴビの岩画』Second Edition完成記念!

 そもそも最初の海外旅行の時から岩画を撮ってたんだなー、という写真のネガが出てきたのでアップしてみます(→のサイドバーの「コブスタンの岩絵」からどうぞ)。

(使用機材は確か、カメラ…OM10、レンズ…標準50mm、フィルム…Kodak ca100だったような)

 こんな感じです。

Az234_2※人なんだろうけど、足がカエルっぽいなーと不思議に思っていたが、上に舟があり、波のような模様があるところを見ると、海中で何かを採っている絵なのかも  
 
 
 
 
 
 
 
 

 場所はアゼルバイジャン(当時はソビエト連邦アゼルバイジャン共和国)バクー近郊のコブスタンという所です。当時は旅行会社の人に
「ここは専門家の行くところだ(素人の行くようなところではない)」
と暗に行くのを止められましたが、最近世界遺産に指定されたそうで、今は観光地となっていることでしょう。

 

Az303※ウシは角の特徴からおそらくオーロックス(ヨーロッパ原牛)。上にヤギっぽい動物も見える。  
  

 ところで、こういう絵のことは英語でPetroglyphといい、ロシア語でも同じ(Петроглифы、複数形)で、まさにゴビ本の題名なのですが、この本の日本語の題名付ける時、随分悩みました。

 コブスタンの古代絵画のように洞窟にあるものなら「洞窟壁画」と訳せば良いし、実際、世界史の教科書にたとえば「ラスコーの洞窟壁画」というふうに訳されていたような気がします。

 しかし、ゴビのPetroglyphはゴビ本の口絵にあるように、洞窟でもない壁でもない所に描かれています。

 で、日本語としてこなれていないような気はしたのですが、展覧会のカタログなどでたまに見かける「岩画」としたのです。聞き慣れない言葉だなぁ、と思われるかも知れませんが、そういった次第でして苦渋の選択なんです。

Az237※じっと見ていると、ウシ、ヒト、舟などが見えてくる  
 
 
 
 
 

 なお、ここの岩画に色が付いているのは、テレビ撮影用にチョークで塗ったとガイドさんが言っていました。本来は上の写真のように岩肌に線刻されているだけで非常に写真にしにくいものです。

 今回、『ゴビの岩画』第二版を作るに当たって岩画の日本語の資料を探し回って見付けたオクラドニコフの『黄金のトナカイ』を読み、いかにもチョークでなぞってますー的な写真を見て思わず、
「塗ってんじゃん!」
と突っ込みを入れてしまいましたが、ゴビのように岩の表面を削ると色が違うという写真向きの岩画はむしろ珍しいのかもしれませんね。

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2011年12月 3日 (土)

映画「我が友イワン・ラプシン」

我が友イワン・ラプシン(アレクセイ・ゲルマン DVD-BOX)

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1984年ソ連
監督:アレクセイ・ゲルマン
キャスト:
ラプシン…アンドレイ・ボルトネフ
ナターシャ…ニーナ・ルスラーノヴァ
ハーニン…アンドレイ・ミローノフ
ザナドヴォーロフ…アレクサンドル・フィリッペンコ
パトリケーエヴナ…ジナイーダ・アダモーヴィチ

 ラプシンや語り手「私」の父ザナドヴォーロフたちは、ソ連のとある地方都市の刑事だ。人を殺して死刑宣告を受けながら脱獄してなおも殺人を続けるソロヴィヨフという悪党を追っている。

 恋あり、友情ありの青春刑事もの…なんだけど、ラプシンもザナドヴォーロフも40歳なんだよな。確かに警察の寮でふざけ合ったり、寮の管理人(?)のパトリケーエヴナおばさんに悪態つき放題だったり、酔っぱらって暴れたりする様子はオトナと言うには幼稚過ぎる気はするが、後で結婚して寮を出たのに戻ってくる人もいるくらいだから、プライバシーもない大部屋に野郎どもがごろごろしてるようなむさ苦しい環境でも、こここそが自分の家で、気の置けない連中だからこそ悪戯し放題なんだろうな。

 そこにラプシンたちの友人ハーニンが転がり込んでくる。ハーニンは妻を亡くして死にたいくらい悲しんでいるのだが、表面上は何もないように明るく振る舞っている…。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 わずか数分でどんな事件が起こるんだろう、とすっかり引き込まれるオープニングもすごいが、いったいどんなマジックを使ったのか、ラプシンたちが青春していた1930年代のソ連が甘く懐かしく感じられ、胸がきゅっとするエンディングにも呆然とする。第二時世界大戦の前のソ連の日常生活なんて何にも知りゃあしないのに。

 ただ、「私」がこの物語を「悲しい話だが物語ろう」と話し始める点がどうも引っかかる。

 注意深く見てもさして悲劇的な点はなかったと思うのだが…。あるいは、貧しくても明るい未来が待っている、と思えたあの頃にはもう戻れない、自分もこの国も、ということなのかな? でも、いまいちしっくりこないんだがなー。

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2011年11月27日 (日)

『ゴビの岩画』SE@31日東U-39b

コミックマーケット81で『ゴビの岩画』第二版(オフセット印刷)が群雄堂書店から出ますよ~。

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……ぱっと見は変わりませんが、岩画を正面に向けようとちまちま直してます。

前回買えなかった~という方はこの機会におひとつ! いえ、何冊でも!

そして「昨年初版本を買った!」という方には、来春発売予定(Amazonでも絶賛予約受付中)のコレ

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を差し上げます。

改訂してパワーアップした第二版も永久保存版でお手もとに置いていただけるとうれしいなぁ~、なんて。

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2011年10月 8日 (土)

映画「道中の点検」

道中の点検(アレクセイ・ゲルマン DVD-BOX)

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1971年ソ連
監督:アレクセイ・ゲルマン
キャスト:
ロコトコフ…ロラン・ブィコフ
ペトゥシコフ…アナトーリィ・ソロニツィン
ラザレフ…ヴラジーミル・ザマンスキー
ソロミン…オレーク・ボリソフ

 どんなに憎い敵でも、戦いが終われば寛容に扱うばかりでなく健闘をたたえる一方、身内から出た裏切り者は、これ以上ない卑劣漢に描きろくでもない死に方をさせる。
 別に「人民の敵」を叩きに叩いたスターリン時代のソ連に限ったことでなく、今のロシアでも、ロシアに限らず日本の映画でもこういう傾向はある。

 主人公の一人ラザレフは独ソ戦の初期、ドイツ軍の怒涛の進撃に巻き込まれ、捉えられて捕虜になったものの、やっぱり自分の生まれた国の陣営で戦おうとソ連のパルチザンに投降した人物である。日々ドイツ軍占領下の故郷の惨状を目にしながら社会主義の祖国・ソ連のために戦ってきたパルチザン連中から見たら、八つ裂きにして細切れに切り刻んでやりたいくらいの裏切り者である。

「行ったり来たり裏切るのが好きなんだな」
と皮肉を言われたり、彼を仲間の元に連行していった少年兵が
「なぜ即座に射殺してしまわなかったのか」
となじられたりしているのを耳にしても淡々としているので、一見、よくあるヒーローものの主人公のように不屈の闘志と揺るぎない意思を持つ強い男に見えるのだけれど、そんなことはなく、ごくごく普通の人とわかった時は、してやられたというか、騙されたというか、そういうところでどんでん返しか!と新鮮だった。…あ、これってネタばれかも。

というわけで、新鮮な気持ちで見たい人はここから先を読んではいけません!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2011年9月11日 (日)

佐原でうなぎを食す

 6月に佐原(千葉県香取市)の旧市街をぷらんぷらんした時に、行列のできているうなぎ屋を見かけた(←山田うなぎ店)。
 ああ、うなぎかー、でも行列してまでも食いたくないな、とその時は思って通り過ぎたのだが、この夏のとびきり暑い日々を過ごすうちに、脳内にその光景が何度もよぎり、むしょうにそこのうなぎを食べてみたい…いや、食べなくてはならないような気分になってきていました。

 で、我慢しきれなくなって、今日、佐原に行ってきました。
 うなぎを食うために。

 朝、出発駅に着いた途端に
ざっぱぁぁああ!!!
と通り雨が降りだしなんとも不安な出だしでしたが、電車に乗っているうちに雨は止んで日が照りだし、絶好のうなぎ日よりに。

 日曜のせいか結構並んでいて、13時過ぎくらい並び始めてうな丼にありついたのは15時!

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 そりゃあ、うまいわ。腹ぺこだもの。途中、酎ハイを飲みたくなるのをぐっとこらえて食べたうな丼は焦げ目も炭火味で香ばしく、美味しうございました。やっぱスーパーのお総菜売り場のとは違う!
(当たり前だ)
っていうか今年はそういうスーパーのうなぎ(中国産)でさえそんなに安くなかったゾ。今年はこれ一回きり!っていうささやかなぜいたくとしてはお得だったかもしれない。

 それはそうと。
 車窓からみた様子では、稲刈りはほとんど終わっているようでしたが、屋根にブルーシートのかけられた家が大変目立ちました。
 震災から6カ月も経つのに、強力な台風が何度か来たのに、何にも変わっていないではありませんか。

 あれだけ多くの家の瓦が壊れてしまったら、生産が間に合わないだろうし、職人も足りないだろうというのはわかります。でも、なんとかならないものか、と思ってしまいます。

 小野川沿いの歴史的街並みもやはりブルーシートのかかったままのところが多いのです。

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ブルーシートの上に積もった泥が時間の経過を表してますね。

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ひしゃげてしまった伊能忠敬旧宅もいつになったら直ることやら…(伊能忠敬記念館は最近の建築なので何ともないのですが)。

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(6月撮影)

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ジャージャー橋は普通にじゃーじゃーしてました。

しかし、よくよくよく見ると、亀裂の入っていたこんなところや
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(6月撮影)

傾いていたこんなところは
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(6月撮影)
今日見たら直っているようです。少しずつでも直していければ、そのうちきれいになるんでしょうけれど、何とももどかしい限りです。

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さて、暗くなってきたので帰るとしましょうか。

ところで。
10月の大祭のポスターにある
「櫻井の別れから675年 父と子 再開」
の元ネタがわかりません。(楠木正成関係?)
わかる人教えて!

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2011年8月21日 (日)

コミックマーケット80に参加しました

コミックマーケット80に参加してからはや1週間。

あの暑さの中、買いに来て下さった方には感謝、感謝です。

しばらく呆けているうちに あの日の暑さはなんだったのか、というほど寒くなってしまいまい、 今さら感想?と言う気はするのですが、今回翻訳を見直していて気になった事があったので、書いておきます。

『モンゴル史(集史)』の中で、『アルタン=デプテル』という書物がいったいどんなモノであったのか、それは『秘史』なのかどうかという問題はたびたび取り上げられていますが、テュルクな私が気になるのは、ウィグルの歴史書についてです。

「部族篇」第三章のウィグルの項に、ラシードがはっきり書いているように、ラシードはウィグル王国に伝えられてきた歴史書を読んでいるわけですが、それがどんなモノなのか知りたい。どっかの遺跡から断片でも出土している例はないのでしょうか?
もし、『アルタン=デプテル』のように何らかの論文があれば読みたいです。

『モンゴル史(集史)』の言い回しに、「あれ、これ突厥碑文の言い回しに似ている……」という箇所がところどころあります。……と、いうか今回訳文の見直しをしていて『秘史』にもそういう箇所があることに気付き、これってカルクとかいうやつじゃね?と今さらながら思ったわけです。

テュルクとモンゴル、発想が近いのは当たり前と言えば当たり前なんですが、何の勉強もせずにお互い通じるわけではありません。それなのにこの「横のものを縦にした」ような感じから、モンゴル語書き言葉というのは、突厥語やウィグル語の書き言葉の伝統を引き継いでいるものなのかも、とも思えます。

とすると、遠回りに見えた『モンゴル史(集史)』の翻訳も脇道ではなかったのかもなぁ、なんて思えてきます。

そんな感じなので、いずれ他の章を出すとかオフセット化するとかあると思います。……いや、頑張って訳せや、自分!って感じですけど。
今回の「部族篇」第三章でも、これはこうじゃないかとか、この説明ではわからないとか、フォントの大きさが違ってるとか、何か気付いた事があれば、教えていただけるとうれしいです。

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2011年8月17日 (水)

映画「JIGSAW ザ・リアリティショー」

JIGSAW ザ・リアリティショー

2008年ロシア
監督:ヴァジム・シメリョフ
キャスト:
サーシャ…ドミートリィ・クバソフ
ヤナ…エヴゲニヤ・ヒリフスカヤ
パーシャ…アルチョーム・マズノフ
エゴール…イヴァン・ニコラエフ
アレクス…スタス・エルドレイ
リカ…カリーナ・ムィンドロフスカヤ
ヴェーラ…イェカテリーナ・コパノヴァ
ナースチャ…ヴェロニカ・イヴァシェンコ
ダーシャ…イェカテリーナ・ノシク
フョードル…スタス・シメリョフ
アリサ…アンフィサ・チェーホヴァ
プロデューサー・キリル…アレクサンドル・マカゴン

 猟期的な事件が起こると、日本のようにマスコミが連日よってたかって報道するような国でも、たとえば宮崎勤事件にまつわる秘話、のような形で都市伝説じみた噂がまことしやかに語られたりする。
 ましてや、チカチーロのようなシリアルキラーが何年もの間跋扈していながら一切報道されなかった旧ソ連のような社会では、その手の話は生まれやすいはずだ、と思っていた。

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 新番組撮影のためにオーディションで選ばれた10人の若者(サーシャ、ヤナ、パーシャ、エゴール、アレクス、リカ、ヴェーラ、ナースチャ、ダーシャ、フョードル)。ソ連時代の子供たちが夏休みなどに参加していたキャンプ施設跡地に隔離された若者たちのリアルなサバイバル・ゲーム、といった趣向の番組なのだが、リハーサルで脱落者に選ばれたフョードルが本当に頭を矢で射貫かれて死ぬ。
 この事故映像が生放送で流れてしまい、放送は「技術的な理由で」打ち切られる。しかし、「撮影」は続いている。番組司会者のアリサも含め、閉鎖されたキャンプ跡地に閉じ込められてしまっていた。そして、誰もが子供の時に聞いたことがある「子供の怪談」になぞらえる形でひとり、また一人と殺されていく。実はこのキャンプ、過去に悲惨な殺人事件があったのだ。

…というホラーの王道のような話だけれども、その「子供の怪談」がとても興味深かった。

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 原題の「S.S.D.」というのは、「ソ連の子供たちに死を」という意味で、怪談の中の一つの中に出てくる。ソ連なんてもうないのに、その呪いのために俺ら殺されちゃうの?っていう理不尽さが何とも良い(?)雰囲気を醸し出している。キャンプの廃墟ぶりや殺人鬼のスピーカー越しの声もいい感じ。
 こうしてオーソドックスなホラー本編を楽しみながら、ソ連時代でも子供たちはキャンプで消灯後、真っ暗なベッドでこういう怖い話をしあったんだろうなぁ、というのをうかがい知ることができる、一粒で二度オイシイ映画。日本でも似たような話あるぞっていうのから、いやいやそれどこが怖いの?ってのもある。いわばロシア版「学校の怪談」。
 こうした怖い話は、ソ連がロシアに戻っても時代に合わせて形を変えながら言い伝えられていくんだろう。

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2011年8月 8日 (月)

映画「オーケストラ!」

オーケストラ!

2009年フランス/イタリア/ルーマニア/ベルギー/ロシア
監督:ラデュ・ミヘイレアニュ
キャスト:
アンドレイ・フィリポフ…アレクセイ・グシュコフ
アンネ=マリー・ジャケ…メラニー・ロラン
オリヴィエ・デュプレシス…フランソワ・ベルレアン
アレクサンドル・グロスマン…ドミートリィ・ナザーロフ

 パリにやってきたロシア人たちのフリーダムぶりは充分ありそうで笑ってしまう。

 招聘したフランス・シャトレ座の内情もひどいのだが、彼らが常識人に見えてしまうほどのでたらめぶり。海外へ行ってもお行儀がよいと評判の日本人からすると、これほどまでに周囲に迷惑をかけまくる非常識なオトナがいるはずはない、荒唐無稽だ、と決めつけられてしまいそうだが、ロシア人を日本に呼んだことのある人なら、誇張はされていてもこんなのよくある~、あるいはちっとも大げさでない、ロシア人ってこういう連中だよなー、と苦笑するかもしれない。

 予告編を見たときは「ジャズメン」のリメイク? と思ったが印象は全然違い、むしろ実際にロシア人をフランスに呼んだ時の驚愕の経験が映画を作ろうという動機になったのでは?とさえ思える。

 ブレジネフ時代にボリショイを追い出されて…とか、シベリアに送られて死んだ…というのが何とも手応えが遠くピンと来ない感じがするのだが、ソ連崩壊の混乱で……というのではジャケの年齢が足りなくなってしまうからだろうか。少々無理な設定のような気もするが、30年もブランクがありリハーサルもしてないのに(だから演奏の出だしはかなり酷い)、ジャケが演奏を始めると神がかったような演奏に変貌していくのに比べればよっぽど現実的かも。この辺りになるとかなりな力業で、もう笑うしかない。このアクの強さが癖になる、なかなか味のあるコメディだった。

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