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2007年1月31日 (水)

映画「ベルリン陥落」

ベルリン陥落

1949年ソ連
監督:ミハイル・チアウレリ
音楽:ドミートリィ・ショスタコーヴィチ
キャスト:
アレクセイ・イワノフ…ボリス・アンドレーエフ
ナターシャ・ルミャンツェワ…M.コヴァリョーワ
ヨシフ・スターリン…M.ゲロヴァニ
アドルフ・ヒトラー…V.サヴェリエフ
ウィンストン・チャーチル…V.スタニツィン
フランクリン・ローズヴェルト…O.フレリク

 スターリンを崇める映画。
…のはずだが、ヒトラーの方がよっぽどキャラが立ってる。
 ヒトラー役の役者さん、記録映画をよく研究したんだろう、記録映像で見るヒトラーにものすごいそっくり。もちろん、吹き替えでなくロシア語をしゃべっているので、少々違和感があるんだけど、そのせいか、演技というよりパロディに見えてすごくおもしろい(え)。いや、やってることは、すぐ「銃殺しろ!」とわめいたり、自国の民間人を見殺しにしたりとおぞましい限りなのだが、コロッケの美川憲一の物まねを見るようで、思わず黒い笑いが(爆)。


第一部

 ケシの花畑の中を走る子供たち。この花畑の色が劇的におかしい。どうおかしいかというと、昔のソ連の絵葉書の色そのもの。見る者を一瞬にしてあの時代へ連れて行ってくれる(笑)。

 それより、オープニングのモスフィルムのロゴ、男女の像の向きが変わるとこ、かくかくかくって…手動デスカ?

 この子供たちが社会見学で訪れる製鉄所で働いてるのがアレクセイ。
 真っ赤に焼けた鉄に子供たち近づき過ぎ。…ホラー映画だったら、一人二人消えてるよね。

 アレクセイが鉄鋼生産の記録を立てたことで、レーニン勲章を受賞することになり、このとき引率していた先生、ナターシャが祝辞を述べることになる。
 ナターシャ先生、アレクセイに対する賛辞なのに、スターリンに言及するところでもじもじ、もじもじ…ってなんで恥じらってるのー? 軍国少女か(笑)。
 その後、アレクセイとつきあうことになるのも、アレクセイが好きなんじゃなくて、アレクセイがスターリンと会ったからだろ~、と疑ってしまう。

 とにもかくにも、二人はつきあうことになり、麦畑でいちゃいちゃしていると、突然、超低空をかすめていく飛行機の編隊。え?何?
 なんだかわからないうちに爆弾をどかどか落とし始める。敵だったのかー!
 しかも、いきなり(2秒くらいで)ナターシャの服が刃物で切り裂いたようにぼろぼろになってる!!!
 ナターシャを抱えて逃げ回るうちにアレクセイは爆風に吹っ飛ばされて意識を失う。

 ショスタコーヴィチの交響曲7番「レニングラード」の第1楽章で散々繰り返されるメロディー…一言で言うとアーノルド・シュワルツェネッガーの出てたアリナミンVのCM、「ちちんぶいぶい」のメロディー。(古い?)
 ちーちんぶいぶい、と侵攻してくるドイツ軍のサイドカー。セルフパロディかいな(笑)。

 さて、アレクセイが目を覚ますと、3か月経っていた…って、それでソ連軍がけちょんけちょんにされるところは省略かよ。随分都合の良い展開じゃのー(笑)。さすが「ベルリン陥落」。
 しかし、モスクワは包囲され、空にはなにやら飛行船がうようよ。絶体絶命ぢゃん!

 ここでようやくクレムリン内部登場。でも、スターリン以外の政治家は、十把一絡げで配役見ても名前が出てない(ヒドイ)。軍人は、ちゃんと一人一人書いてあるのに。

 おりしも、11月7日。絶体絶命でも、赤の広場ではいつもの通り、粛々と軍事パレードが行われる。

 そのころベルリンでは、各国代表がヒトラーを表敬している。
 スペイン、トルコ、大日本帝国、ヴァチカン…。ん?
 日本がいるのは当然としても、トルコは第二次世界大戦ではのらりくらりと中立を保って、最後の最後で連合国側に付いたんではなかったけ?

 この直後、ヒトラーはスターリンの演説をラジオで聞いて大激怒。
 モスクワをさっさと落とせとわめいたために、大量の航空機がモスクワに向かう。

 この大編隊、すごく懐かしい感じでほのぼのする。
 まー、模型なんですがね、昔の怪獣モノを思い出しますわ。例によって「ちーちんぶいぶい」のテーマ曲に乗って飛んでいく。結果はもちろん、失敗に終わる。

 (これを見ると「レニングラード大攻防1941」の飛行機の動きのリアルさは際だつ。あの部分だけでも見るに値する映画であった。)

 この時点でも乗り気のなさそうな将軍連中にヒトラーは、ドイツ軍だけで兵力が足りないなら、全ヨーロッパから招集せい、とまたまた無理難題を言い出す。
「共産主義は世界の敵だ。…イタリア、ルーマニア、ハンガリー、スペイン、フランス、スウェーデン、トルコ、まさに現代の十字軍をこの手で指揮するのだ!」
 なぬ? ト、トルコ? 十字軍にトルコが入ってるのか! やめてよ!!(爆)

 さすがに後ろで呆れかえって顔を見合わすゲーリングとゲッペルス。
 やんわりとヒトラーに休むように勧める。
 休憩中、
「スターリングラードでスターリンにとどめを刺す」
という思いつきをエヴァ・ブラウンに褒められて更にいい気になる。
 思いつきかよ…。でも、これって本当の話だよね…。
 既にゲーリングは裏ではヒトラーをばかしにしてるし、やけにエラソーだし、大丈夫かよ、ドイツ首脳部…(いや駄目だし)。

 一方、スターリングラードでのドイツ軍との戦闘で、チュイコフ将軍から勲章をもらうアレクセイ。
 ドイツ軍を駆逐してスターリングラードに入ると、廃墟になった自分の家が。最初のシーンって、スターリングラードだったのねー!
 それはともかく、アレクセイはナターシャがドイツの捕虜になったことを知る。
 ここから、ベルリンへの進軍が始まる…。
 真っ平らな平原一面に戦車やらなんやらが走っていく様はやはり壮観。
 なお、ソ連軍の戦車の砲塔には「ファシストぶっ殺せ!」の文字。

 そしてヤルタ会談(1945年2月)。早っ(笑)。
 ここでは、チャーチルがヒールになっている(笑)。
 ローズヴェルトが座ったままで物わかり良く穏和な仲介者のような感じに描かれていいるためにほとんど印象がないのに対して、葉巻を振り回して強硬な姿勢を貫き、一番目立っている。穏やかに話すスターリンが霞むほど(笑)。
 でもなんで、頑固に反対してたのにドイツが敗北して3か月後に日本に宣戦布告する、と断言するとよろこんで同意するのよ? イギリス日本にほとんど権益ないのでわ? アメリカを牽制するためか?


第二部

 ソ連軍怒濤の進撃。
 戦車の砲塔には「ベルリンへ行こうぜ!」の文字が。

 ヒトラー周辺で繰り広げられる喜劇(真っ黒だけど)は本編を見ていただくとして。

 ベルリン空爆が圧巻。
 ミニチュアに見えないいいいい!
 いったいどのくらいのスケールで造ったのか。…1/1スケールとか(さすがにそれはない)。

 ベルリンに迫る頃には、ソ連軍戦車のボディペインティングも「祖国のために!」になってる。
 結果は歴史の通り。でも、ベルリンまでやって来たのに、アレクセイはナターシャとは会えない。

 最後は、ベルリンにスターリンが降り立つ。
 ヨーロッパ中の国の旗…いや星条旗も見える…を振る人々がスターリンを出迎える。
「ギリシャ国民からも感謝を! ウラー!」
「チェコの英雄、スターリン!」
「ビバ! スターリン!」
「%$#6+*!!(←何語か不明)」
…。
一部絶対にそんなこと言うわけない国が混じってないか~?
(え、このシーン全体がありえないって? いいじゃん、ファンタジーだもの。)

 そんな中、偶然、アレクセイとナターシャは出会うことができましたとさ。めでたしめでたし。

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2007年1月26日 (金)

映画「スターリングラード大攻防戦」

スターリングラード大攻防戦

1972年ソ連
監督: ガブリール・エギアザーロフ
音楽:アルフレッド・シュニトケ
キャスト:
ベッソンノフ将軍…ゲオルギー・ジジョーノフ
クズネツォフ中尉…ボリス・トカレフ
ドロズドフスキー中尉…ニコライ・エリョーメンコ
ターニャ…タマーラ・セデリニコワ

 原題「熱い雪」。ユーリィ・ボンダレフの同名小説の映画化。
 塹壕を掘っている最中、カザフスタンの雪深いところから来たからこんな寒さ平気だと言う部下のカスィモフに、クズネツォフ中尉が、
「でもそこはこことは違う雪が降るんだろ。暖かいんだろ。」
と尋ねる。
「ええ、暖かいんですよ。…」
と、カスィモフはカザフスタンの草原の美しさを話し、クズネツォフをお客に招く。しかし、それはかなうまい。これからスターリングラードに降る雪は「熱い」だろうから。
 1942年11月、スターリングラードにパウルス将軍率いるドイツ軍を包囲したソ連軍。孤立した友軍を救おうと攻めてくるドイツ軍との戦いを描いている。


 砲兵隊が最前線に歩いて向かう道中でもう逃げ出したいくらい重苦しい雰囲気。恐ろしく寒いらしく、お馬さんの顔も雪で真っ白。しかも、到着したら今晩のうちに塹壕を掘らなければならない。道を塞ぐ輸送トラックを河中に放り出し、坂道で足を折って倒れる馬を即座に射殺する様子は、これから先の兵士の運命を暗示しているようで、陰鬱な気分になる(なにしろウマ(駒)を捨てるのだ)。

 モスクワおよびシベリア軍管区の部隊が撮影に参加してるというだけあって、最前線の兵士の様々な行動を納得させるだけの迫力があるが、これで国威発揚になるのか?と思うほど淡々と話は進む。シュニトケの抑えた感じの音楽も相まって鎮魂歌のようである。

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2007年1月25日 (木)

映画「レニングラード大攻防 1941」

1985年ソ連
監督: ビクトル・アリストフ

 後頭部が寂しくなってきたおじさんが、ドイツ軍包囲下のレニングラードに火薬を運び込むという危険な任務を完遂して帰ってきたら、逃げて帰ってきた女房にも少し優しくなれた、という原題の「火薬」そのまんまなお話。
 そうだね、優しくしておいた方が良いよ、まだ包囲されて21日目だから(爆)。

 こういうのって、むしろテレビドラマ向けの話じゃないかと思うんだけど。
 空襲のシーンは飛行機の動きがやけにリアルで(っていうか本物か)、これを映画館で見たら迫力あるだろうとは思う。

 草原的には、タメルラン(チムール)の墓を暴くと、、、といううわさ話が入るくらい。

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2007年1月23日 (火)

映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」

Kindzadza不思議惑星キン・ザ・ザ

1986年ソ連
監督:ゲオルギー・ダネリヤ
キャスト:
ウラジーミル・マシコフ…スタニスラフ・リュプシン
ゲデバン・アレクシジ…レヴァン・ガブリアゼ
ビー…ユーリィ・ヤコブレフ
ウエフ…エヴゲーニィ・レオーノフ


全連邦が泣いた!?
見終わって「人間って捨てたもんじゃないな…。」と思える?
感動のハートウォーミング・ストーリー!?!(←まじ?)。


夕方、帰宅してきたマシコフ氏。修理の仕事が入ったので再び出かけようとすると奥さんに
「パン買ってきて。マカロニ買ってきて。」
等と頼まれるようなごく普通の一家の大黒柱だ。
モスクワは秋だろうか。外は日が沈んで街灯がともり始めた頃。
駅に向かう途中、見知らぬ音大生に声をかけられる。
「す、すみません。あそこに自分は異星人だと言う人が…。」
「通報しろ。」
ごもっとも(笑)。
でも裸足だし寒そうでかわいそうだからと言うことで話を聞くことに。
自称異星人は、やや汚い格好の普通の人。しかもロシア語しゃべってるし。それなのに、
「この星のクロス番号を教えてくれ。スパイラル番号を教えてくれ。」
などと訳のわからないこと言うし、靴下を貸せば片方だけとるし、本格的にオカシイ人らしいぞ、と二人とも確信する。
なので、自称異星人が自分の言っていることを信じさせようと、瞬間移動装置と称するモノを取り出すしても全然信じないでスイッチを押す…。

は???

一瞬にして背景が真っ白になってる!
作者が手を抜いて背景を書かなかったか?(←マンガと違う)。
二人は、砂漠にいた。

「落ち着け、落ち着け…ここはきっとカラクムだ!」
他にどんな砂漠があったっけ、と尋ねるマシコフ氏に学生(ゲデバン君。グルジア人)は答えて、
「ゴビとかサハラとか…。」
「違う、きっと国内だ。…カラクムにしとこう!」
国内とか国外とかそういう問題じゃねええええ!(爆)

(ネタバレ大あり。「んー? 見てみるかな?」と思った人は読んではいけません。)

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しっかし、めちゃめちゃ砂漠だよ。どうすんの。
ここはカラクム、ということにして、適当にアシガバードと決めた(勘で)方向にずんずん歩くが、本当にどこまで行っても砂。いやいや、本当の地球上の砂漠でも、そういうでたらめな歩き方したら遭難だよ。
すっかり疲れた二人がぐったりしていると、遠くの空に何か点が。
ぎぃこばたっ、ぎぃこばたっと工場っぽい音を立てて謎の飛行物体がすすーっと近づいてきて着陸。
UFO?とビビリつつも、砂漠でひからびるよりはまし。こうなったら、アブダクションでもインプラントでもどーんと来ーい!

くたびれた感じの釣り鐘型飛行物体のドアが開いて中からおじさんが二人出てくる。
そして両手を広げて膝の運動。(DVDのジャケットになっている格好ね)
「クー!」
ななな、なんじゃそりゃあ(笑)。


(これから見る人は、本当に絶対にこの先読んじゃダメだって。)

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2007年1月20日 (土)

映画「巨竜と魔王征服 イリヤ・ムーロメッツ」

Ilya巨竜と魔王征服
1956年ソ連
監督:アレクサンドル・プトゥシコ
キャスト:
イリヤ・ムーロメッツ…ボリス・アンドレーエフ
ワシリーサ…ニネリ・ムィシコワ
ソコリニチェク…アレクサンドル・シヴォリン
ウラジーミル大公…アンドレイ・アブリコソフ

 ロシアの英雄叙事詩ブィリーナの中でも人気のあるボガトィリ(=バァトル、勇者)イリヤー・ムーロメッツを主人公にした特撮映画。
 日本の子供がウルトラマンとかドラゴンボール見てたのと同じ感覚で、ソ連の子供はこれを見てたんだろうなー。ロシア映画の主人公がオッサンばっかりな原因は、この辺の幼児期の刷り込みによるのかも(笑)。

 ブィリーナに登場するウラジーミル太陽公のモデルは、ロシアにギリシャ正教を導入したキエフ大公のウラジーミル(在位980~1015年)だろうということだ。
 しかし、「宗教はアヘン」なお国柄では正教はまずいので、ここに出てくるウラジーミル大公は雷霆神ペルーンを祀っている。キエフの門の外にも石人君(キリスト教以前の神々の像)が並んでいて私は大喜びだけど、それっていいのかな(いろいろな面で)。
 …でも、どうせリアル・ウラジーミル大公だって、お后800人いたとかいう話だし、心からキリスト教を信仰していたとはとうてい思えないから、まいっか(爆)。

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 ムーロムのカラチャーエフ村の百姓の子イリヤは、30歳になっても手足が萎えて動かすことができない。トゥガルの騎馬部隊が村を荒らし、イリヤの恋人ワシリーサが掠われても見ているしかできないのだった。
 トゥガルは本来はポロベッツなのかもしれないが、いろいろな服装や顔(ネコ耳のヤツもいる)をした連中で、最後の方で出てくる軍隊はほとんどが歩兵。だから大丈夫です!(何が…笑)。王はカリン=ツァーリというがネコじゃない。
 ただ、この村に来たのを率いているのがサルタクという名前なのがやや気になる(笑)。

 しばらくして、巨人スヴャトゴルの予言を受けた旅の一行が、両親が畑仕事に出てしまったあとのイリヤの家に立ち寄り、イリヤに薬草を飲ませ、グースリを伴奏に歌を歌って聞かせると、じゃーん。手足を動かせるようになりましたぁ!
 動けるようになったイリヤは、さっそく畑に行って木の根をぶっこ抜き、大岩を投げ捨てて両親をびっくりさせる。しかし、旅の人たちとの約束でカリン=ツァーリに苦しめられているキエフを救うため、黒馬ブルシュカに乗ってキエフに向かうのだった…。

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 ブィリーナの誰でも知っているエピソードの映像化、ということで、原作を知らないとかなり難解。
 アリョーシャやドブルィニャも出てきて、イリヤと義兄弟の契りを結ぶが、

◎美男子アリョーシャが女の子を口説いていると、盗賊ソロベイの起こした強風が女の子をぴゅー。吹き飛ばす。かわりにでかいおばちゃんが飛ばされてきてアリョーシャをがっつり抱擁して熱いキス!(←お約束ですな)

とか、

◎怒ってキエフの宮殿を射るイリヤに、礼儀正しいドブルィニャが後ろからそっと近づいて説得してウラジーミル大公の所まで連れて行く。

なんてエピソードは、彼らがブィリーナでどういうキャラが割り当てられているのか知ってないとかなり唐突だろうなぁ。みんな髭面で見分けがつくまで一苦労だし(笑)。
 そういったことを考えると、一般向けとはなかなか言いにくいが、ロシアヲタ(笑)必見な映画である事は間違いなし! …ここで美しい祖国と歌われてるキエフもドニエプル川も今はロシアじゃないけどね。


参考文献:
Ilyatsutsuiイリヤ・ムウロメツ

筒井康隆・著
手塚治虫・絵
中村喜和・解説

※手塚治虫が描くイリヤはかなりイメージが違う。

ボリス・アンドレーエフ出演の映画→「ベルリン陥落
アレクサンドル・プトゥシコ監督の映画→「石の花 ウラル地方の物語
プトゥシコ総監督/コンスタンチン・エルショフ監督の映画→「妖婆 死棺の呪い

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2007年1月14日 (日)

映画「アジアの嵐」

アジアの嵐Chingiskhan

1928年ソ連
監督:フセヴォロド・プドフキン
キャスト:
アマゴラン…ワレーリー・インキジーノフ
パルチザンの隊長…アレクサンドル・チスチャコフ

 原題「チンギス・ハンの末裔」…エッ、この題名、良いのか?と目を疑った。ソ連も初期は普通の国で「チンギス・ハン」とか口に出して言っても良かったって事かな。
 直球勝負の冒険活劇。
 なにしろ、イギリスの駐在武官(?)なんか、怒ると体中の毛穴から蒸気シュポーッ! もう大爆笑!!
 動きが大げさでそれだけもコメディみたい。モンゴル人もロシア人もアメリカ人もイギリス人もロシア語でアテレコされていてわかりにくいが、まぁもともとサイレントだし仕方ないか。

 冒頭、
「犬を見よ!」
と言っているらしい箇所がある。おお犬、本物のモンゴルの犬じゃないかー! わーい、わーい、かぁわいい! しかも凶暴!(笑)
 ところがこの犬、つないであるのである。普通モンゴルじゃあ放し飼いだろうに。でもこれ、その辺のしろうとの犬を連れてきたんで、放してあったら撮影なんかできなかったからだよ、きっと。
 こんな感じで、何気ない背景までもモンゴルモンゴルしていてステキ。パルチザンが帰って行く時、山から雲(霧?)が湧くシーンなんてモノクロなのに(モノクロだからこそ?)すごい印象に残っている。
 ツァムのシーン(みょうに長い)も実際にガンダン寺でロケしてるんじゃないかな。五体投地礼用の斜めに置いた石版がちらっと見えて、うわーこの寺本物だー、と思った次第。

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 病気の父が仏教のラマに祈祷してもらってもちっとも良くならないので、アマゴランは父の虎の子の銀狐の毛皮を換金しに市場に行く。
 ところが、気取ってるけどケチなアメリカ商人に無理矢理安い値段で毛皮を取り上げられてしまう。納得がいかないアマゴラン。言い争っているうちに乱闘になり、結局、馬まで失って歩いて北の方に逃げていくと、そこではパルチザンが何かと戦っていた。

 パルチザンにはロシア人以外にもモンゴル人(ブリヤートだったりして)が加わっているが、何と戦っているかよくわからない。ウンゲルン? 白衛軍だったら外国の干渉じゃないよな…。
 ソ連映画のせいか、パルチザンの連中はみんな良いヤツである。パルチザンの隊長が死ぬ場面もやたら格好良い。
「祖国のためにモスクワを守れ…。故郷の炭坑夫たちによろしくな…。ガクッ」
も、モスクワですか~? 遠いっすよ、隊長ぉ。
 時は1920年。ボリシェビキは、自分たちの事でいっぱいいっぱいなのか、助けてはくれない。
「お互い外国勢力から祖国を守るために頑張ろうな!」
と連帯を示すだけ。

 さて、イフ・フレー(庫倫。現在のウランバートル)では英国の駐在武官が幼い活仏を取り込もうとあれこれ腐心しているが、欲深く頑迷固陋な高僧たちが取り巻いていてままならない。
 っていうか、これチベットっぽくないか?
 っていうか、英国の駐在武官は活仏を夫人に
「仏教のローマ法王のようなものだよ。」
と教えているからジャプツンダンバ・ホトクトの事なんだろうが、1920年にジェプツンダンバ八世(1870~1924年)って赤ん坊じゃないよな…。

 こうしてにこにこしながらお互い腹の探り合いをしている間にも、イフ・フレーの近郊にパルチザン出没。それに参加していたアマゴランは駐留イギリス軍に捕まってしまう。で、銃殺されるのだが、彼の持っていたお守りの中に「これを所持する者はチンギス・カンの子孫である」と書かれた証文が入っていた。
 読めない文字で書いてあるので学者が呼ばれるが、
「これはチベット語です!」
と言いつつ、細長い紙を縦に持って読んでますが(笑)。画面に映る紙面の文字はたぶんモンゴル文字。
「世紀の大発見だ! ロンドンへ送れ!」
いや、チンギスの子孫はいっぱいいるでしょ。それにわざわざ証文にしないでも誰が黄金氏族の人かってみんな知ってるんじゃないかと思うけど…。

 とにかく、良いもん拾った、とばかりにアマゴランをキン肉マン二世…ではなくジンギスカン二世に仕立てて傀儡にしようとたくらむイギリス。二世って何よ(笑)。あとの方でチンギスの第15代の子孫とかなんとか言ってるが、元朝だってトゴン=テムルで断絶してるわけじゃないぜ。

 そして、アマゴランを国家元首に祭り上げて自分勝手な条約を結ぼうと、いろいろ滑稽なことが繰り広げられるのだった…。

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 ということで、最後はモンゴル人が決起する場面で終わるが、不思議なことに中国が全く出てこない。
 当時、イフ・フレーには中国人が3万人ぐらいいたそうだ(イフ・フレーのモンゴル人人口も3万人ぐらい)。1920年だから、いったん宣言されたモンゴルの独立が中国・ロシア・モンゴルの協定で取り消され、中国内の一自治領になっていたところにロシア革命が起き、そのどさくさに紛れて自治さえ蔑ろにされていた頃かな?
 しかし、即位式に臨むアマゴランが伝統的な礼装をする場面で、お付きの人が頭上に清朝風の帽子を載せようとすると、イギリスのご婦人連中が、
「あら、そんなのダサイわ。」
「ない方がセクシーよ。」
とかいって帽子を投げ捨ててしまうのは意味深長である。いや、何の意味もないかもしれないけど。こういうのがちょこっと入っているから、あまりにも生々しい問題なので史実に忠実に描くのを避けたのか、ただ単によく知らないで植民地化のステレオタイプで描いたのか、どっちかなー?と考えてしまう。
 もっとも、このままでも、今の中国では上映できないかもしれないけどねー(笑)。

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2007年1月10日 (水)

映画「デルス・ウザーラ」

デルス・ウザーラDersu

1975年ソ連
監督:黒澤 明
キャスト:
ウラジーミル・アルセーニエフ…ユーリー・ソローミン
デルス・ウザーラ…マキシム・ムンズク

 これは、ヘディンが楼蘭を掘ったり、コズロフがカラホトを掘ったりしていた頃の話。

 デルスはゴリド(現在は自称に基づきナナイまたはホジェンという)だが、ここではあまり重要でなく、「先住民=無垢の自然の子、ロシア人=知識先行の都会人」という図式で描いている訳ではない。アルセーニエフだって筋金入りの探検家・軍人で、ひ弱な都会の学者ではないのだから。

 第一部…1902年。
 ウスリー地方を探査するアルセーニエフの一行は、あるときタイガの中で何とも言いようのないいやーな感じがして、その日は野営することにした。木の形さえも不気味に思いながら寝付かれないでいると、何かが近づいてくる音がする。
「熊か?」
と緊張するアルセーニエフ等の前に
「撃つな。わし、人間。」
と言って出てきたのがデルス。トコトコっと近づいてきて、自分の家のように当然のようにたき火の前に座ってキセルをふかす。しかもメシを所望する。
 見た目はちっこいおっちゃんで、いつもてけてけ動いていて、威厳もへったくりもないので兵士たちは最初少々馬鹿にしていたが、タイガについての知識や鋭い観察力、銃の腕前、利他的な行動等々に誰もが尊敬するようになっていた。

Dmap ハンカ湖のシーンがものすごい。
 ハンカ湖は東京湾の二倍くらい(目測で)の大きさの湖。アルセーニエフは兵士たちに荷物を預けて氷結した湖面をデルスと二人で調べているうちに、強風が足跡を消し、道を見失ってしまう。
「方向はあっているのだが。」
とアルセーニエフは言うが、ああいう真っ平らなところでは方向があっていても、角度が1度違うだけでとんでもない所に出てしまうのだ。しかも、日没が迫りどんどん風が強くなっていく。見ているこちらの背中の毛まで逆立った。


 第二部…1907年。
 再びウスリー地方の探査にやってきたアルセーニエフ。
 デルスに会えるかな?会えるかな?と期待しているんだけど、ちょっと待て。北海道と比べてこんなに広い地域でバッタリ会うってあり得ないでしょうが(笑)。
 でも、まぁ、噂はデルスにも届いたんだろう、再会することができた。

 しかし、一見、荒々しい自然は以前と変わりないように見えるのだが、中国人の仕掛けた罠に出くわしたり、フンフーズ(馬賊)と遭遇したり、確実に人間の痕跡がタイガを浸食していた。トラ(デルスは「アンバ」と呼んでいる)が探検隊につきまとってくるのもたぶん、それと関係している。

5/23追記:フンフーズは漢字で紅■子。
 ※■は、髪という字の友の代わりに胡を書いた字

 野生の動物にとって、年老いて五感が衰えたり怪我をして動けなくなるという事は、即、死を意味する。しかし、人間は街を築くなどして弱い者でも生きられるように工夫してきた。だから、視力が衰え自分で獲物が捕れなくなったデルスがハバロフスクで暮らすというのは、人間らしい行動だと思う。
 しかし、森の人・デルスは移植できない植物のように、街の暮らしに堪えられない。かといって自然の法則に従う限り、タイガへ戻ったところで生きていくことは許されないのだ…。

********

 最初、黒澤監督は北海道でロケするつもりでシナリオ書いたっていう話だけれども、それって北海道に置き換えるってことなのかな? でも翻案しちゃったら、アルセーニエフの原作の意味ないじゃん。極端な話、例えば現代の下町に置き換えても良いような普遍的な主題の話なのだから。
 アルセーニエフ原作を現地でロケして現地の役者で撮れて本当によかった。
 …ムンズクはトゥバ人で現地の人でないじゃん、というツッコミはこの際ナシの方向で(笑)。


マキシム・ムンズクが出演している他の作品→「シベリアーダ

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2007年1月 4日 (木)

映画「炎628」

炎628628

1985年ソ連
監督:エレム・クリモフ
キャスト:
フリョーラ…アレクセイ・クラフチェンコ

 原題は「ИДИ И СМОТРИ」。これだけだとИДИが行くのか来るのかわからないが、黙示録からとっているそうなので、「(ここへ)来い。そして見よ。」といったところか。本当の一番最初に付けた題名は「ヒトラーを殺せ」だったが、ゴスキノのクレームが付いて変更したのだそうだ。クリモフ監督はインタビューで「広い意味でヒトラーと言ったのだが…。」と言ってるが、具体的な名前が入っちゃうと説明無しでそれだけ聞いた場合、個別案件のような気がしてきてしまうから良いか悪いかは微妙なところだなー。
 それはともかく。
 ロシアやハンガリーでこの映画が上映された時には、救急車が呼ばれたとか。「プライベート・ライアン」くらいの軽いノリで見ると後悔する事間違いなし! ということで。


 1943年、ドイツ占領下の白ロシア。
 主人公フリョーラは、少年らしい無垢の正義感から母の反対も振り切ってパルチザンに投ずる。ところが、肝心の戦闘には参加することを許されず、宿営地に残されてしまう。

 森の中で泣いていると、同じくパルチザンの隊長に置いて行かれたグラーシャに出会う。まさにその時、ドイツ軍が宿営地を爆撃。降下兵によって徹底的に破壊されてしまう。二人は森の中に逃げ込んで難を逃れるが、その後どうして良いかわからない。とりあえず、フリョーラの故郷の村に行くことにするのだが…。

(以下激しくネタバレ)

 フリョーラの家は不気味な静けさに包まれている。
 母の作ったスープはまだ温かく、ランプも消えていない。
 しかし、無造作に転がっている双子の妹たちの人形やハエの羽音が最悪の事態を予感させる。
 その事を認めたくないフリョーラは、いざというとき村人が逃げ込む沼の中の小島へと走る。慌てて追うグラーシャは、家の裏に、手足が突っ張り、皮膚が異様に白くなった人体が無数に積まれているのを見てしまう。
 二人は半狂乱になりながら、島に逃げ込む。そこにはやはり村人たちが逃げ込んでいたが、フリョーラの家族の姿はなかった。

 自分の軽率な行動が家族を殺したのだ、という自責の念からか、フリョーラは食料の探索に進んで参加する。一緒に行った男たちは地雷を踏むなどして死んでしまい、たちまち一人になるフリョーラ。みんなに食料を届けなくては、と気は焦るが彼には生き残るための知恵も知識もない。ドイツ軍の探索に追いつめられ、ペレホードィ村に匿われるが、そこではドイツ軍が我が物顔に振る舞っていた。
 やがて村人は一人残らず集まるように命じられる。フリョーラは胸騒ぎがしてみんなを止めようとするが、どうすることもできずに、一緒に家畜小屋の中に押し込まれてしまう。

 子供が泣き叫び、罵声が飛び交う中に手榴弾が投げ込まれる。配られた火炎ビンを投げつけ火の手が上がると、ドイツ兵の間から拍手がわき上がった。その後はストレス解消とばかりに各々手にした火炎放射器やら機関銃やらを打ち込むのだった。

 最後のシーンでフリョーラは、ドイツ軍の残したヒトラーの肖像に対して怒りをぶつける。
 銃を一発撃つごとに時間は遡り、破壊された建物は元通りに、ドイツ軍は進軍しないことに、更にヒトラーの政界進出もなくなり、ヒトラーも赤ん坊に戻ってしまった。
 たとえこの後、大量虐殺を命ずる独裁者になるとわかっていても、この母の胸に抱かれるだけの何も知らない赤ん坊を撃つことができるだろうか?
 いや、そもそも、ヒトラー一個人を殺せば、この惨劇は避けられたのだろうか?

 歴史を見れば、この手の虐殺は特に珍しいことでもない。
 そもそも、村人たちが押し込められた家畜小屋の中はガランとしていたが、カタチは明らかに教会だ。
 ソ連邦白ロシア共和国で、なぜ教会が家畜小屋にされていたのか、すんなり明け渡されたのかどうか、説明するまでもないだろう。
 だとすれば、ヒトラー一人を殺せば…という問いに対する答えははっきりしている。クリモフ監督の言うところの「広い意味でのヒトラー」、誰の心にもある「我が心のヒトラー」を殺さない限りは歴史は永遠に繰り返すのだろう。

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