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2007年2月25日 (日)

暗渠のフタを開けてみる

最近、こういうのをみつけました。
(クリックするとものすごく拡大します。)
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よ、用水路?
しかし、住宅地のど真ん中に用水路っていうのも変だし。
田んぼや畑だった頃の名残なんだろうか。
それにしても上のところの突っ張り棒みたいなのはなんだ???
転落防止の何か?
それにしては、すかすかなんだけど???

と、とっても不思議だったので写真に撮ってみました。

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完全に住宅街の中です。

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植物はどこでもたくましく。

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左手の高架は、東関東自動車道です。

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高い高架が東関東自動車道、低い方は一般道です。
別なときに一般道を上がって見たら、いわば尾根に出る道でした。
どうやらこの溝、自然の川のようですよ。

あとで地図を見たら、近くに犢橋貝塚(こてはしかいづか。位置をグーグルで見てみる)まであって、由緒正しい川のようです。
地図によると、この川の名前は草野川。

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高速道路の下を流れる川…。
ミニミニ版日本橋川みたいですね。

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自然の川に一時期フタをして暗渠にしていたんですかね。
暗渠の中って、こういうふうになっているんですね。

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何かの浄水装置らしきもの。

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川幅・水量ともに増え、普通の川っぽくなってきました。

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コイも泳いでます。

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京成電鉄の線路をくぐります。
よく、昔この辺に来たことがあるという人から、
「京成の汽車から海が見えたんだよね~。」
って言われますが、さすがに埋め立て前のことは知りませんです…。

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この背後が昔の海岸線です。
海岸段丘もここで切れていて、かつてはここから東京湾に注いでいたのでしょう。

(ここからあとは、「暗渠」を騙る…いや語る。)

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2007年2月21日 (水)

映画「バトル・フォー・スターリングラード」

バトル・フォー・スターリングラード

1975年ソ連
監督:ウラジーミル・ドスタリ
映画化・演出:セルゲイ・ボンダルチュク
キャスト:
ピョートル・ロパーヒン…ワシーリィ・シュクシン
ニコライ・ストレリツォフ…ヴャチェスラフ・チーホノフ
イヴァン・ズヴャシニコフ…セルゲイ・ボンダルチュク

 ミハイル・ショーロホフ原作「彼らは祖国のために戦った」を映画化したもの。普通の人にとっての戦争とは。

 と、いうことで、登場人物が頗る多い。で、顔を覚える前にじゃんじゃん死んでいく。特に、舞台が1942年7月、ドイツ軍がすさまじい勢いでスターリングラードへ迫ろうかという時期なので、一般の兵士は悲惨である。
「軍旗を守ったから連隊は永遠に不滅だ。」
との言葉もむなしく響く。

 彼らソ連の兵隊さんは、後ろに向かって進軍しているので通過する村々の反応は非常に冷ややか。
 中には悲観的になってるヤツもいるが、そういった村で休憩を取っているうちは、居眠りしたり、川で泳いだり、川エビを取って煮たりとのどかそのものなので、なんと弱虫なヤツだろうと思っていると、不気味な静けさ…そして遠くに爆撃の音が聞こえてくる。
 さっきまでのどかにトリがさえずっていた草原一杯に展開してくる戦車に、人力で掘った塹壕(というか、溝になってないからトーチカ(点)っぽいがただの穴か)から銃で撃って食い止めようというのだ。B29に竹槍くらい無謀じゃなかろうか。人のいる塹壕の上を戦車が念入りに踏みにじりにじりにじりまくる様は見ていられないほどだ。

 この戦車の無限軌道が頭の上を走るかのような迫力に圧倒されていたら。第二部の絨毯爆撃のド迫力にはぱくぱくしてしまう。
 1平方kmあたり何トン?くらいの勢いで、すさまじい土煙に画面は何度も暗転。登場人物が思わず、
「主よ、我が命を助けたまえ…。」
と神に祈ってしまうが、見ているこっちまでも祈ってしまいそうだ。映画館でこれ上映したんだよね?
どっしゃああああ。一度体験してみたい…ようなしてみたくないような。

関連作品:
ボンダルチュク監督作品。
人間の運命」「戦争と平和」
「熱い雪」の映画化。包囲されたドイツ軍の最後の反撃。
 「スターリングラード大攻防戦
ヒトラー役の役者の常人離れした(爆笑)演技が光る。
 「ベルリン陥落

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2007年2月17日 (土)

映画「ロマノフ王朝の最期」【デジタル完全復元版】

ロマノフ王朝の最期Agoniya

1975-1985年ソ連
監督:エレム・クリモフ
音楽:アルフレッド・シュニトケ
キャスト:
グレゴーリィ・ラスプーチン…アレクセイ・ペトレンコ
ニコライII世…アナトーリィ・ロマーシン
アレクサンドラ・フョードロヴナ…ヴェルタ・リーネ
アンナ・ヴィルゥボヴァ…アリサ・フレインドリフ
フェリクス・ユスポフ…アレクサンドル・ロマンツォフ

 「鬼の来た道」にトゥチャ(チベット・ビルマ語族イ語系のことばを話す民族)の儺(おにやらい)で祀られる神が、皇帝のお墨付きをもらって格の高い神になった、という話を聞いて、
「どんだけ偉いんじゃい、皇帝! 妖怪界にも顔がきくんかい!」
と苦笑した。それは中国の話だが、常に皇帝は聖人君子で政治が悪いのは取り巻きが極悪だからだ、みたいに考えたがる傾向はロシアでも結構あるのかもしれない。
 ロシアで偽ドミートリィっていうのだけでも「ん?」という感じなのに、偽ドミートリィには一世と二世がいるってのはなかなか理解しがたい話だ。
 …権力を握ったんなら自分で皇帝になって帝室を興せば良いのに、と思うんだけれど?
「黄金氏族がなんぼのもんじゃあ! オレはエセン様じゃあ!」
みたいに。
 ロシアの場合、「皇帝」というものの周りに心理的な聖域みたいなもんがあったのかもしれないなー。


 それはそれとして。
 物語は、1916年のロシア、サンクトペテルブルク。
(ものすごくネタバレ。でもまぁ、歴史物だから、結末は皆さんご存じの通りでっせ。)

第1部

 戦争、革命…ロシアは混乱を極め政府は事態を収拾する能力を失いつつあった。
 皇帝のニコライ2世は少々性格の弱い人物のようで、散々な戦況報告を聞いている途中で隠し扉から逃げ出してしまう。相手が話しているのに!
 まー、例えばイヴァン雷帝だったら極東の発展途上国の島国で警官に襲いかかられても、一睨みで相手は即死するくらいのオーラ(それじゃヴィイだ…笑)を持っていただろうが、ニコライ二世はあっさり刺されちゃうしねぇ…(大津事件)。

 子供部屋に逃れてからも、皇后アレクサンドラ・フョードロヴナが、病気の皇太子を治したラスプーチンにすっかり心酔しているのを見ていられずに、自分の趣味の暗室に閉じこもってしまうのだ。

 グレゴーリィ・エフィーモヴィチ・ラスプーチン。
 ロマの芸人たちとどんちゃん騒ぎをしたり(聖職者なのに!)、きれいな女の人を見るといきなり抱きついたり(人妻なのに!)やることなすことむちゃくちゃだが、首相でさえ、彼からの電話の呼び出し音を聞いただけで死を覚悟する。
 皇后が全幅の信頼を置いているために、彼が何かを頼めば通ってしまうからだ。
 ラスプーチン自身には何か確たる信念がある訳ではなさそうだが、いろいろなことをやってもらおうと有象無象の輩が群がっている。こいつらがいかにも胡散臭いし生臭い。

 社会の底辺の方から、というだけでなく人としてダメダメな所からはい上がってきたラスプーチンのような人には、ついつい共感してしまう(笑)。なので、他の人が見たら違う感想になるかもしれないけど、ここで描かれるラスプーチンは「怪僧ラスプーチン」というフレーズから想像されるバケモノではなく、ただの礼儀作法のなってない田舎者という感じ。ただし、きれいな女の人をみるともうさかりのついた雄犬のように本能のみで動いちゃうけどね。
 まぁ、綿密な考証に基づいていると言うことだから、尾ヒレの付いていない姿はこんななんだろうな。とりあえず、緑の血とかは流れてないようだ(笑)。

 第1部で一番印象に残ってのは、ニコライ二世の回想中の「血の日曜日」。
 雪の積もった真っ白な広場が群衆で真っ黒に埋め尽くされる所からしてもういやーな感じが迫ってくる。


第2部

 女性関係にだらしないって事は、そこが弱点でもあるわけで。
 そのあたりの罠に引っかかって、ラスプーチンはロシア正教会の名で宮廷への出入りが禁じられてしまう。
 それがまた、十字架を押しつけられて、まるで悪魔払いのようだ。
 そうなると、ラスプーチンを利用しようとして群がっていた人たちは、すーっといなくなってしまうのだから現金な物だ。本当にバケモノなのはどっちだよ(苦笑)。

 ラスプーチンの追放は、ニコライ二世の意向でもあったんだけれど、正教会の権威なんぞで封じられるラスプーチンではない。超自然的な力(!)で皇后の寝室に現れる。
 「リング」の呪いのビデオと喪黒福造の「ドーン」を併せたようなパワーで復帰。…ここの映像は本当に不気味。ニコライ二世じゃなくても逃れられないよ~。怖いよ~。

 その一方で、どうしてもラスプーチンを皇室から切り離せないのなら、物理的に排除してしまえ、という陰謀が皇帝の威厳がヤツのために貶められたと考える極右政治家プリシケーヴィチも参加して進行中なのだった。

「非人道的手段で目的を達成しても意味がない!」
「殺人は神の意志に反する。」
と反対する国会議員バラショフらを押し切って、
「ロシアのためだ、手段を選んでいる余裕はない!」
プリシケーヴィチは計画を実行に移す…。

 懲りないラスプーチンは、またまた女につられて(?)おびき出されてしまう。いい加減学べ。

 青酸カリ入りのワインで歓待する家の主人ユスポフ。ところが、ラスプーチンはそれを飲んでも平気で、
「まずい。もう一杯。」
とか言っている(←言ってない言ってない)。
ユスポフが背後から拳銃で撃っても息を吹き返して、とっとと走って行く始末…。
 恐怖に駆られたプリシケーヴィチにめった撃ちにされてようやく倒れるラスプーチン(映画中には出てこないが、この後すまきにされて氷結したネヴァ川の氷の下に投げ込まれる。死因はなんと水死だったとかいう話を聞いたことがある…恐るべきパワー)。

 しかし、このことによって、プリシケーヴィチの思惑とは逆に、皇帝のまとっていた神性というか、ある種の心理的なストッパーがすべて吹っ飛んでしまったのだろう。

 ロシアに聖域なきテロルが支配する時代が到来する…。

参考文献:

うーむ、人気者(笑)。
残念ながらここでは視聴はできないけれど、"Agony"(ロシア語だと「アゴーニヤ」、この映画の原題)というのがこの映画の音楽。

エレム・クリモフ監督の他の作品→「炎628
アルフレッド・シュニトケが音楽を担当している他の作品→「スターリングラード大攻防戦」「エア・パニック -地震空港大脱出-
ナレーターのカリャーギンが主演→「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲

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2007年2月11日 (日)

ドラマ「ロシア特殊部隊スペツナズ」【チェチェン・ウォーズ】

ロシア特殊部隊 スペツナズ-チェチェン・ウォーズ-

2002年ロシア
監督:アンドレイ・マリュコフ
キャスト:
プラトフ少佐(クリム)…アレクサンドル・バルエフ
ヴャゼムスキー(ドク)…アレクセイ・クラフチェンコ
ウルマンノフ(ヤクート)…ヴラジスラフ・ガルキン
フルスタレフ(フルスト)…イーゴリ・リファノフ

 このシリーズは、DVDで全3巻が出ているが、とりあえず【チェチェン・ウォーズ】。
 この巻では出ていないが、確かヤクートはサハ(ヤクーチャ)の出身ではなかったっけ? 顔もシビリャークっぽい。あと、どっかで見たことある顔だと思ったらドクは「炎628」のフリョーラだ。なんとまぁ、巨大に成長して…(笑)。


第1話「ブロークン・アロー」

 チェチェンのどこだかで武装集団襲撃の情報があり、プラトフ少佐に出動命令が下る。
 武装集団の一味を始末することには成功したが、別の車に分乗し赤十字の人間に化けていた男には逃げられ、仲間には犠牲者も出てしまう。

 このニセ赤十字の男、情報屋というか武器商人というか、ロシア軍の内部からいろいろ買ってイスラム過激派に横流ししている人物のようだが、こいつが手に入れたストレラ2Mのために、戦闘機が撃墜されて、スペツナズがパイロットの救出に出動。
 かろうじてパイロットの一人は助けることができたが、その過程で情報漏れが起きていることがわかる。

 「ストレラ」とは、ロシア語で「矢」の意。
 これが良いんだよ~、スティンガーなんてクソとかで、件のニセ赤十字男はご執心。またまたロシア兵を買収して今度は強奪しようと画策する。それを予測した防諜担当のリーリン少佐の提案で、プラトフのチームが護衛をすることになるのだが、抱き込まれたのは実はストレラを輸送するトレーラーの運転手だった…。

 途中、一般道で銃撃戦をしていたので一般市民の車両が入り込んで来るシーンがある。
「え、なに? 映画の撮影?」
「そう、ミュージカルなんだ。」
といって、スペツナズの皆さんが踊る様子はなんだかすっごくへン(笑)。似合わねー。


第2話「待ち伏せ」

 チェチェン駐留ロシア軍が襲撃される事件が相次ぎ、スペツナズの出動が要請される。
 輸送車の護衛に特殊部隊を使うのか、とプラトフ少佐は不満だが、現地の部隊のオゾルニフ中佐はもっと不満だ。時間がないとのコムレフ将軍の理不尽な命令により、偵察部隊を先行させることもできない。輸送車は敵の待ち伏せしているただ中へと突っ込んでしまう。
 一応、協力しようという姿勢を見せていたオゾルニフも、この件の後では、自分がイニシアチブを取ろうとするばかりか、プラトフの助言にも全く耳を貸さなくなった。

 防諜担当のリーリン少佐によると実に良く訓練を受けた武装集団だという。
 実は、英国陸軍SAS出身のサウディ=アラビア人、シャラフ・ラシュディがチェチェンに潜入して訓練を施した連中なのだ。

 オゾルニフは、今度は敵を誘い込んで一網打尽にしようと待ち伏せるのだが、プラトフから見れば全くの穴だらけの作戦であり、それどころか、ラシュディらにすっかり読まれているのだった。
 オゾルニフの無策ぶりにイライラしながら敵の襲来を待っている間、ドクはダーツをしていたが、そのうち、フォークとか包丁(笑)を的に投げつけ始める。ななななんでフォークがぐっさり刺さるんだよ~。怖~。

 さて、オゾルニフがまんまとラシュディの罠にはまって爆死した後、リーリンがようやくラシュディの正体を突き止めた。彼もラシュディには借りがあると言う。ラシュディは強敵だが弱点があるという。自信過剰で、困難な任務をあえてやりたがるというのだ。
「スペツナズが相手と知れば、必ず出てくる。勝てばただの勝利ではない。たいへんな名誉だからだ。」
と煽る(笑)。

 スペツナズ対SAS(元だけど)の結末はいかに?

 …なんてね。ロシアのドラマだからスペツナズが勝つに決まってる(←身も蓋もない)。
 でも、ラシュディのぶざまな負けっぷりを見て、
「ロシアの特殊部隊は世界一ィィィ!!!」
と叫びたい人は、ゼヒゼヒ、この続きをご自分の目でお確かめあれ!

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2007年2月10日 (土)

映画「ククーシュカ ラップランドの妖精」

ククーシュカ ラップランドの妖精

2002年ロシア
監督:アレクサンドル・ロゴシュキン
キャスト:
アンニ…アンニ=クリスティナ・ユウソ
ヴェイッコ…ヴィッレ・ハーパサロ
イヴァン…ヴィクトル・ブィチコフ

 「この世とあの世の間には川が流れている」のは、世界標準らしい。死にそうになっているヴェイッコがいるところは賽の河原のよう。ああいう荒涼としたところに行くと、石を積みたくなるのは人間の本能なのか、ケルンのようなものがあり、ますます賽の河原のようだ。
 これは誰のあの世観だろうか? 死にかけてるのはフィン人のヴェイッコだから、彼のかな。でも、こういうときは、きっとアレが出るよ? 出るよ?と思って見ていると期待通り。
 
 死の天使出た-!

 本当においでおいでしててヴェイッコもふらふらついて行ってしまう。しかし、魂がついて行ったらそれっきり。そうはさせまいとこの世の側にいるアンニが太鼓を叩き、呪文を唱えて魂を身体に呼び戻す。犬の遠吠えでこの世に引き戻されるっていうのはおもしろいな。

 しかし、そもそもアンニの家からして、この世のものでないような不思議な空間なのだ。定置網のようなものを設置していて、潮の満ち干でサカナを獲っているから海なんだろうが、海面が常に鏡のようで波が全くない。フィヨルドって本当に不思議だ。毎日東京湾を見ているけれども、東京湾だって内湾なのにあんなに鏡面のように波がないときなんてない。この映画の画面を見ているだけで、ひたひたぴたぴたと潮が満ちてくる音が聞こえるような気がする。
 とはいえ、アンニの夫は兵隊にとられて出て行ったきり4年も帰って来ないし、アンニも爆撃でバラバラになった人体をごく普通に拾い集めて埋めているから、現世から切り離された理想郷というわけでもない。
 それでもこういう暮らしは理想的だよな~。居心地の良い家があって自分で食べるものは自分で確保できて、犬はいて、物わかりの悪い上司とかわがままな客とかいなくて(笑)。

 私もこういう暮らしがしたーい!(←心の叫び)


 そんな所にやってきたヴェイッコとイヴァンが、言葉が通じないからそれぞれ勝手なことをやり出すんだけれども、フィン人のヴェイッコはサウナを造り、ロシア人のイヴァンはキノコを集めるのって、あまりにもイメージそのままなんで笑った。フィン人って、サウナがないと死んでしまうというのは、どうやら本当らしい(笑)。

 ちょっと不思議だったのは、アンニがトナカイを遊牧どころか放牧もしていないらしい事。定住しているのだから、遊牧はしないにしても、エサはどうしてるんだろ?
 周囲はトナカイゴケが真っ白に生えてはいるけれども、一年中いたらすぐ食べ終わってしまうと思うのだけれども…。

サーメ(サーミ)の服飾については、蒸しぱんさんも記事を書いてますので、そちらもどうぞ。

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2007年2月 9日 (金)

映画「鬼が来た!」

鬼が来た!

2000年中国
監督:チアン・ウェン(姜文)
キャスト:
マー・ターサン…チアン・ウェン(姜文)
花屋小三郎…香川照之
ユィアル…チアン・ホンポー(姜鴻波)
通訳トン・ハンチェン…ユエン・ティン(袁丁)
酒塚猪吉…沢田謙也
野々村耕二…宮路佳具

 チアン・ウェンが、
「いままでの中国映画は日本兵士を正確に描いていない。」
と猛勉強して撮っただけあって、ここで描かれている日本の軍人の姿は、自分の考えているのと大差ない。
 中国人が、これくらいわかっているんなら歴史認識の差なんてないじゃん、と思っていたが、この映画、ひょっとして中国では上映されていないのね…。

 1945年の旧正月の直前。
 日本軍占領下の海辺の村に、「私」と名乗る謎の人物が麻袋に詰め込まれた日本軍の兵士・花屋と通訳のトンをマーの家に置き去りにした事から始まる。

 困ったマーは、村の長老らみんなに相談する。
「日本人など埋めてしまえ!」
などと過激なことを言う者もいるが、マーは人を殺すのなんていやだから、あれこれ理屈を並べて、とにもかくにもしかるべき人が引き取りに来るまで世話をすることにする。
 日本軍の占領下で、毎日ブラスバンドを引き連れて海軍の野々村隊長が村を通過して行くとはいっても、野々村隊長は村の子供にアメをやったりして、占領軍としては温厚な部類。村もごく普通の日常が営まれている。

 それに対して花屋は、マーや村人を怒らせて自分を殺すようしむけるが、死にたくない通訳のトンが罵倒や都合の悪そうな言葉を歪めて通訳してなんとか逃がしてもらおうとする(これが後々効いてくる)。
 花屋は今までどっぷり兵士としての常識に漬かっていたから、捕虜となった事を恥じ、
「戦場で死してこそ武士。」
なんて言ってるが、あんた武士じゃないじゃん。農家のせがれじゃん。
 だから、あれこれの事件がありながらも半年経つと戦場での感覚も薄らぎ、同じ農民である村人と理解し合うようになる。

 その結果、穀物と引き替えに釈放してもらって駐屯所に帰ることになる。
 しかし、花屋が戦場の常識から解放されたとしても、帰った先の軍隊ではそうではない。花屋が尊敬していて、彼の偶像でもある同じ村出身の酒塚隊長は、たまたま読んでいた紙(実は終戦の詔勅)をポケットにしまって花屋を迎えるが、脱走兵扱いである。
 それでも酒塚は、花屋が村人と取り交わした証文を見て、
「日本人は約束を守る。」
と、約束通り村に穀物を運ぶことになるのだが…。

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2007年2月 6日 (火)

映画「単騎、千里を走る。」

単騎、千里を走る。

2004年中国
監督:チャン・イーモウ
キャスト:
高田剛一…高倉 健
高田理恵…寺島 忍

 高田剛一の息子、健一(声:中井貴一)は雲南の仮面劇について研究しているという設定だけれども、具体的には出ていないので勝手に想像するに、たぶん、儺(おにやらい)のことではないかと。

 もともとは、目をカッと見開き、牙を(場合によっては角も)生やした憤怒の形相の神々が目に見えない災厄を追い払う行事だったという。
 恐ろしい形相や爆竹などの大きな音で悪霊を驚かして追い払うのだが、実際的には、仮面をかぶることによって人間が神を演じる(といっても、シャマンのようにトランスに入るわけではないところが北方起源のものとは違うのかな?という印象を受ける)。

 日本で言えばなまはげがその原型に近い。仏教が入ってきたために不動明王のような仏教の護法神がそれらの神々の役割をするようになり、恐ろしい形相の故に、かつて神だったものは鬼となって追われる立場に転落した。

 李家村で演じられる芝居は、儺の儀式が、仮面を付けて

目に見えないものを追い払う単純なストーリィを演じた事から、
 ↓
やがて神に捧げる踊りや、より複雑な筋立ての劇に変化し、
 ↓
神だけでなく人が見ても楽しめる踊り、劇に発展、
 ↓
人が楽しむための演劇になったもの。

なのではないか、と想像することができる。

 雲南には、イ族のツォタイジのように仮面の神がそのまま現れるより原型に近いと考えられるものから、「単騎、千里を走る。」や「楊家将」のような普通の芝居を演じる仮面劇まで様々なバリエーションがあるから、健一はそういう仮面劇のいろいろを研究していたのかもしれない。そうだとすると、日本とのつながりを考える上で最も重要なのは「仮面を付ける」というカタチなのであって、この映画の中で健一が言っているように「『単騎、千里を走る。』自体はそれほど重要でない」。

 高田は、理恵からもらったVTRに録画されていたテレビ番組の中で健一が、李加民が演じる「単騎、千里を走る。」を来年撮りに来る、と約束しているのを見て発作的に麗江に飛んでしまう。健一は論文を十数編発表しているというから、高田がそれを読んでいたら、演目自体はそれほど重要でないということはわかったはずだ。
 息子の方が拒否していると高田は思い込んでいたのだろうが、彼は息子のやっていることに興味を持って、理解しようとしていたのだろうか。

 また、通訳の二人だけでなく、頭の固そうな役人だなぁ、と見えた人でも、息子の病気のことを説明してお願いしたらみんな助けてくれた。
 妻が死んだとき、彼は何も言わずに漁村に帰ってしまったそうだが、言葉も習慣も違う雲南の人たちでも話せば理解してくれるのだから、どうせ話してもわからないと決めつけずにあのとき、ちゃんと話すべきではなかったのだろうか。

 更に、
「息子に会いたくて会いたくて歌えないよお。」
と泣く李加民のために、息子の楊楊を探し出す。しかし、楊楊は途中で逃げてしまう。高田も追いかけて二人で迷子になってしまったために、村人やら警察やら繰り出しての大騒ぎになるが、楊楊は李加民の息子だから父親に会いたいに違いない、と大人たちがきめつけ、本人の気持ちは全然確かめていなかった。彼はまだ実の父と会う心の準備ができていなかったのだ。
 高田も息子はきっとこう思っているに違いない、と決めつけて、本人の気持ちを聞いたことがなかったのではないだろうか。

 本当はもう少し早く気づけば良かったのだけれど、こういう事は切羽詰まって追いつめられて行動したからこそわかったことなんだろうな…。

余談:
せっかく中井貴一が演じてるんだから、チベット・ビルマ語系の民族を研究していて、
「私は若いとき、ミャンマー(ビルマ)で僧侶になる修行をしていたんですよ。そのころ不思議だなぁと思っていた風習と非常によく似た風習を雲南で見ましてね。それでこの地域を研究しようと思ったんです…。」
なんて言ったら一部地域(日本)でウケたのに。
(チャン・イーモウにそういうの期待しちゃダメだろうか?)。

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2007年2月 2日 (金)

映画「霊幻少林拳」

霊幻少林拳

1979年香港
監督:ラウ・カーリョン(劉家良)
キャスト:
チャン…リュー・チャーフィー(劉家輝)
ユエン…ワン・ユー(汪禹)
チェン・ウー…ラウ・カーウィン(劉家榮)

 これがキョンシーもの流行のきっかけを作った作品だそうですよ。
 確かに、両手を「前へならえ」の形に上げてないことからも、まだ一定の「型」ができていない初期のものだという事がわかります。キョンシー自体も妖怪化(笑)しておらず、ただのぴょんぴょん跳ねる死体ですし。
 …いや、ただの死体でも気味悪いんですが。

 それにしても、キョンシーが飛び跳ねるのも、腕を前に出しているのも、
「ちゃんと意味があるのだ。」
と違う映画(「少林キョンシー」)の道士(ゴードン・リュー…笑)が説明していたのを
「ふむふむ、なるほど。」
と感心して真に受けていたのに。たいした根拠はなかったんですね~。信ジチャッタヨー。
 どこまで映画的な演出なのか、元になる民間伝承がいったいどんなものだったのかますます気になります(笑)。

 さて、ストーリィですが。

 チェン・ウー道士が博奕ばっかりやっていたので、故郷に帰さなければいけない遺体がたまりにたまってしまいます。助手のユエンがようやく探し出して帰ってみると、更にまた1体(リュー・チャーフィー)運び込まれてきました。
「この死体、変です、がありません!」
おいおい(笑)。それですっかり「ハゲ」とか「ハゲ・キョンシー」があだ名になってしまいました。
 ち、違わい! ハゲじゃなくって、剃ってるだいっ!
 …それにしても、このホトケさん、というかキョンシーは、出発してからもなんかヘンなんですよね。

 さて、チェン・ウーとユエンの二人が9体のキョンシーを引き連れて行くと、途中、今までなかった検問ができています。脱獄犯を捜すためだそうですが、検問所のお偉方は、きれいなお姉さん達といちゃいちゃしてます。いいんでしょうか! こんな楽しそうな仕事、許せません(笑)。しかも、急にユエンが連行されてきたので、おもわずぽろりな事態に。

 ともかく、無事(?)検問も通してもらえて、やっと一休み。宿を取りますが、チェン・ウー先生、ユエンを置いてさっさと賭博場に行ってしまうのでした。
 そこで、チェン・ウーがあまりにも大勝ちしてしまったので、胴元に呼ばれてしまいます…。
 力尽くで金を渡すまいとする胴元の一味と、チェン・ウーを呼びに来たユエンも加わっての大乱闘。

 もちろん、二人とも強い!強い!

 …ただ、ユエンは、時々技を忘れてしまうのが弱点です。また、この乱闘で、チェン・ウーは足に怪我をしてしまうのです。
 しかし、このところ、ぽかぽか陽気が続いているので、チェン・ウーの足が治るまで待っていると、遺体が痛んでしまいます(生々しいなぁ)。
 そこで、ユエンを慕って勝手にあとを付けてきていたフェイを助手にユエンが道士となり、出発することになります。
 でも、初めてのフェイには死人はあまりにも怖く、+ユエンのいい加減さ(キョンシー逃げたらちゃんと探せよ~。無駄なところで律儀なくせに。)から、この後トラブル続出。そして、ハゲ・キョンシーは実は…。

 …というお話なのですが、それ、遺体をきれいにしているときに気づくだろ、フツー(笑)?
 ま、確かにどたばたしてたところに運び込まれているので、ちゃんと見る暇がなかったのかもしれませんが、それにしたって、ねぇ(笑)。たとえて言えば、「志村、うしろ!」といった感じでしょうか。

 とにかく、役者が身体を張ったカンフーの演技は、おもしろかっこいいですよ!

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2007年2月 1日 (木)

映画「北爆 ホーチミン・ルート ベトナム黙示録」

北爆 ホーチミン・ルート~ベトナム黙示録~

1985年ソ連/ベトナム
監督:サンヴェル・ガスパロフ/グエン・スアン・チャン
歌:ラリサ・ドーリナ

キャスト:
ケイト・フランシス…タチヤーナ・レベジェワ
フォン…ヴィエト・バオ
メイ…レ・ヴァン
イリヤー・クルゥチン…アレクサンドル・ガリビン

 過度に感傷的な内容だなぁ…。ストーリィもないようなもんだし。
 アメリカの戦闘機やヘリコプターがばたばた落ちる映像は珍しいと思った。最近の戦争では、ああいう映像は流されないような気がするし。

 むしろ、イリヤーの絡む所をザックリ切って、ホーチミン・ルートを旅したケイトの体験を中心にして、ケイトの役をラリサ・ドーリナが演じて、30分くらいにしたら、まとまりが良かったかもしれない(ドーリナのプロモートビデオとして)。

 …ケイトアメリカ人だし、ソ連映画でロシア人が出ないのは無理ですかね(汗)

 なお、ラリサ・ドーリナのサイトにこの曲が載っているので、試しに聞いてみてはどうでしょう?
トップページ(ロシア語、英語ページ有り)から
музыка”のタブ>タブの下の“музыка к фильмом”>二番目の“Координаты смерти”(「死の標的」、この映画の原題)がそれです。
 それで、気になったらレンタル屋へGO!ということで…。って、レンタルかよ(笑)。

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