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2007年2月25日 (日)

暗渠のフタを開けてみる

最近、こういうのをみつけました。
(クリックするとものすごく拡大します。)
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よ、用水路?
しかし、住宅地のど真ん中に用水路っていうのも変だし。
田んぼや畑だった頃の名残なんだろうか。
それにしても上のところの突っ張り棒みたいなのはなんだ???
転落防止の何か?
それにしては、すかすかなんだけど???

と、とっても不思議だったので写真に撮ってみました。

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完全に住宅街の中です。

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植物はどこでもたくましく。

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左手の高架は、東関東自動車道です。

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高い高架が東関東自動車道、低い方は一般道です。
別なときに一般道を上がって見たら、いわば尾根に出る道でした。
どうやらこの溝、自然の川のようですよ。

あとで地図を見たら、近くに犢橋貝塚(こてはしかいづか。位置をグーグルで見てみる)まであって、由緒正しい川のようです。
地図によると、この川の名前は草野川。

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高速道路の下を流れる川…。
ミニミニ版日本橋川みたいですね。

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自然の川に一時期フタをして暗渠にしていたんですかね。
暗渠の中って、こういうふうになっているんですね。

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何かの浄水装置らしきもの。

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川幅・水量ともに増え、普通の川っぽくなってきました。

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コイも泳いでます。

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京成電鉄の線路をくぐります。
よく、昔この辺に来たことがあるという人から、
「京成の汽車から海が見えたんだよね~。」
って言われますが、さすがに埋め立て前のことは知りませんです…。

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この背後が昔の海岸線です。
海岸段丘もここで切れていて、かつてはここから東京湾に注いでいたのでしょう。

(ここからあとは、「暗渠」を騙る…いや語る。)

 「暗渠」という言葉を初めて知ったのは、ギリヤロフスキーの「帝政末期のモスクワ」だった。
 ギリヤロフスキーが暗渠になっていたネグリンカ川に潜り込み、汚泥に埋もれた人体を踏んづけながらランプの光も届かない暗渠を進んでいく…汚物まみれになりながら。
 だいたい帝政ロシア時代だし、一度も掃除されたことのない暗渠ネグリンカに潜り込んだのだから、極端な例だろうけれど、そういうイメージでインプットされてしまった。
 そういうイメージとは、なんだかすごい秘密が隠されている探検の対象となるような、ひょっとしたら犯罪も絡んでいそうなアングラな所というイメージ。というか、本当にアンダーグラウンドだし(笑)。
 実は、いつも歩いてる道が暗渠だったりして、身近すぎてロマンもへったくりもなさそうでも、「暗渠」と聞いただけでなんだかわくわくしてしまうんだなー。

参考文献:
Mos帝政末期のモスクワ

V. A. ギリャロフスキー・著
村手 義治・訳

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コメント

ふふふふふふふふふふふふ。

地形散歩の世界にようこそ。
あの辺りはかつてもっと広大だった霞ヶ浦と現在の東京湾とを結ぶルートがいくつも走っていた地帯ですね。ちょっとした連水陸路地帯。

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/30/2b162d751b59fbaa8c0c434aeedba8c2.jpg">古代・中世の関東

是非花見川-印旛沼ラインも散策してみてください。ほんとは今の新川へいく水路ではなく、もっと東寄りにルートがあったわけですが。

> 突っ張り棒
まさに水路を維持するための突っ張り棒ですね。

投稿: 蒸しぱん | 2007年2月25日 (日) 23時51分

>是非花見川-印旛沼ラインも散策してみてください。

地図見てたら、あれ、ここ歩いて行けそうだぞ、と思ったんですよ。そのうち歩いてみます。
東ってどのくらい東やねん…(笑)。
草野川よりもっと東?

投稿: 雪豹 | 2007年2月26日 (月) 00時00分

入り口は花見川でよいのですが、そのまままっすぐ新川放水路に行かず、途中で東に迂回する形になります>自然な地形。

あの放水路は分水嶺をぶち抜いて最短距離で作ってしまっているので昔の(古墳時代とか)ルートから外れている・・・はず。

草野川を遡っても花見川に邪魔されて分水嶺を越えられないです。

投稿: 蒸しぱん | 2007年2月26日 (月) 00時13分

勝田あたりから東に折れて、大日あたりからお隣の流れにひょいという感じなのかな…。

ちょうど出た印旛沼側にも浅間神社があるんだ…。
意味ありげ?

そういえば、リンク先が開きませんが。

投稿: 雪豹 | 2007年2月26日 (月) 07時09分

草野川って名前になっていますが、草野水路とも呼ばれていまして、昔は用水路だったみたいですよ。
下流の方の小学生はドブ川って呼んでましたが。

投稿: 現場付近に住むモノ | 2007年3月 2日 (金) 16時39分

おお、貴重な情報ありがとうございます。
最近(明治維新以降)の急激な宅地化で生活用水が流れ込みドブみたいになっちゃったったけど今は(比較的)きれいになったって、谷津干潟を思わせますね。

連水陸路というのは、河を船で遡って行き、隣の河が接近している箇所で船を陸に揚げ、「ころ」で隣の河まで引っ張っていける路のことで、ロシアがシベリアに進出していったときにもその手法を利用してますよね。
印旛沼と花見川の間もそれに似たような感じだったようで、比較的近年になってからも(江戸時代だったか、戦国時代だったか)運河を掘ろうとして失敗しているそうですから、そのころになっても交通上の要所だったんでしょうねぇ。

そのほかに、モンゴル高原や中央アジアに広く分布する「突厥の石人」と呼ばれる石像が腰に下げている発火具(ひうちがね)とまったく同じ物が千葉市から発掘されていて、私のような世界史(特に騎馬民族史)ファンから見ると、目がきらりーんとしてしまうような場所なんですよ~。
なんといっても近場なのが懐にも優しくて良い(笑)。

投稿: 雪豹 | 2007年3月 2日 (金) 19時15分

私も、いつも総武線に乗りながら、下を流れている"川"らしきものが気になっていました。
(花見川については、印旛沼から東京湾に抜けていることがわかっており、よく徒歩や自転車で花見川を下って海まで行ってました。)
こちらで取り上げられている"水路"については
グーグル地図を眺めながら、”地図上ではすどう見ても川のように思えるのだが、全然グーグル地図にはこの川らしき

投稿: 匿名 | 2023年6月25日 (日) 17時53分

私も、いつも総武線に乗りながら、下を流れている"川"らしきものが気になっていました。
(花見川については、印旛沼から東京湾に抜けていることがわかっており、よく徒歩や自転車で花見川を下って海まで行ってました。)
こちらで取り上げられているこの"水路"については、最近グーグル地図を眺めながら、”地図上ではずっと何キロも続いているし、どう見ても"川"のように思えるのだが、全然グーグル地図にはこの川らしきものの"川の名前"が書いて無いし、いったいどうなっているのだ?と気になってました。
で地図を良く見てみると、どうやらその一部分だけに"小仲台川"などという名前が書かれている。でも川全体の名前が書いて無い、と気になっていろいろ地名などを頼りに検索したら草野水路という名前であることがわかった。

投稿: 匿名 | 2023年6月25日 (日) 17時58分

コメントが上手く投稿出来ずにすいません。
で続きです。
とにかく私は地図を眺めるのが好きで、草野水路については、

投稿: | 2023年6月25日 (日) 18時03分

コメントが上手く投稿出来ずにすいません。
とにかく自分はグーグル地図を眺めるのが好きな人間で、この、どう見ても"川"にしか見えないのに、"水路”だの、"用水路”だの、しまいには"ドフ川”などという散々な扱いを受けているこの川のことが最近、大変気になってました。
で、こちら様のブログに出会ってコメント書きました。

投稿: 匿名 | 2023年6月25日 (日) 18時08分

とにかく、気になってグーグル地図を眺めていたら、この川の両岸にはやたら縄文時代の遺跡や貝塚が多量に存在します。とにかく地図をみると、この川の水源は園生という地名の辺りのようです。千葉氏16代に亘る古墳もこの水路の近くに存在し、園生神社や弁才天を祀る祠などもあり、どう考えても、"水路"というよりは
古代から有る、立派なれっきしとした"川"であるに違いない、という結論に私は達しました。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 18時18分

この川の両岸に有る貝塚の中には、クジラの骨や鹿の骨や魚の骨や狩りに使った矢じりなどが多量に存在していたといいます。残念ながら、それらの遺跡はマンションの建設等で破壊されてしまって今は無いです。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 18時26分

ペンネーム"つ"さんや"蒸しぱん"さんや"雪豹(ブログ主様?)さんのコメント大変勉強になります!古代の霞が浦と東京湾を結ぶルート(水路や川)がいくつも走っていた、というコメント。私もこのごろ、このことを考え始めていました。なぜかというと、千葉県の下総地区に有る川をいくつか周辺を歩いてみました。
例えば、江戸川と旧江戸川周辺。下総の国府の近くを流れていたはずの国分川や春木川。
現在の江戸川にしても、旧利根川にしても
下総の国府の近くを流れていたはずの国分川にしても、近代(江戸時代)から現代にかけて
なぜか強制的にその流れが変えられています。 
東京湾に注いでいたはずの利根川を家康が強制的に銚子に流したり。その為に霞が浦が海水から淡水化したり。国分川をその水源から歩いてみた結果、或ることに気がついたりしました。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 19時03分

霞が浦の辺りが広大な海だった。
そこに鹿島神宮や香取神宮がある。
ペンネーム"つ"さんまたは蒸しぱんさんのコメントにあるように霞が浦と東京湾とを結ぶたくさんの水路が有った、という話。
現代の行政がやたらとそれ(霞が浦の辺りが広大な海だったこと)を隠そうとしていること。
印旛沼と新川や花見川。蒸しぱんさんの言うように、印旛沼と東京湾を結ぶ水路は新川や花見川ではなくもっと東側に有った。それが草野水路であるとか。わざわざ、本来の流れであった草野川を川とは認定せずに敢えて水路と呼び、新川や花見川を掘削して東京湾に流したとか。江戸川放水路もそうです。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 19時15分

連水陸路ですか。参考になりました。
とにかく、草野水路周辺には、本当にたくさんの遺跡が有って。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 19時18分

ブログ主様は自衛隊員の方か何かでしょうか?
モンゴルやロシアに興味がお有りのようで。
ところで、先程も少し書きましたが、現在の政権がやたら川の本来の流れを強制的に変えたり
草野川を敢えて水路と呼んで冷遇したり、古代の遺跡を破壊したりしているのは、何かわざと(意図的)である気がしているのですが。
千葉県には貝塚などの縄文時代の遺跡が有り過ぎます!他の都道府県に比べて。
雪豹様の言う"突厥"。
千葉市で突厥が使っていたものと同じようなものが遺跡から発掘されたのですね。
それとロシアが連水陸路を使ってシベリアに進出ですか。
いろいろ参考になりました。いろいろと私もインスパイアされる話もあります。
だが、こういう話を掘り下げていくと、現在の政権には不都合なんですかね?このブログを探すのも大変でした。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 19時41分

なんということでしょう!私は先程こちらのブログにいくつかコメントを投稿しましたが、そのコメントの中に、本当は草野水路のことだけで無く、千葉市に有る別の川である都川についても始め投稿するつもりで文章を書いていました。だがこちらのスレッドは草野水路の話だからと思って後で消してしまいました。都川についても、昨日、グーグル地図を眺めていて興味を持ちました。そしてその都川の水源には、あの有名な加曽利貝塚がある、という文章を先程、書いていたのですが投稿はしなかったのです。
ところがつい今、こちらのブログの過去のスレッドをなんとなく眺めていましたら、ロシア語で、「日本の歴史」と書いてあるスレッドを発見し、なんだろうとタップしたら、何とロシアで加曽利貝塚のことが書いてあるではありませんか!ブログ主様とは違って私はロシア語はまだ勉強初歩段階でロシア語で「日本の歴史」と書いてあるのと、加曽利貝塚とロシア語で書いてある部分くらいしか読解出来なかったのですが。やはり草野水路に限らず、都川も含めた千葉県の河川にはたくさんの貝塚が有り、加曽利貝塚は全国的にもその名前を知られたはしりの貝塚です。この話をコメント欄に投稿しようと書いて消した後に、こちらのブログで加曽利貝塚のことがロシア語で書いてあることを知りました。実は個人的にロシア語に興味を持って何年も前から(当然、ウクライナで戦争が始まるずっと前の話です)ほんの少しだけ独学で勉強していたのでキリル文字(ロシア語のアルファベット)くらいはなんとか自力で読めるようになってはいたので。

投稿: 匿名 | 2023年6月25日 (日) 22時55分

こちらのブログは今日初めて発見し、思わずたくさんのコメントを投稿してしまい、すいませんでした。ロシア語でのスレッドを含め、まだこちらのブログの記事は草野水路の記事とロシア語で書かれた加曽利貝塚の2つしか知りませんので、これから他の記事もおいおい読んで行こうと思います。突然すいませんでした。
ロシア語ももっと勉強して、加曽利貝塚の文章も頑張って読んでみたいと思います!(グーグル翻訳などを使わないで)

投稿: 匿名 | 2023年6月25日 (日) 23時28分

こちらのブログは今日初めて発見し、思わずたくさんのコメントを投稿してしまい、すいませんでした。ロシア語でのスレッドを含め、まだこちらのブログの記事は草野水路の記事とロシア語で書かれた加曽利貝塚の2つしか知りませんので、これから他の記事もおいおい読んで行こうと思います。突然すいませんでした。
ロシア語ももっと勉強して、加曽利貝塚の文章も頑張って読んでみたいと思います!(グーグル翻訳などを使わないで)

投稿: | 2023年6月25日 (日) 23時29分

海岸段丘とか、河岸段丘とかいう言葉に萌える地形オタクです!扇状地とか。
ペンネーム"つ"さんによると、"地形散歩"って言うんですね。
昔(小学生から高校生の頃)から地学的なことや歴史などが好きで(古代はこの辺はどういう地形だったんだろうとか)歩きながら(散歩しながら)考えるのが好きで。ただ全然分かち合う方も居ず。大学の地学科に入る程の頭脳も無く。

投稿: | 2023年6月25日 (日) 23時45分

 コメントありがとうございます。
 最近はあまり古墳巡りしてませんねー。『縄文海進』なんて本を読んで、あー、こっちの貝塚も行きたい、あっちにもあるのか、カキ礁っておもしろそう、見に行きたい等々うずうずしていて、せいぜい昔の海岸線沿いの海岸段丘を登ったり下りたりしているだけです(笑)。あ、蒸しパンさんは、定期的に仲間を誘って地形散歩をしているようです。
かつて香取の海だったあたりは、東日本大震災の時には、液状化が起きてたいへんでした。江戸時代とか、普通私たちが「昔々」と考えるようなスパンの過去では、もう海だった記憶がないような地域でしたから。
夏至前後の今の季節は、日が長くて歩き回るのに良いですね。なんとか、古墳巡りの時間を捻出したいものです。

投稿: 雪豹 | 2023年6月26日 (月) 21時33分

返信ありがとうございます。とにかく自分で勝手に地形散歩しています。縄文海進ですが、千葉県内のかつて海だったと思われる低地で、なんと何回か"サンゴの化石"を発見しています。
縄文海進時代には、温暖な浅瀬の海だったと思われます。

投稿: 匿名 | 2023年6月27日 (火) 19時17分

久しぶりに投稿いたします。前回は長々といくつも投稿してすいませんでした。
今日たまたま、草野水路以外にも、雪豹さんが挙げられていた、勝田川という川も、本来は印旛沼や利根川方向に流れていた(要するにかつての香取湾方向ですね)らしいものを昭和の花見川改修工事で、勝田川は強制的に花見川と繋げて東京湾方向に流れるようにした、と
ものすごく専門的に書かれているネット記事を今日発見しました。

投稿: 匿名 | 2023年8月21日 (月) 15時27分

それから、最近、歩いていて発見した、芦太山という地名について調べていたら、花見川の支流だと言う芦太川という名前の川が有ることをその、"すごく専門的に書かれているネット記事"を読んで知りました。その芦太川も、何と現在は、千葉県は、下水路の一つとしていて、正式には芦太下水路という名前が着けられているそうです。
草野川(水路)は、一応、水路という名前が付けられているのに、芦太川には何と下水路という名前にされて

投稿: | 2023年8月21日 (月) 15時36分

それから、最近、歩いていて発見した、芦太山という地名について調べていたら、花見川の支流だと言う芦太川という名前の川が有ることをその、"すごく専門的に書かれているネット記事"を読んで知りました。その芦太川も、何と現在は、千葉県は、下水路の一つとしていて、正式には芦太下水路という名前が着けられているそうです。
草野川(水路)には、一応、水路という名前が付けられているのに、芦太川に至っては何と下水路という名前にされている有り様です!

投稿: 匿名 | 2023年8月21日 (月) 15時37分

それからやはり高津川という、花見川の支流になっている川があるのですが、この川も千葉県は水路という扱いにしています。
何か非常に、現在の行政が意図的に本来、利根川方向に流れていた川のいくつかを強制的に東京湾側に流しており、尚且つ昔からの河川で有った川を、水路や下水路と呼び、川とは認めない酷い扱いをわざとしている様子が身受けられます。草野水路、高津水路、芦太下水路など。
なぜ、現在の行政が意図的に川を川と認めないようなことをわざわざやっているのかが謎です。

投稿: 匿名 | 2023年8月21日 (月) 15時48分

印旛沼を通して、利根川に繋がっている、主に佐倉市を流れる手繰川という川が有るのですがこの手繰川の水源辺りが、勝田川や草野水路の水源に近い感じがします。その辺りには貝塚や古くからの神社や寺院も有って昔から人が住んでいた土地のようです。

投稿: 匿名 | 2023年8月21日 (月) 16時36分

ロシアも入っているBRICs諸国が現在、南アフリカ共和国で会議を行ってますね!何でも今回の会議では、BRICs共通通貨を発行することを決めるとか。ドル体制の一極支配の終焉になると良いのですが。

投稿: 匿名 | 2023年8月23日 (水) 16時44分

ロシア語に興味を持って、函館にロシア極東大学の日本校が有ると知り、調べてみたら、何と本来はロシアの国立大学の日本校であるはずなのに、日本では、"専門学校"または"各種学校"
の扱いになっており、"大学"の扱いでは全くありませんでした。酷い話ですね!アメリカの大学の日本校や中国の国立大学の日本校は日本でも"大学"として扱っているのに。
ロシアの大学に対する日本での、この扱いの酷さは、日本でロシア語がわかる人間が増えて欲しく無い、ロシアとの関係を構築する人間が増えて欲しく無い、とのアメリカの思惑が透けて見えます。

投稿: 匿名 | 2023年8月23日 (水) 16時51分

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