映画「天上草原」
2001年中国
監督:サイフ、マイリース
キャスト:
シュリガン…ニンツァイ
フーズ…グアルスーロン
バルマ…ナーレンホア
テングリ…アユンガ
ひょっとしたら、結婚している人にはわかるのかもしれないが、私には何度見てもストーリィの意味がよくわからない。
しかし、興味深いところもあるので、ストーリィ自体にはそれほど意味が無く、映像詩のようなものだと考え、感想をメモしておく事にする。
「射ちょう英雄伝」に出てくるモンゴルはなんか変だなぁ、とずっと思っていたがその理由の一つがこの映画を見てわかったような気がした。要するにあれは、チンギス=カン当時のモンゴルではなく、現在の内モンゴルのモンゴル人のイメージで撮られていたわけだ。内モンゴルは行ったことなかったからピンときていなかった。
…こうして最大限好意的に解釈しようとしたって、灯火で中が透けて見えるほどのぺらぺらなゲルってあり得ないだろうが>しゃちょー(「英雄十三傑」もそうだが)
例えば、「しゃちょう英雄伝」ではサマルカンド攻略の際に、蹄鉄云々の話をしているが、当時のモンゴル在来馬は装蹄していないはずだ。「東方見聞録」にもそのことは書いてあるし、現在のモンゴルでも蹄鉄は付けていない。(当然突厥の時代も装蹄していないはずだから、「ヘブン・アンド・アース」(これも中国の映画だ)で安が蹄鉄を拾って何か言ってるのはおかしいよなー。)言わなきゃ良いのに、騎馬民族っぽさを出そうとして墓穴を掘ってる。
しかし、どうも「天上草原」中のナーダムの馬も蹄鉄を付けているようなのだ。「天空の草原のナンサ」では、舗装はしていないものの踏み固められて固くなっている自動車道を避けて馬を歩かせていた。もはや、内モンゴルでは、馬も靴を履かずに歩けば蹄を痛めるということなのだろうか。
あと驚いたのは、モンゴル人が草を刈っていることだ。家畜の餌なのだろうが、本来「遊牧」とは草刈りをしないのではないだろうか。モンゴル国ではあまりしていないんじゃないかな。だからこそ、ゾトに弱かったりもするんだが、囲って餌をやるのはもはや遊牧ではなく、ただの放牧だろう。遊牧するだけの充分な広さの草原がないということなんだろうか。
そう言うことを考え合わせると、エンディングで今は都会で暮らしているフーズが、このころを懐かしんで、シュリガン達はどうしているのかなぁ、なんて言っているのを聞いて、最初見たときは
「何言ってるんだ、いつでも会いに行けばいいだろう?」
と思っていたが、「天上草原」はもはやこの世に存在せず、行くことができないのかもしれない。
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