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2007年6月11日 (月)

【翻3-11】淮陽王武延秀

 訳注付けられるほどご立派な人間じゃないので、特に付けない方針だったが、こんな箇所が出てきて、どうしようか困っている。

...а принцы, Хуай-ян и У янь-сю, отправились в ставку тюркского кагана, чтобы просить руки его дочерей.
(直訳)…一方、皇子たち、淮陽と武延秀は、テュルクのカガンの本営に彼の娘に求婚するために派遣された(彼らは)。

 旧唐書本紀の当該部分はこんな感じ(本紀第六則天皇后)。

秋七月、令淮陽王武延秀往突厥、納黙啜女為妃。

 さすがに誤訳だろ、これは。何語かに訳されたモノを使っているんだろうが、ここにはどの訳を使ったか書いてない。ビチューリン訳ならこの程度の誤訳はままあるので驚きはしないし、心おきなく「誤訳だ」と断言できるのだが(笑)。劉茂才訳だと後で
「私が間違ってました。無知でした。ゴメンナサイ」
となる可能性が高い(爆)。

 イアキンフ=ビチューリンって19世紀の人じゃん。しかもどっちかというと19世紀の前の方。
1-2 霊州襲撃に「漢書匈奴伝」から引用してある箇所があるけど、それを見ると
Сии горы.. すぃー ごーるぃ(これらの山々)
なんて見慣れない、つまり現代語でない言葉を使っていたりする。たとえてみれば、私たちが「集史」の内容を知るためにドーソン著「モンゴル帝国史」使ってるようなもんじゃないかな?(←でも、使わざるを得ないんよね。だって、集史の翻訳出してくれないんだもん。)

 ついでながら、この武延秀という人、突厥語に堪能で突厥語の歌を踊ったり突厥風の舞を踊ったり、かなりの突厥通。う、うらやまし~。私もカプガンの本営に拘留してくれ(爆)。
 旧唐書の武延秀伝には長いこと突厥に拘留されていたからと説明されているが、もともとそういうマインドがあったからこそ、カプガン=カガンの娘を妃にする役回りが回ってきたんじゃないのかなぁ。

【3-12】参考文献:
V. V. バルトリド著『歐洲殊に露西亜における東洋研究史』
Bartold外務省調査部 昭和12年1月

これを見ると、原註に出てくる人たちのことが大まかにわかるので参考書に持ってこい。





ドーソン著・佐口透訳注『モンゴル帝国史』
Dohsson平凡社東洋文庫

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