ラシード=アッディーン『モンゴル史』部族篇より(第三章 序)
第三章
それぞれ独自の君長を持っていたが、前章で述べられたテュルク諸部族やモンゴル諸部族とは大きな交流や親族関係はなかったテュルク諸部族について。ただし、彼らの形質や言語はそれらに近い。
上述の諸部族もまた、近年、お互いに親密な親族関係や交際はなかった。これらの諸部族には、おのおの君長、自己のユルト、定まった宿営地があり、それぞれ幾つかの部族や枝族に分岐していた。
今日、ここに述べるもの以外のテュルクやテュルク=モンゴルはこれら諸部族に特に敬意を払っていないけれども、それはモンゴルの君主であるチンギス=ハンの一族が至高の神の力により、彼らを屈服させ、退けたからである。とはいえ、これらの諸部族は、古い時代にはテュルク諸部族の他の氏族より尊敬に値し、著名であり、権威ある君主を有していた。これら諸部族それぞれについての逸話を個別に思い起こしていこう。以上である!
ラシード=アッディーンの『モンゴル史』部族篇から第三章の日本語訳を30回に分けて掲載します。この章で取り上げられる部族は以下のとおり。
(カッコ内は小澤重男訳『元朝秘史』(岩波文庫)での表記。)
ケライト(ケレイド)
ナイマン(ナイマン)
オングト(オングド)
タングト(タングド、タンウド)
ウィグル(ウイグル、ウイグド、ウイウド)
ベクリン(-)
キルギス(キルギス)
カルルク(カルルグ)
キプチャク(キブチャウド)
底本は、
АКАДЕМИЯ НАУК СССР ИНСТИТУТ ВОСТОКОВЕДЕНИЯ
РАШИД-АД-ДИН СБОРНИК ЛЕТОПИСЕЙ. Том I КНИГА ПЕРВАЯ
ПЕРЕВОД С ПЕРСИДСКОГО л. а. хетагурова РЕДАКЦИЯ И ПРИМЕЧАНИЯ ПРОФ. А.А. СЕМЕНОВА ИЗДАТЕЛЬСТВО АКАДЕМИИ НАУК СССР МОСКВА 1952 ЛЕНИНГРАД
を使用しました。つまり、ロシア語からの重訳です。しかもロシア語版が底本としているのがイスタンブル写本、テヘラン写本など性質の違う複数の写本を校合して作成された、日本のある学者に言わせると「意味がない」校訂本(Фазлаллах Рашид-ад-дин Джами ат-таварих, том I,часть 1, критическй текст А. А. Ромаскевича, А. А. Хетагурова, А. А. Али-заде, Москва, 1965.)ですので、ロシア語へ忠実であることよりわかりやすさを優先して訳しました。なので日本語訳の際、単語を省いたり補ったりした箇所があります(あえて明示してありませんが、ロシア語版やペルシャ語原文を読んでいる人にはわかるはずです)ので、ペルシャ語原文から離れている可能性大です。従って、学術的価値はありませんのであしからず。なお、本文中のカッコ()はロシア語訳の時点でヘタグーロフやスミルノーヴァが補って入れた語です。
また、ロシア語版の注のうち、写本による綴りの違いなどは割愛しました。セミョーノフによる注釈のうち参考になりそうなもの、日本語化するときに使った参考資料やグチなどは、「続きを読む」の部分にまとめておきます。また、ペルシャ語やモンゴル語を知りませんので、人名、地名、部族名などはロシア語の表記のままになっています。
※表題を『集史』ではなく『モンゴル史』とした理由
上述のようにロシア語版が校訂本を底本としており、それには『集史(ロシア語では『年代記集成』)』の写本とも原本とも言われるテヘラン写本では削除されている部分が入っています。そのため、『集史』のプロトタイプ『モンゴル史』の写本と言われているイスタンブル写本の形に近いのではないかと思ったからです。
……なんてね。ぶっちゃけた話、本としては体裁の整っている『集史』より、荒削りでもラシードやガーザーンの生の想いが感じられる『モンゴル史』の方が個人的な好みだからってだけなんですがね(笑)。
この項を書くのに参考にしたもの:
ドーソン著・佐口透訳注『モンゴル帝国史1』23~30頁。363~367頁。
佐口透編集『東西文明の交流4 モンゴル帝国と西洋』438~436頁(逆頁)。
白岩一彦「『集史』テヘラン写本(イラン国民議会図書館写本2294番)について」オリエント 第36巻第1号 1993年9月30日発行 日本オリエント学会
白岩一彦「歴史家ラシード・ウッディーンの生涯と著作」アジア資料通報 第35巻第2号 1997年4月 国立国会図書館
白岩一彦「ラシード・ウッディーン『歴史集成』イラン国民議会図書館写本の成立年代について」オリエント第40巻第2号 1998年3月30日発行 日本オリエント学会
志茂智子「ラシード・ウッディーンの『モンゴル史』-『集史』との関係について-」東洋学報 第76巻第3・4号 1995年3月 東洋文庫
などなど。
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コメント
ついに表に出てきましたね。
こちらの方が読み易くて良いです。
改めて勉強させて頂きます(^^)
投稿: 武藤 臼 | 2008年6月 1日 (日) 03時23分
そのせつはお世話になりました。
勉強になるのは私の方でして…(笑)。
わからないことだらけでなので、じゃんじゃんツッコミ入れて教えてくれたらうっれしいな~~~(笑)。
投稿: 雪豹 | 2008年6月 1日 (日) 08時42分