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2008年7月27日 (日)

映画「ニキフォル」

ニキフォル 知られざる天才画家の肖像

2004年ポーランド
監督:クシシュトフ・クラウゼ
キャスト:
ニキフォル…クリスティーナ・フェルドマン
マリアン…ロマン・ガンチャルチュク
ハンカ…ルチナ・マレク

 自らを「三流画家」と呼ぶマリアンと、天才(というか天然)画家ニキフォルのくっついたり離れたりのお話。ニキフォルの晩年に近い頃の話なので、既に海外で個展も開かれ、画家として評価もされているんだけど、乞食同然の汚い格好で結核持ち。なのに病院はいやと駄々をこねる偏屈な爺さんなので、周囲から毛嫌いされて住むところも定まらない。

 マリアンも子供達への結核の感染を恐れる奥さんに泣かれていったんはニキフォルと手を切ろうとするんだけど、一度一緒に過ごしたために情が湧いたのか、自身は三流でもいいものは見分けられる目を持っているためにこの真の才能を捨ててしまうに忍びなかったのか、結局は奥さんと別居して献身的に世話をする。

 ポーランドなんか医療費タダじゃないかと思うんだが、それでこんなか。しかも、画家として世界的に認められてるのにアトリエから放り出されるって。世間って「ふつう」じゃない人には冷たいね。マリアンの恩師の大学教授なんか最悪。したり顔でニキフォルの画の解説をしているけど、あんたがこの才能を見つけ出したわけでも、ニキフォルが画を描き続けられるようにあれこれ奔走してるわけでもないだろ。世界的に有名になってから後付でごもっともな解説をとってつけただけのこの手のオーソリティが良い家に住んで高い給料をもらって世間的にセンセイとか呼ばれちゃってるワケよ。ま、ニキフォルに言わせれば、そんなものは
「くだらん」
のだろうけれどね。

 かといって、自分がマリアンのような立場だったとして、あそこまでつくせるかというと、たぶんできないだろうなぁ。せめて自分の良いと思ったものは辺鄙な田舎でも買いに行ってたお金持ちの奥さんくらいの事ができればいいが。いずれにせよ評価する目がなければダメだが。

 それにしてもビックリしたのは、ニキフォルを演じている人が女優だって事だ。全然気付かなくて「主演女優賞」とか見てもぴんと来なくて、解説読んで
「え、ええーーー?」
とひっくり返った。うそーん。
 で、もう一回見なおした。……知ってて観てもやっぱり爺さんだよ。すげー。なんだこれ。

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2008年7月25日 (金)

映画「ブラッドウルフ」

ブラッドウルフ

2007年イギリス/ドイツ/ルーマニア
監督:カーチャ・フォン・ガルニエル
キャスト:
ビビアン…アグネス・ブルックナー
エイデン…ヒュー・ダンシー
ガブリエル…オリバー・マルチネス

 人狼(ルー・ガルー)の女の子が一族の掟を破って人間の青年に恋するお話です。
 よほど狼好きの人がつくったのか、狼がとても凛々しいです。舞台になってるブカレストがすごく雰囲気の良い味のある街並みで、現代なんだけど、狼の一族が古いしきたりを守って暮らしていると言われてもありうるかも??? 迷子になって何時間でもさまよいたい感じの街です(笑)。

 雌狼に乳をもらう双子の兄弟の像が象徴的に出てきますが、ロムルス・レムスでしょうか。でも彼らのルーツはそっち方面ではなくマジャールの皇子だったとのこと。マジャールにも狼伝説ってありましたっけ?
 それよりブカレストに狼信仰を表すものがあるのかどうかに興味が湧きました。物語の中だけの設定なんでしょうか?
 ガブリエルがアブサンを飲んでいるのも魔術的な感じがします。ビビアンに惹かれるアメリカ人漫画(彼が言うにはグラフィックノベル)家エイデンが彼女を見つける糸口になるチョコもおいしそう。個人的にツボだったのは、彼らは銀に弱いので、銀の粉塵が充満している銀塩フィルムの廃工場には近づけないって事です。さてはこの頃の急激なカメラのディジタル化は、彼らの陰謀だな? ルー・ガルーが既に世界中に勢力を広げ、密かに人間を支配しようとしているのだ!(笑)。

 それにしても、白い狼は見た目、ほぼ犬ですな。

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2008年7月23日 (水)

映画「ストーン・カウンシル」

ストーン・カウンシル

2006年フランス
監督:ギョーム・ニクルー
キャスト:
ローラ…モニカ・ベルリッチ
リウ=サン…ニコラス・タウ
セルゲイ・マコフ…モーリッツ・ブライブトロイ
シビル…カトリーヌ・ドヌーヴ
カマル…ヨシ・オイダ

 モニカ・ベルリッチの全裸シーンが妙にいやらしいな。いかがわしい儀式じゃないはずなのに(笑)。身体を張った演技ってこのことか(笑)。そんなとこで張らんでもいいから、アクションシーンでもっと身体張ってよ。

 ひょっとして、ヨーロッパ人が考えるシャマンってこんななのかな。自分たちもクマやオオカミに変身できるくらい「森の人」なロシア人やドイツ人の考え方って、ヨーロッパでは特異なんだろうか。
 ファンタジーなんだからどんな設定でもいいだろ、とは思うが、それにしたって旧ソ連の超能力の軍事利用を持ち出すんならもう少し現実に近い設定にしないとあまりにも唐突な感じがするんだがなぁ。

 最初、呪術を操る者がそれぞれ自分の眷属みたいな動物を一種類ずつもってるのかと思い込んでた。それで、その動物がダメージを受けると本体も死んじゃう、みたいな。……それじゃまんま「ジョジョの奇妙な冒険」のスタンドだよ! でもどうもそうじゃないみたいだ。たぶん、シャマン同士が魂レベルで戦う話が下敷きになっているんだろうが、その解釈が何か変というか、独自の解釈なんじゃないかなぁ? それでそもそもついて行けない。

 そう、最初にローラがリウ=サン(この名前の意味についても説明されてなかったなぁ)を養子にもらいに行くのがイルクーツクなんだよね。それでソ連の情報機関が関わっているのに何で最終的にモンゴルに向かう???
 そりゃあ、ソ連のあった時代はモンゴルは16番目の共和国とか言われてほとんど植民地だったわけだけど、そんなのみんな忘れてるでしょ。っていうか忘れる前にそもそも覚えてないとかだね。バイカル湖の南西にあるツァガイ湖(架空の湖であるが、位置的にはフブスグル湖)周辺に住むツェヴェンという特殊な民族が出てくるが、架空民族だったら舞台がモンゴルである必然性が全くないワケで。モンゴル系の民族にどうしてもしたかったらブリャートとかアガでも良くないか? 『集史』引っ張り出してきて、
「……この辺り(バルグジン=トクム)は古来呪術が盛んであったと、ペルシャの歴史書にも書かれている……」
とか説明してバルグジン河上流の山岳タイガに分け入っていく方がもっともらしくないか? なんか、いろいろとすべっちゃってるんだよなぁ……。原作ではリアリティがある程度まで描写や説明があるんだろうが。母の愛を描きたいのなら、ローラの母親が助けてくれるようなシーンを入れられる箇所もあるのに、なにも起きないで淡々と過ぎてしまうし。

 まぁ、モンゴルの風景はオボーの場所までいつか見たような感じですばらしかったけれどね。
 特にローラが空港から尾行してきた殺し屋から逃げ回るシーンってガンダン寺周辺のごちゃっとした界隈だよね? あの門前にゲルが集まってきて勝手に板塀で仕切ってできたっぽい感じはとても素敵だし、「自分もあの中で迷子になってさまよいたい」欲は満足した。

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2008年7月21日 (月)

映画「鶴は翔んでゆく」

Crane鶴は翔んでゆく

1957年ソ連
監督:ミハイル・カラトーゾフ
キャスト:
ヴェロニカ…タチヤナ・サモイロヴァ
ボリス…アレクセイ・バターロフ
フョードル・イヴァノヴィチ…ヴァシーリー・メルクーリェフ
マルク…アレクサンドル・シヴォリン

 恋人が志願して戦場に向かっただけでも、充分悲劇的なのに、主人公には次々とつらい出来事が襲い掛かる。それでも、彼女は生きていく。彼女に生きていく気力を蘇らせたのはほんの小さな言葉の手向けだった。

 恋人が死ぬとか、主人公がレイプされるとか、キィワードを並べみたら、ふと、
「あれ、これ現代風に言ったらケイタイ小説……?」
と思ってしまった(笑)。いや、悪い意味ではなくて。あと足りないのは難病くらいか。
 ま、正攻法の正面突破、王道中の王道ってことなんだろう。それを陳腐にならずに一気に最後まで見せるには、監督にも役者にも、スタッフ全員に相当のパワーが要求されそうだけれど。

 それにしても、これって希望を示唆する終わり方だけれど、ハッピーエンドじゃないよなぁ。ロシアの女は強えぇなぁ(笑)。
 でも女だけじゃありませんぜ。「人間の運命」などは一番愛する者が一度ならず二度、三度と失われても、それでも生きていく男の話で、となるとロシア人強えぇぇぇって事になるのかもしれないけど、全員が全員、ここまで強いワケじゃないよなぁ。ソ連時代の自殺率って割と高いらしいじゃないの、統計は取ってないと思うけどさ。戦中戦後をこういう風に強く生き抜いた人たちがたくさんいたのは事実にしても、人としてこうありたいなぁっていう理想といえば理想であるのかもしれない。

以下ネタバレ。これから見て大泣きしたい人は読んではいけません。
Semenovs_footnotes

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2008年7月14日 (月)

映画「光と影のバラード」

Svoy光と影のバラード

1974年ソ連
監督:ニキータ・ミハルコフ
キャスト:
エゴール・シーロフ…ユーリィ・ボガトィリョフ
ヴァシーリィ・サルィチェフ…アナトーリィ・ソロニーツィン
アンドレイ・ザベーリン…セルゲイ・シャクーロフ
ニコライ・クングーロフ…アレクサンドル・ポロホフシコフ
レムケ…アレクサンドル・カイダノフスキー
ブリロフ…ニキータ・ミハルコフ

 冒頭。革命が成って騎兵のアンドレイが馬とじゃれ合ったり、シーロフ、サルィチェフ、クングーロフらの仲間で車を転がり落としてお祭り気分な場所が、起伏はあるが森林はなく見渡す限りなだらかな草原になっているのを見て、一瞬、モンゴル高原かと思った。実際のロケ地はグローズヌィの郊外だってねぇ。後の方にその草原を切り裂いて流れる渓谷が出てくるが、それもますますモンゴルっぽい。あの辺の緯度って、東から西まですかーと抜けている感じなんだよなぁ。入ると真空になってて端まですっ飛ばされちゃうみたいな。

 その爽やかな開放感に満ちたオープニングから一転。
 革命が成功した後に訪れた「平和」とは、時が止まったような閉塞感に息の詰まる日常の繰り返しだった。名誉ある騎兵が書類に埋もれて帳簿付けか!とキレるアンドレイ。
 いやいや、内戦が完全終了してない時期だろ? 充分スリリングな毎日じゃあありませんか。こんなんでツマラナイ日常と言ってたら、現在なんか退屈すぎて窒息死しちゃうだろ。

 現にある日のこと。全国のブルジョワから没収した金貨をモスクワに送るようヴェー・チェー・カー(全ロ反革命サボタージュ取締非常委員会、NKVDやKGBの前身)長官ジェルジンスキーの指示が飛び込んできた。国際連盟がロシアへの人道支援を拒否したために、食料を買うためには、金(かねでなくきん。ボリシェビキの通貨など国際的に信用されているはずもない)や宝石類が必要なのだ。

 金貨をモスクワまで送り届ける役目の責任者に、シーロフが選ばれた。
 この辺の治安もまだまだ不安定であり、ブリロフ一味のような匪賊も頻繁に出没している。ところが、シーロフは出発前に頭部を打ち抜かれた死体で発見されたのだった。
 なぜこんな事になったのか……。革命さえ成功すれば、全てがうまくいくと信じていたのに……と、思ったかどうかはわからないが、サルィチェフは壁に掛けられたレーニンのポートレートに見入る。

 金貨は護衛なしに密かに運ぼうということになったのだが、いったいどこから情報が漏れたのか、運び人の乗った列車が襲撃され、金貨は誰かに持ち去られてしまう。

 そんな折、死んだはずのシーロフが現れた。
 行方不明だった三日間の記憶はシーロフ自身にはない。しかし彼の言葉なんか誰も信じない。旧友たちでさえも。
 この状況、確かにクサイかもしれないが、それにしたって確たる証拠もなしに銃殺ってオッソロシイなーーー。

さすが泣く子も黙るチェー・カー!
身内にも情け容赦ないぞチェキスト!

……というわけで、シーロフは身の潔白を証明できるのか? 男と男の友情はどうなっちゃうのか?? 金貨は誰の懐に入るのか、入らないのか???

 それにしても、機関銃をバリバリ撃ってるミハルコフが妙に楽しそうだ。実は一番それがやりたかったんじゃないの?ってくらい(笑)。もちろん、そのくらいの方が見る側にも楽しいんですがね。

 原題は、「敵の中の味方、味方の中の敵」という感じ? たぶん、いろんな意味に取れるんだろう、英語の題名もバラバラ。邦題には翻訳お手上げ感さえ漂ってる???

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2008年7月12日 (土)

映画「ウルフハウンド」

WOLFHOUND

2006年ロシア
監督:ニコライ・レベジェフ
キャスト:
ウルフハウンド…アレクサンドル・ブハロフ
エレン姫…オクサーナ・アキニシナ
ニーリ…エヴゲニヤ・スヴィリドヴァ
ティロン…アンドレイ・ルデンスキー
エヴリック…アルチョーム・セマキン
月の賢者ケンダラ…ナターリヤ・ヴァルレイ

 うっわー、ナターリヤ・ヴァルレイが出てるじゃないの!
 すっごい優しそうな気品あるご婦人になりましたなぁ。口の悪い人は、ロシア女性は十代妖精、二十歳過ぎたら妖○(特に伏す)なんて言うけれど、「妖婆 死棺の呪い」のお嬢様は逆に妖怪から女神様になったわけですね。
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 優れた鍛冶の技術を持つグレイドッグ族は、その技術を恐れる邪神の信奉者たちに襲われ皆殺しになる。
 何年か後、グレイドッグ族の唯一の生き残りだった少年は、一族を滅ばした一味の一人で岩山の城塞に住む暴君マン・イーターを倒す。しかし、母を殺した黒馬の騎士が残っている。そいつの手の甲にはオオカミの紋章の入れ墨があり、彼がオオカミを狩るもの……ウルフハウンドと名乗っているのはこのためだ。

 もうちょっとでマン・イーターに食われるところだった奴隷の女の子ニーリと、城塞に幽閉されていた城の設計者である盲目の爺さんティロン、飛膜の破れたコウモリ(フォックスバットみたいに結構でかいヤツ←これってかわいいのか?)を道連れに旅に出る。ウルフハウンドはもう一人の仇も発見できるように彼の守護者でもある月の賢者ケンダラに願うが、ケンダラは、その必要はないと言う。
「愛が世界を動かす」
と。

 ティロンの勧めに従ってガリラに向かうことにした一行。途中でガリラに向かうキャラバン(商人でもなく、よく見るとワケありっぽい)に合流させてもらうが、それが襲撃される。でかい黒馬に乗った髑髏の騎士は誰かを捜しているようだった。ウルフハウンドはこのバケモノと戦い、右手を剣ごと切り落として撃退。切り落とされた手の甲にはオオカミの入れ墨があった。求める仇……ザドバだと知ったウルフハウンドは、追跡しようとするが、キャラバンの女主人の意向もあって思いとどまる。ザドバは最近、ガリラによく出没するというし、ともかく呪われた街ガリラに行ってみることにする……。
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 ファンタジーは苦手なので、どの程度書いたらネタバレになっちゃうか加減がわかりませぬ。エヴリックはこのあとガリラで合流してくるから、ホントに最初のさわりだけ書いてみた。ま、情けは人の為ならずって話ですわ(笑)。ギャグも身体をはった系でわかりやすかった。原題グレイドッグ族のウルフハウンド。

 ラストがやや大味かな。「ここでCGか~」っていう感じ。贅沢言い過ぎかも(笑)。CG好きな人には気に入るかも知れないしね。それにCGも仕方のない面もある。敵はだんだん強くなってって最後に到達する敵は神とかなんかその類の、「おらワクワクしてきたぞ」的なヤツにならざるを得ない。こういうのを研究者の間では、「パワーのインフレ現象」とかその代表的な例をとって「ドラゴンボール現象」とか言ったりする……かどうかは知らない。

ニコライ・レベジェフ監督作品→「東部戦線1944
オクサーナ・アキニシナ出演の映画→「ミッション・イン・モスクワ」「モスクワゼロ

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2008年7月10日 (木)

ドラマ「マルコ・ポーロ 東方見聞録」

マルコ・ポーロ 東方見聞録

2007年アメリカ
監督:ケヴィン・コナー
キャスト:
マルコ・ポーロ…イアン・サマーホルダー
フビライ・ハーン…ブライアン・テネヒー
テムルン/ケンサイ…デジレ・シアハーン
ペドロ…B・D・ウォン
チャビ…ルオ・イエン

 マルコはいいんだが、このフビライはやけに邪悪に見えるなぁ。重要な役どころだから、大御所を使わなければならない等々、言うも野暮なお約束事があるんだろうけど。顔つきというより所作がね。どこがどうと切り出していう事はできないんだけれども、モンゴル人の身振りじゃないんだなぁ。漢人にも見えず、ローマ法王に見えてしょうがない(笑)。白いの着てるしね。でもアメリカ人にはああいう動きが威厳があると思えて、あえての起用なんだろうか。それは逆に言えば、役者が徹底的にモンゴル人の動きを研究して自分のモノにすれば、顔がどうあれモンゴル人に見えるって事か?

 ま、いずれにせよ、兄を陥れ弟を破滅させた邪悪な男だからそう見えるのも間違いではないわな。そういう解釈もあるかなって程度で。このドラマではフレグとも必ずしも信頼し合っているわけでもなく、テムジンに比べて随分小粒のハーンに描かれている。特に日本遠征がこんなにクローズアップされていいのかってくらい重要なエピソードとして扱われている。そのおかげで、ドラマの流れとしてはきれいにまとまってはいるが……。
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第1部
 ヴェネツィアの商人の子マルコは、父や叔父のもとで見た珍しい品々に魅了され、誰もが信じなかった父の語るはるか東にあるという世界の中心を我が目で見たいと願うようになる。そのため、父と叔父がフビライのもとへ宣教師を送り届ける旅に同行する。宣教師はアルメニアで怒って帰ってしまうのだが。←アルメニアじゃ早すぎだろ! ほとんど進んでねえええ!
 マルコは途中、病でほとんど死にそうになりながらも、一行は中国にたどり着く。中国なので木の上にはパンダが! マルコの通ったルートにパンダの生息地なんてあったっけ? と疑問に思いつつ一行は上都に到着。フビライに宣教師を連れて来れなかった事を叱責される一行だったが、畏れを知らない若者マルコの歯に衣着せぬ物言いが皇后チャビの気に入られ、窮地を脱する。
 父や叔父と別れてこの地に残る事に決めたマルコ。宰相アフマドを誅殺する騒動に、マルコの奴隷ペドロが関わっていた危機も捨て身の直言で乗り切り、美しい娘テムルン(実はペドロの妹という偶然)を下賜され、徐々に重要な任務も任されるようになってくる。

第2部
 しかしテムルンには故郷に相思相愛の人がおり、マルコの不在中に逃げだそうとしてアフマドの件でマルコに恨みを持つコガタイに処刑されてしまっていた。テムルンには好きな人がいると知りつつもメロメロだったマルコは、もう恋なんてしないやい、と思っているのだが……。
 一方、日本に派遣した使節の首が漆の箱に収められて送り返されてきたことにフビライは激怒。表面上は冷静なのだが、チャビが諫めても、結局彼女の死後、日本に派兵する事になるので相当癪に障っていたのだろう。それに関連して、世界地図の空白を埋めるよう未知の国々の偵察にマルコを派遣する。マルコはフビライの信頼に応え、15年の間北に南に飛び回り、北の国から凍てつく地下を歩く象(=マンモス)の牙を持ち帰ったりする。ただ、マルコ、真っ先に西夏廟らしい所でスケッチしてるけど、そこはフビライもよく知ってると思うけどなー。

 ある時、テムルンにソックリのケンサイを見かけて一目惚れ。ケンサイはテムルンの妹で、姉にマルコの話を聞かされていたせいでもあろうか、マルコを好いているようだった。
 しかし、フレグの妃の死去を知らせ、モンゴルから妃を迎えるための使者が彼女に白羽の矢を立てた。マルコはいろいろと策略をめぐらせて、ケンサイと駆け落ちしようとする。しかし結局、彼をおしとどまらせたのは厳罰でもなく、チャビの遺言でもなく、フビライのマルコに寄せる無限の信頼だった。
 海路ペルシャに向かうマルコたちを旅の途中で待ち受けていたのは、フビライとフレグの訃報であった……。
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 全体として、マルコが獄中で作家ルスティケロに語った物語として話が進む。マルコってもっとお調子者ってイメージがあるんだけれど、そういう面はルスティケロが担っている。商人気質で機転の利く弁舌爽やかな男には違いないんだが、それよりも地の果てまでも行って自分の目で見てみたい、という冒険心が原動力になっている点が強調されているのは、アメリカ人好みなのかなぁ。そして真実を語るがゆえに、同時代の人たちに嘘つき呼ばわりされるが、後世には彼が語ったことは真実であると広く認められるって辺りも。
 モンゴル、モンゴルといっている割には中国じみてる。元だからそんなもんなのかな。元朝は私の脳内地図では中国であって草原の仲間ではないから違和感ないんだけど、よくよく考えてみると最初っからこんなに漢化してていいのかな(笑)。

 最初のうちはチャビ、有名な肖像画の印象と違うなーと違和感があったけど、慣れるとなかなか良いような気がしてきた。賢明な皇后が語る形式でマルコに関わる諸々のナゾもさりげなく解説しているのだけれど、
「野蛮人に統治をまかせたのが残ると恥だから、歴史書にそなたの名は残らない」
っていうのは、たぶん、元側の史料にマルコの名前が残っていない、従ってマルコ・ポーロなる人物はいなかった、というトンデモ説がかなり流布してしまっているのでそれへの反論を最初から織り込んでいるのだと思う。でも、もっと単純な話で、チンギス=ハンの中軍の百戸の長の名前でさえほとんどわからないのだし、ハーンという公的な存在でも私的な側近の名前は、あんまり残らないのではないかな。今だって政治家の私設秘書の名前は公にはあまり出てこないのと一緒でさ(もちろん、政治ヲタは知ってるだろうが)。
 だいたい、蛮族中の蛮族、蛮子でも名が残ってるのに「野蛮人だから」っていうのは、理由にならないだろ? むしろサル以下の野蛮人でも偉大なハーンの教化によって人並みのことができるようになったって自慢するところだと思うが(笑)。

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2008年7月 5日 (土)

映画「デッド・オア・ウェイブ」

デッド・オア・ウェイブ

2006年ロシア
監督:アンナ・ケリチェフスカヤ/ヴラジーミル・キリブルグ
キャスト:
ラディキン…ドミートリィ・ウリヤノフ
ヴァーニャおじさん…イヴァン・ボルトニク
ヴェルシニン…ボリス・ガルキン
アリーナ…アンナ・チュリナ
マルコフ…ミハイル・ゴレボイ
オレグ…セルゲイ・ヴェクスレル

 最近、数字を足したり引いたり掛けたり割ったりしたら特定の数字になる日に起こった地震は、自然に起こった地震でなく、地震兵器によって引き起こされたものだという話を真に受ける人が結構多かったりするのだろうか。足したり引いたり掛けたり割ったりしたら、たいていの数字は出せるような気がするんだが。そんなんで
「本当だ、すごーい!」
と感心して納得するほど頭の不自由な人もそうはいないと思うが、こう立て続けに大きな地震が起こると、ホラ話とわかっていても無意識のうちに不安に思って冗談半分に茶飲み話にするうちに、それがやがてまことしやかにささやかれるようになったりするのかも。

 そういう根拠のない噂話を映画にしちゃったのがこれ。
 それが本当だと「発見」した若き(離婚歴有り)天才科学者ラディキンが、サミットに集結した首脳を地震兵器で抹殺して新しい世界秩序を打ち立てようとするテロリスト(?)を阻止しようとする、というアクション映画。

 サミット、サミットって言ってるけど、カスピ海沿岸五カ国首脳会議なんだよなぁ、これ。んで、
「あいつら(カザフスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタンの事だろう)が偉大なロシアに跪いて、『またロシア人に戻してください!』って言ってくるようにしてやる。そしたら、喜んでまたロシア人にしてやらぁ、ヒャッハー!」
ってな話だから、地域紛争レベル…? その辺は意図的にぼかしてあるのか、パッケージではあまり語られていない。ま、洞爺湖サミットだって、死に体のあの人とか、マリオネットのあの人とか、支持率からして次がないあの人とかが集うわけで、むしろ世界の石油市場を左右するカスピ海沿岸五カ国首脳サミットの方が影響力があったりするかもしれない(笑)。
Semenovs_footnotes
 アムステルダム在住のセルゲイ・ラディキン博士は最近カスピ海沿岸で起こった地震について人工的なモノではないか、と発表してマスメディアでセンセーショナルに取り上げられた。この地域に地震はない、と彼の恩師の地質学者ハリトノフの調査結果が間違っているとの中傷もあったし、家庭生活のごたごたでむしゃくしゃしていたせいもあり、そういう行動に出たわけだが、それを快く思わない人たちもいた。

 この件をモスクワでのシンポジウムで発表するよう招待状が来たが、なぜか空港ではかつての同僚ミーシャが待ち受けていた。彼が実は、地震兵器を開発して外国に高く売りつけようと企んでいる張本人なのだが、ミーシャはセルゲイに自分の研究所の所長になるよう持ちかける。

 シンポジウムでセルゲイはタラソフ博士に徹底的に反論されてしまう。しかし、そのタラソフが殺され、ラディキンに嫌疑がかかる……。
Semenovs_footnotes
 善悪入り乱れて……というか、みんな腹黒といえば腹黒なので、ラディキンも誰について行ったら良いかわからず危なっかしい感じだが、見てるこっちもどれが善玉かサッパリわからない。はっきりした善玉っていうのはなくて、ややまし?ってくらいのもの。まぁ、配役で何となく読めはするんだが……。それにしても混沌としている。

 原題は「断層」のことなんだろうか? でもあんまり関係ないような。草原をがーっと走っていってぶっつけ合ってひっくり返るアクションがリアルで良い。モンゴルを走ってて道端で車がひっくり返って燃えていたのを思い出したわ。ロケ地はウクライナかな? 日本人の目で見ると草原に見えるけど、ひょっとしたら畑かも。津波のシーンも画として美しかったが、迫り来る恐怖感やリアリティーが今ひとつ。それより、砂塵を巻き上げてのカーチェイスが風景も含めて気に入った。

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2008年7月 1日 (火)

映画「大祖国戦争」

Velikaya_otechestvennaya大祖国戦争

1965年ソ連
監督:ロマン・カルメン

 何と言っても重厚な映像に圧倒される。
 特に第1部が良い。ドイツ側のカメラマンが撮った映像を使っているせいか、画面がクリアで美しいし、ソ連視点のドキュメンタリーにしては割と客観的に第2次世界大戦を描いている。もちろん、腰の重い西側にいらいらしつつ、ソ連が孤軍奮闘したかのように描かれてはいる点は、そうだっけ?と思わないでもないけど、ソ連人だったら誰でもそう思いながら日々援軍が現れるのを待っていたんだろうし、率直にその感じが出ているのは、むしろ当時の普通の人の心情がわかって良いと思う。

 いやね、監督が「ニュルンベルク裁判 人民の裁き」のロマン・カルメンなので、どんなプロパガンダ映画かとどきどき(わくわく?)しながら見はじめたんだけれど、そんなことはなかった。
 確かに、第2部にはドイツ軍やヒトラーを揶揄する言葉を投げつけるシーンもあるけれども、それもかなり控え目だし、兵隊になった普通のオッサン……共産党員でもない、普段ならトラクターを運転してたり、工場で働いていたりする……の頑張りが故郷を救ったってのは、どの国でも讃えて良いことだろ?
 でも、「モンゴル襲来から700年ぶりの敵の襲撃」とか言うのやめろよ~。そこで何で比べる?……てか、ナポレオンは眼中にないのかよ。

 ブレジネフ時代の映画のせいか、スターリンもちゃんと出てくるし。
 ゾルゲの警告を無視した件とか、ドイツ軍の初期の快進撃を許した件にも言及していて、功罪両面が描かれているのが意外な感じがした。まるでそんな人いなかったかのようなでもなく、「ベルリン陥落」のように英雄視するでもなく。ふつうじゃないっすか~。
私でも知ってる有名どころのジューコフやコーニェフなどなどの将軍連中も出ては来るが、彼らや共産党の天才的な指導力によって導かれたというような描かれ方ではなく、普通の兵士、平凡な人々の地道な粘り強さこそが祖国を救い、ヨーロッパを開放したんだ、という点に重点が置かれている。
 そりゃあ労働者農民の国だからだろ~と言えなくもないが、それよりたぶん、もっと素朴な感情からだと思うね。「ソ連」でなく祖国「ロシア」とか言っちゃってるもん。この正直者!(爆)

 全体的に、イデオロギーのしばりは緩い感じなので、ふつうのドキュメンタリーとして見られてなかなか良かった。

 余談だが、スターリングラードのシーンでは、ジュード・ロウが出ていた映画「スターリングラード」で見たような場所が一瞬ちらりと映った。あんなお馬鹿映画一歩手前のようなのでも一応考証してるんだな。「スターリングラード」ってソ連人が主人公なのに、ソ連人が紋切り型で描かれていて「?」な映画だったのだが、ちょこっと見なおした。……え? その映画のツッコミどころはそこじゃないって?(笑)

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