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2008年9月 8日 (月)

映画「バトル・シューター」

バトル・シューター

1995年イラン
監督:ラスール・モラゴリプール
キャスト:
ワヒド…マスード・カラマティ
アリ…ファラッド・アスラニ

 この映画の公開時(1995年)にはイラン・イラク戦争(1980~1988年)が終結して10年も経っていないのに、若い世代にとって、それは既に遠い歴史上の出来事になり果ててしまっているのか。

 映画監督のワヒドは、イラン・イラク戦争の「英雄」ベールズの映画を撮っている。その音楽をアリに頼んだのだけれど、アリの書いた壮大な音楽がどうもそぐわないと感じる。
「シンプルなメロディをって頼んだのに……」
それはたぶん、ベールズはあの戦争の「英雄」なんて持ち上げられていて、若いアリはそれをストレートに受け取っているけれど、本当の前線を知っているらしい(映画の中でははっきりとは語られていない)ワヒドにとって、戦争の「英雄」ってそんなもんじゃない、自分の撮りたいベールズは偶像じゃなくて自分の知ってるベールズなんだ、という思いがあるから。
 そんな折、一通の手紙が届く。差出人はベールズだった。死者からの手紙だ……。

 心に引っかかるものがありながら、ワヒドはアリと共にロケ地に向かった。
 そこはかつての激戦地に再現したセットだった。エキストラは集まらないわ、爆発事故は起こすわで、撮影の先行きは暗い。なんだかなぁ、と思いながら長々と掘られた塹壕を歩いていくうちに、ワヒドは信じがたいものを目にする。

 ベールズであった。
Semenovs_footnotes
 結界を踏み越えるようなシーンはあるにはあるが、事象だけを淡々と描いて特に時空を越える原因とか原理を説明していないけれども、日本だったら霊能者が、
「霊が自分の死んだときはこうだったんだよ~って見せているんですね」
とか言い出しそうな話だ。アリが持ち込んだケイタイが現代(1990年代)に繋がって10年前に戦死した父が成人した娘と話しているし、なんだかイラン人のあの世観って、日本人に近いのかなぁ。

 そもそもゾロアスター教では大みそかに精霊フラワシになった先祖が子孫の様子を見に飛んでくる、という新年の一連の行事(ゾロアスター教の元旦は夏至)が日本に伝わって盂蘭盆会になったという説もあるくらいだから、ひょっとしたらそうなのかも。

 そんなオカルちっくな話なのに、塹壕が薬莢やら不発弾やら包帯?やら散乱し、壊れた車両がそこここに転がっていて粗大ゴミ捨て場みたいになっている様子がやけにリアルだなぁ。死体もゴミのように散らばってんの。イラン側は戦車も大砲ももう破壊し尽くされていて、ゴミのように転がったイラン兵のうち、息のある者をイラク兵が確かめつつ射殺して行っているのが見える。そしてイラク軍の戦車が……ってかなり後がない状況。

 また、登場人物の一人が
「トルコ語はやめろ。ペルシャ語で話せ!」
なんてたしなめられていてちょっと気になった。アゼルバイジャン人ですかね。アゼルバイジャンもなにげに分断国家だよな。モンゴル同様。イランでも彼ら少数民族の権利は制限されてたような気がするんだが、戦争となれば兵役はきっちり課されたんだな。いろいろと生々しい話だ。
 Safar be Chazabehが原題?これってペルシャ語? エンドクレジットが読めない文字で書いてあるって困るな~。
Semenovs_footnotes
 懐かしい人たちの死を見届け、どうにかこうにかして帰った現代には雪が降っていた。かつての激戦地だった荒野を白く雪が覆う。

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