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2009年8月 7日 (金)

映画「レッド・ウォリアー」

レッド・ウォリアー [DVD]
Nomad

2005年フランス/カザフスタン
監督:イヴァン・パッセル/セルゲイ・ボドロフ
キャスト:
マンスール…クノ・ベッカー
エラリ…ジェイ・ヘルナンデス
賢者オラズ…ジェイソン・スコット・リー
ガルダンツェリン…ドスハン・ジョルジャクスィノフ
ガウハル…アヤナト・クセンバイ
シャリシュ…マーク・ダカスコス

 18世紀。
 オイラトのジューン・ガルがカザフをたびたび攻撃した。そのころ、カザフは大きく三つの集団(ジュズ)、無数の部族に分裂しお互い協力するという事をしなかったため、アクタバン・シュブルンドゥ(跣足の逃走)と呼ばれる災厄に耐えるしかなかった。
 賢者オラズは、
「いつかチンギスハンの末裔の勇者が現れ、カザフを束ねて外敵を退ける」
という伝説を信じ、未来のカザフの救世主を探して諸国を渡り歩いている。
 ある日、オラズが先祖の記念碑である草原の石人に祈っていると、天啓によってその勇者が生まれたことを知る。しかし、ジューン・ガルの巫師もそれを感知していた。ジューン・ガルのハーン・ガルダンツェリンはその赤子を殺そうと刺客を差し向ける…。

Semenovs_footnotes
 壮大な山々を遠景に美しいカザフスタンの草原を勇者の卵たちが裸馬に乗って疾駆する。
 ジューン・ガルは既に砲兵部隊を持っていてカザフ側の要塞を砲撃するんだが、カザフ側はモロトフ・カクテル(?)で反撃、大爆発するシーンは圧巻。お約束の車裂もモロ。フレッシュな枝肉のようにぷるるん、と足が躍動。これだけあっけらかんと千切られちゃうとグロくはないのだけれど、これ見ると、「モンゴル」はあれでも相当抑えた表現になってたんだぁ、と思ってしまう。

 ジューン・ガルのガルダンツェリンがオルタ・ジュズ(中オルダ)のアブライを捕らえて2年近く捕虜にしていたという史実から生まれた民話、もしくは英雄叙事詩といった趣きの物語。
 カザフ人自身がカザフという「民族」のアイデンティティーをどの辺りに置いているのかと実感できる点でも興味深い映画だ。原題の「NOMAD: The Warrior」もあんまり適切じゃない気がする。むしろ「カザフ」という名の原義「ハーンの支配の枠から離れた民」「放浪者」を邦題にした方が良いような気がする。そうするとガルダンツェリンが賢者オラズのことを「カザフ」と呼ぶのも生きてくる。でも、それじゃあその筋の人しかぴんとこなくなっちゃうのかもしれないな。

 こんな感じでカザフスタンの国策映画っぽい内容なのに、主役級の人たちがどう頑張ってみてもアメリカ人にしか見えない(クノ・ベッカーはメキシコの人らしいけど)のがとても不思議だった。
 ひょっとすると、「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」に大いに憤慨したカザフスタンが、
「正しいカザフとはこうだッ!!!」
とアメリカ人に教え諭すために、アメリカ人にも受け入れ易い顔の人を起用したって事なのかな。

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2009年8月 4日 (火)

ドキュメンタリー「KGBシークレット・ファイルズ スパイ・ゾルゲ ~裏切りの特派員~」

KGB シークレット・ファイルズ スパイ・ゾルゲ~裏切りの特派員~ [DVD]
Sorge2005年ロシア
制作:TV CHANNEL RUSSIA

ゾルゲ事件
 1941年10月にリヒァルト・ゾルゲを中心とするソ連の赤軍第四本部に属する諜報グループが検挙された事件。グループのうちゾルゲは駐日ドイツ大使・オットーの、尾崎秀美は近衛文麿のブレーンの一人であった。ゾルゲと尾崎は1944年11月7日に絞首刑になった。

 原題は「リヒァルト・ゾルゲの謎」。
 「謎」っておまえが言うな、と標的にされた側としてはイラっとしないでもないが、ブハーリンらゾルゲにとっても知己であった共産党やコミンテルンの指導者たちが次々と人民の敵と暴かれ消えていく異常事態を目にしながらなぜソ連に尽くしたのかは、確かに大きな謎である。国外にいたから知らなかったというわけでもない。上司のヤン・ベルジン、セミョーン・ウリーツキーら身近な人たちがあまりにも頻繁に交替しているのだ。見なかったことにするにしても、実際は見ているのだから、心穏やかでいられるはずはないのだ。
 それでも義務を果たし続けるゾルゲの心情、行動の論理を解き明かそうとするドキュメンタリーだが、かなり現代的な解釈になっているように思う。このくらいの合理的解釈をしないと21世紀のロシアの人々には既に当時の心理が理解できなくなっているという事か。

 このドキュメンタリーに出てくる「ラムゼイ(ゾルゲ)」グループのメンバーは、尾崎以外全員共産党員だから、知性のある党員だったらレーニンの戦友たちが人民の敵だろうかと疑念を抱かないはずはない。あるいは独ソ不可侵条約に衝撃を受けないはずはない。
 そのうえ、ゾルゲに対してモスクワが
「ドイツか日本の二重エージェントなのではないか?」
と疑っている事は、その反応で薄々わかる。信じて身も心も捧げているものから信じてもらえない哀しみ。ゾルゲの微妙な心の揺らぎを彼が本部に送った通信文の行間や東京での行動の乱れから読み解いていく。

 その頃つきあい始めた石井花子に癒し(あるいは救い)を求めていたのだろうと思われることからもゾルゲの苦悩の深さを見て取れる。
 このドキュメンタリーを見て思ったのは、その時々につきあっていた女性のタイプからその時々の男の本音がここまで赤裸々に出てしまうものなんだな、という事。
 例えば、オットー夫人とはお互いに利用し合う打算? モスクワで待っている本妻カーチャはソ連への変わらぬ愛?
 なお、尾崎をゾルゲに引き合わせたスメドレーはここには出てこない。スメドレーも不可解な状況下で死亡しているが、カーチャの死の状況はもっと悲惨で謎めいている。

 ゾルゲはロシアやドイツでは日本で知られているほどには知られていないということで、ドイツのモスクワ占領を防ぎ、現在のモスクワの繁栄に陰ながら貢献している名もなき英雄を取り上げるというような描き方。なので、スターリンが猜疑心が強く自信過剰なだけの凡庸な人物に、ゾルゲの最後の上司フィリップ・ゴリコフがお追従言いのど素人に、ジューコフがハルヒン・ゴル(ノモンハン事件)とモスクワ防衛の英雄に、と単純化されマンガチックに描かれているのは仕方ないか。この辺の人が型にはまった感じがするとドキュメンタリーとはいえ物語風に脚色されていると感じてしまうのだが、88分あるとはいえ、ゾルゲを名前くらいしか知らない人たちにその活動の全容を知ってもらい、ゾルゲの心情をあぶり出すにはその他のことをバッサリ切るしかない。悪役扱いされている人たちにもそれぞれの言い分があり、他の評価もある(スターリンについては「スターリンについて知っているいくつかのこと」。ほとんど神格化されているジューコフについても、実は…というのは、KGBシークレット・ファイルズ「ノモンハン事件~第2次世界大戦への爪痕~」や「恐怖の核実験~世界終焉への予行演習~」で触れられている)。
 とはいえ、モスクワでのゾルゲの生活ぶりや上層部との絡みはなかなか興味深い。ゾルゲ事件について日本には厖大な資料があるとはいっても、その部分はやはり謎だったからだ。
(第2部の最初で少し触れられる日本に亡命したチェキスト、ゲンリヒ・リュシコフの末路については「日露の戦い~諜報合戦~」で述べられている。)


 ところで、ゾルゲはこんな事を言っている。

「スパイ」に対する最良の対策は、何事も秘密にして「スパイ」を防ぐのではなく、「スパイ」が知ろうとする事をどんどん変えるのが一番である。そうすれば「スパイ」は、遂にはつかれて、その知ろうとする努力をやめて仕舞うものである。(『獄中手記』より)

 だとすれば、首相が1年も経たずにころころ替わったり、閣僚がめまぐるしく交代する日本は、特に防諜機関がなくても最強のスパイ対策ができてるって事ぢゃないか。ヨカッタヨカッ……、、、、って良いのかな、これ? あまりにも大量な、信憑性があるんだかないんだかわからない情報がたれ流しになっている東京は、情報将校にとっては情報を集めても集めても終わりのない過労死間違いなしの地獄だと恐れられているそうではあるが。


参考文献:
■F.W.ディーキン・G.R.ストーリィ著/河合秀和訳『ゾルゲ追跡 リヒアルト・ゾルゲの時代と生涯(1980年)』(筑摩書房)
文庫版→ 『ゾルゲ追跡〈上〉 (岩波現代文庫)』(岩波書店)
ゾルゲ追跡〈下〉 (岩波現代文庫)』(岩波書店)

■尾崎秀樹著『ゾルゲ事件 尾崎秀実の理想と挫折(中公文庫)』(中央公論社)

■石井花子著『人間ゾルゲ (徳間文庫)』(徳間書店)

■尾崎秀樹著『越境者たち―ゾルゲ事件の人びと (1977年)』(文藝春秋)
※獄死した宮城与徳の伝記。

■山崎淑子著『ブランコ・ヴケリッチ獄中からの手紙』(未知谷)
※獄死したヴーケリッチと日本人の妻・山崎淑子の往復書簡。

■川合貞吉著『ある革命家の回想 (徳間文庫)』(徳間書店)
※川合はラムゼイ・グループのひとりだが、二‐二六事件(1936年)直前に検挙され、以後活動していない。

■ジャニス・マッキンノン・スティーヴン・マッキンノン著/石垣綾子・坂本ひとみ訳『アグネス・スメドレー 炎の生涯』(筑摩書房)

■リヒアルト・ゾルゲ著『ゾルゲ事件 獄中手記 (岩波現代文庫)』(岩波書店)

■尾崎秀美著『ゾルゲ事件 上申書 (岩波現代文庫)』(岩波書店)

■尾崎秀美著『尾崎秀実時評集 日中戦争期の東アジア (東洋文庫)』(平凡社)

■尾崎秀美著/今井清一編『新編 愛情はふる星のごとく (岩波現代文庫)』(岩波書店)

■尾崎秀樹著『生きているユダ ≪ゾルゲ事件-その戦後への証言≫(徳間文庫)』(徳間書店)


■『現代史資料〈第1〉ゾルゲ事件 (1962年)』(みすず書房)

■『現代史資料〈第2〉ゾルゲ事件 (1962年)』(みすず書房)

■『現代史資料〈第3〉ゾルゲ事件 (1962年)』(みすず書房)

■『現代史資料〈24〉ゾルゲ事件 (1971年)』(みすず書房)

■白井久也著『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)

■ビクトル・スヴォーロフ著/出川沙美雄訳『GRU―ソ連軍情報本部の内幕』(講談社)

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