« 2011年4月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年6月24日 (金)

映画「ルスランとリュドミラ」

ルスランとリュドミラ

0306180639

1972年ソ連
監督:アレクサンドル・プトゥシコ
キャスト:
ルスラン…ヴァレーリー・コージネツ
リュドミラ…ナターリヤ・ペトロ-ヴァ
チェルノモール…ヴラジーミル・フョードロフ
ナイーナ…マリヤ・カプニスト-セルコ
ヴラジーミル大公アンドレイ・アブリコソフ

 まさにおとぎ話。
 まさに夢中の歌。
 なにやら訳のわからない夢を見たとき、夢の中でこんな感じのメロディー、流れてそうな気がする。よくこういう曲を書くもんだ。

 うわさに聞くところでは、今の教科書に載ってるようなお伽話は無駄にマイルドになっていて、キリギリスは野垂れ死にしなかったり、桃太郎も鬼と仲良くなったりしているそうだが、これは子供も見る映画にもかかわらず、敵役のペチェニェグ兵士の首をぽぽぽーん! 身体は縦割り真っ二つ! …「300 」をR指定にするのが憚られるくらい。英雄叙事詩では良くある話だが、お伽話も本来こんなもんだわなー。実写で再現すれば残虐に感じられるような話はざらにある。ちなみに、この映画の原作はアレクサンドル・プーシキン。文学作品ならエログロOK、私脱ぎます…ってか(脱いでないって)。

 ペチェニェグのハーンが
「ピエロはこんがり丸焼きだ」
なんて言っててステキ。ルスラーンの恋敵がハザールのハーンだったり、コンスタンチノープルからの使者がキエフ公国を訪問してたり、魔法使いがフィン人だったりとお伽話なのに妙に具体的。ビザンチンの使者はやっぱり偉そう(笑)。

 ペルーンに祈っちゃうのには笑った。これ、もともとは(キリスト教の)神なのかな?石人君が要所要所に建ってたり、女の子が火の上をぴょんぴょん跳んでいるのも異教的だよな…。無神論の社会主義政権の時代の映画だから、当然キリスト教は駄目なんだけど、ペルーン等のキリスト教以前の神はOKってのもなんだかなーという気もする。日本で「神道は宗教ではない」なんて言っちゃうのと同じ思考回路なんだろうかね? まぁ、詭弁なんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月10日 (金)

映画「暗殺・リトビネンコ事件」

暗殺・リトビネンコ事件 [DVD]

2007年ロシア
監督:アンドレイ・ネクラーソフ

 いまさらロシア政府の高官がFSB(連邦保安庁)を私物化して私腹を肥やしていたといっても、誰も驚かない。そんなことは皆知っている。西側の情報機関や政府もことさらに取り上げて「暴露」するようなことはない。「社会主義国は理想国家」ではないことを宣伝する必要はもうないのだ。

 かつてソ連のあった時代には、ソ連社会の闇、とりわけ政府高官の汚職を暴く事は自国の主要な敵と戦う道具として有効だったのだろうが、今、ロシアに犯罪があふれていることは、ロシア自身も隠さない。リトビネンコがチェチェン紛争に絡む政府高官の汚職を暴露したところで、「いつものことじゃん」と皆思う。だから、アメリカにしてもイギリスにリトビネンコを報復の手から匿おうとはしなかった。何ら機密情報を持っていない彼は、自国にとって何のメリットもないからだ。自由と民主主義を守るためと口癖のように言う国にとっても、そんなものは自国の利益を守るための道具にしか過ぎない。

 とうのロシア国民でさえ無関心であることに、チェチェン問題で彼と一緒に汚職や不正を暴こうと戦ったネクラーソフ監督は非常な不安を覚える。ロシアは自由な国になったけれども、自由には自制・自律も必要だ。国民一人一人が関心を持ってチェックしていかなければ、利権は一部の人たちの間でやりとりされ、結局は社会全体が損をすることになるのだろうが、そういう不公正に対して上げられた抗議の声は、旨い汁を吸っている人たちの手によってもみ消されてしまう。

 リトビネンコの真意がどこにあったのかは本当のところはわからないのだけれど、元々本人には政府に楯突くとかそんな大それた気持ちはなくて、悪いことを悪いと素朴に口に出していっただけのような感じがした。それが最も触れてはならない政権の闇だとはっきり認識していないままに…。

 と、まぁ、これは私の勝手な感想。同じ映像を見ても感じ方は違うだろうから、自分の目で確かめるという意味でも、リトビネンコ本人のインタビュー等々、自分の目で見る事をお勧めする。これも所詮は一方の面でしかないのだろうけれども、本人の弁明を聞く事も悪くはないだろう? ニュースでは見えないところが少しは見えてくるかもしれない。

 そういうことを自由に言えなくなるのではないか、という点をネクラーソフ監督は危惧しているようだ。リトビネンコばかりでない、自分の良心を曲げることなく倒れた人たちに寄せる共感が優しく感じられる鎮魂歌のようなドキュメンタリーである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 6日 (月)

映画「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」

2009年フランス
監督:クリスチャン・カリオン
キャスト:
セルゲイ・グリゴリエフ…エミール・クストリッツァ
ピエール・フロマン…ギヨーム・カネ
ジェシカ・フロマン…アレクサンドラ・マリア・ララ
ナターシャ…インゲボルガ・ダプコウナイテ
シューホフ…アレクセイ・ゴルブノフ
フランソワ・ミッテラン…フィリップ・マニャン
ロナルド・レーガン…フレッド・ウォード
ミハイル・ゴルバチョフ…フセヴォロド・シロフスキー

 いわゆる「フェアウェル事件」というのは、まだソ連があった1980年代に起こった実在の事件である。実際の事件の経過はよくわからないのだが、この映画はリアルな再現ではないようだ。そりゃあ、まぁ、現実のプロセスをありのままに再現しようとしたらヤマもオチもないとりとめのない物語になってしまうだろうが。
 特にピエールがらみのあれこれは受け入れがたい。DST(内務省国土監視局、フランスの防諜機関)がフランス国外のもぐらを担当している事が象徴しているように、業界の常識を大きく外れた事件だった、だからこそKGBの裏をかくことができたと言われているとはいえ、映画の中の世界に入っていくことを妨げる程では困る。ピエールは実在の人物というよりは、フェアウェル=グリゴリエフの影、父として夫としての苦悩を形を変えて投影するために置かれた、と考えて何とか我慢できる範囲かな。

 いろいろ懐かしい人が出てくる。
 レーガン大統領がいつも同じ西部劇のワンシーン(もちろん自分が出ているところ)を見ててバカっぽくてかわゆかった。表面はバカっぽくても腹の中ではタヌキオヤジってのもあり得るが、何しろフランス映画だから、単純にアメリカ人を馬鹿にしているだけかも。
 ミッテラン政権(社会党)が共産党から閣僚を迎え入れる、と聞いて「共産主義者」という言葉自体に拒絶反応を示している辺りとか皮肉たっぷりだし、ミッテランから、アメリカがソ連に知られたら最もいやな情報が漏れていると知らされて身もだえしてる様子なんかはなかなか意地悪。でも、そんなふうだから表情豊かで、米仏首脳の中では一番キャラがたってる。

 それに比べるとミッテラン大統領はまともすぎて目立たなかった。むしろ一瞬出てくるゴルバチョフの方が、作品全体のイメージを左右している。社会主義者や共産主義者だったら国内の治安を担当しているDSTともっと感情的なしこりがあっても良さそうだけれど、そのへんはさらっと流されていて、ミッテランがDSTに敵意や疑念を持っていたようには描かれていない。あるいは最初の場面は、DSTから事の重要性を説明された後であって、フランスの国益第一にフェアウェルの案件を扱おうと決意したってところから始まっているのかも知れない。

 ちょっと引っかかったのは字幕で「X部隊」となっているモノ。
 X部隊? なんじゃそら、と思ってしまった。一般的には「Xライン」とか「ラインX」と訳されているKGBの部署だが(KGB第一管理本部にあり、科学技術関係の情報収集を担当)、Xという字面も相まってなんとも胡散臭いイメージになってしまっている。フランス語で「ライン・エックス」と言っている様子なのになぜそのままにしなかったのか。グリゴリエフがこのラインXの海外駐在員全員(合法も非合法も)のリストについてピエールに、
「この情報さえあれば、世界が変わる……」
としきりに言っていると、なんだかグリゴリエフが中二病の痛々しい人に見えてしまった。

 どんなに重要な情報でも、それ一つで世界が変わる、なんてことはあり得ない。映画の中でも、高尚な理想のため私心を捨てて働くフェアウェルが、組織の論理の前に捨て駒にされて命を落とす。そして、グリゴリエフに共感しているピエールから見ればくだらない人間が生命と安全な生活を保障されるという何ともやりきれない結末となっている。

 21世紀の我々は、ソ連がその後どうなったかを知っているから、こういう高邁な自己犠牲が間接的にゴルバチョフを動かしやがて……とかろうじて救いはある。
 しかし、この映画単体から受けるイメージは、ピエールがソ連-フィンランド国境を越えた時の死を身近に感じながら走る真っ白な雪道である。終わりが見えない、逃げ出すこともできない無限の閉塞感。

参考資料:
ティエリ・ウォルトン著 吉田葉菜訳『さらば、KGB―仏ソ情報戦争の内幕(時事通信社1990年)
マルセル・シャレ&ティエリ・ウォルトン著 吉田葉菜訳『影の訪問者(時事通信社1991年)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011年6月 3日 (金)

映画「はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH」

はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH

2011年日本
監督・シナリオ・絵コンテ:上坂浩光
ナレーター:篠田三郎

泣いた。
まぁ、「はやぶさ」という名だけでも下手するとウルっとくるが……映画館で涙だーってのは恥ずかしい。でも、仕事帰りらしいオジサンも鼻すすりながらトイレに駆け込んでたからいいか。

イトカワへの着陸に失敗した後、片方の太陽光パネルの先っちょが損傷しているのを見たらもうイカンね……。
それで通信が回復した後、なんとか地球に戻ってくるんだけれども、はやぶさの姿がアップになると機体がぼろぼろなんだよ。そんなの誰も見たわけではないのにね(泣)。

美しいCG映像。視界いっぱいで見ると身体が振り回されるような臨場感がある。もともとプラネタリウムで上映したものにはやぶさ帰還後の最新映像を加えて完成した映画だそうだけれども、プラネタリウム版は見てない。結構印象が違うかもしれないね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年8月 »