映画「戦争のない20日間」
1976年ソ連
監督:アレクセイ・ゲルマン
キャスト:
ロパーチン…ユーリィ・ニクーリン
ニーナ…リュドミーラ・グルチェンコ
空軍大佐…アレクセイ・ペトレンコ
ルブツォフ…ミハイル・コノノフ
ルブツォヴァ…エカテリーナ・ヴァシリエヴァ
昨年の3月の末のことだったか、ようやく自分の住んでいる区域の外へ出る気分になって行ってみた時のこと。同じ市内なのに数㎞内陸に入っただけで何とも言えない違和感に戸惑うというか慌てたものだ。沿岸部に戻ってきて、買い物をしたりその辺を歩いている人たちの風体や会話などから、なんか変な雰囲気だったのはこっちだったか、と気付いた。
と同時に、戦場を「フィールド」と呼ぶ感覚ってこれか、と妙なところで納得した。フィールドの中は地面も国家組織も人間の体までもが、ぐっちゃぐちゃのでろでろだけれども、フィールドから一歩外に出ると普段と何も変わりない日常が同時並行的に存在する。戦争なんて起こってんの?くらいの勢いで、今この時にも多くの兵士が死に直面しているのに、誠にもって愚にもつかないことで議論していたりして。そんな事している場合か、と。戦争を災害と置き換えてみると、被災地の感覚はそれに似ている。
ロパーチンは20日間の休暇をもらって前線を離れるのだが、それは友人の戦死をタシケントに疎開している彼の奥さんに知らせるという任務を伴ったものだった。ちなみにタシケントまでは列車で7日もかかる。
その車内でいきなり戦場に行っていたため妻を寝とられた男の話が10分以上続く。
「うわ、うぜぇ」
と思い、なんだか面倒くさそうな映画だから観るのやめようかな…と割と本気で思ってしまった。
でも、タシケントに着くと間もなく離婚調停のために元妻(現地の男と既に結婚して子供もいる)を訪ねるから、ははぁ、ロパーチンも彼と似たような境遇だったか、と何となくわかる。すると、夫の死に取り乱す友人の妻やら、時計を送ってきたから夫は戦死したのではないかと気も狂わんばかりのよその奥さんが出てくるたびに、アイタタタタ…その質問をロパーチンにするかな、と心配になってくる。
その他、戦場を遠く離れたタシケントの住人たちがロパーチンにする他愛ない質問が、ことごとく生身の肉をえぐるようなむごい質問のように感じられるのだ。その一つ一つは耳掻きですくうほどのわずかな肉かもしれない。前線の様子を銃後に知らせる広報のような役割を担う事を期待されているロパーチンはその一つ一つに誠実に思いやりある答えを返しているのだが、休暇を全部消化しないうちに前線に帰っていってしまうのだから、そのダメージは着実に蓄積していたんだろうなぁ。
そう想像させるエピソードが、スターリングラードの戦いで「英雄的な」抵抗活動をした女性の物語をお芝居にしたものを見て意見を求められた時のことだ。ロパーチンはスターリングラードにも短期間ながら赴いているし、実際に現地の人に話も聞いているから、必要以上に脚色されている舞台がどうも違うと思えてならない。「顧問」と称する退役軍人と議論しているうちに、敵に爆撃されて轟音とともに崩れ落ちる建物の映像がフラッシュバックのように蘇る。
この映画、ドンやスターリングラードの激戦地でなく、友人が不運にして亡くなった故郷に帰る日の朝のことを鮮明に思い出すのはなぜなんだ、という疑問で始まるが、これがその答えなんじゃないだろうかと思った。
そこまでは悲しい思い出として受けとめることが出来るけれども、それ以上の酷い体験は自己防衛本能が働いて普段は意識の上に出てこないようになっているからではないのだろうか。でも、忘れてしまった訳ではないので、ふとしたきっかけでよみがえってくるのだ。
だから、ロパーチンが軍需工場の工員たちの前でする演説はここだけ切り取ると紋切り型のプロパガンダのように聞こえるけれども、実はそうでないことがわかるだろう。前線に行ったことのない人にわかってもらおうとすればこう言うしかないなぁ、と。
ロパーチンの思いは、ニュースなどでインタヴューに答えて復興に向けて前向きのコメントをする被災地の人たちの思いと重なり見ていてつらい。マスコミがお涙頂戴で作っているんだ、なんて斜に構えて言う輩もいるかもしれないが、そうじゃないんじゃないかなぁ。
この工場にも「Все для Фронта, все для поведы ! すべては前線のために、すべては勝利のために!」なんていかにもソ連的なスローガンが掲げてあるのだが、全体主義の権化のようなソ連でさえ「フィールド」の中と外ではこれほど意識のギャップがあるのだ。
「…ベルリンまでの道のりの何と遙かなことか」
で終わる最後のセリフが今の我々にもズシンとくる。
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