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2012年11月17日 (土)

鷺沼古墳群と飛ノ台貝塚

 習志野市の鷺沼古墳群に行ってきました。

 海側から見るといかにも古墳がありそうな台の上にあってすてきです。

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↑菊田川。川の真っ直ぐ先にある緑のこんもりもいかにも古墳って感じで期待が高まります。地図で見ると根神社のようです。根神社の建っている小山も鷺沼古墳群のひとつ。

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↑津田沼駅からも近いし、温泉もあるし。

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↑遠くからでも「古墳だよ」ってオーラを放っていると同時に住宅地の中にある鷺沼城址公園(レンガ色のマンションの後ろの小山)。二基の前方後円墳がありました。

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鷺沼古墳 B号墳 箱式石棺。昭和四一年に発掘調査され、成人男子二人分の遺骨が発見されたそうです。習志野市指定文化財。墳丘はまったく残っていません。

傍らに立てられた習志野市教育委員会の説明書きを引用すると、

 この石棺は内のりの大きさがおよそ長さ二m、幅〇・八m、深さ〇・七mの箱式石棺で、南房総方面から運ばれたと考えられる砂岩・凝灰岩を金属製の工具で加工して造ったものです。もとは蓋石が覆っていました。石棺の中からは成年男子二体分の人骨片が発見され、直刀破片・土玉・鉄鏃・刀子などの副葬品も出土しました。

とのこと。でも、習志野市にこの手の博物館ってないような…。A号墳から出土した埴輪ともども、どこに行ったら見られるんでしょう???

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↑A号墳。墳丘がかろうじて残っています。前方後円墳のカタチはわかりませんが、こういう風に上に祠があるって姿はいかにも古墳で趣があります。

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 これを見て、小学生か中学生の時、学校先生に
「畑の中に小島のように山が残っていてそこに祠があったら、それはたいてい古墳」
って聞いたことがあるのを思い出したんだけど、誰に聞いたんだっけかなぁ?

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 鷺沼古墳のある標高十八メートルほどの八剱台ですが、ゼロメートル地帯ににょきっと出ているので結構がけみたいになってます。 
 
 
 
  
 
 
 
 

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 鷺沼ガス供給所跡です。平成に至るまで南関東ガス田の天然ガスを利用していたんですね。

 

 

 

 

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 鷺沼城址公園のすぐ下が習志野市役所。市庁舎は2011年3月11日の東日本大震災でダメージを受けて取り壊されます。湾岸のような埋め立て地より随分ウチに入っているような気もしますが、菊田川(この辺は暗渠になっているようだ)の上っぽいし、「津田沼」「鷺沼」って地名がすべてを物語っているような気もします。ニュースで取り上げられる事もなかったと思いますが……(まぁ、取り上げられることを好まない人たちもいますがね)。

 

 

 

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 津田沼駅前で昼を食べてからついでに船橋市の飛ノ台史跡公園博物館(飛ノ台貝塚)にも行ってみました。
 飛ノ台貝塚って船橋市海神にあるんですが、海神といえば海神古墳……。でも場所がよくわからない(住宅地の中みたいなんで宅地化されてなくなってるのかも)。発掘調査されたなら、近くの博物館になんか置いてあるんじゃないかと。

 そしたら、たまたま企画展「動物たちの考古学」をやっていまして、藤原観音堂貝塚できちんとお墓に埋葬されたかたちで見つかったイヌがクローズアップされていました。

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↓その復元された縄文犬「飛丸」(パンフレットより)。

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素人目にはまんま柴犬(シバより少し細面というが)。さすが「八犬伝」「ちーばくん」の千葉県。犬に縁があります(笑)。
 呪物?お守り?的に使われている老オオカミの下顎の骨って言うのも感慨深かったし、アワビ型の土師器には思わず声を上げて笑いました。だってすごくリアルで、
「アワビ食いてー!」
っていう縄文人の魂の叫びが聞こえたような気がして。そんなのわざわざ作らなくてもアワビの貝殻でいいじゃん、って思ったけど、確かに貝塚からアワビの貝殻ってほとんど出てないみたい。大昔から貴重品だったんですね。

 骨折のあとのある老犬が埋葬されている遺跡もあるそうで(これは市川市のだったかな?)、「全犬好きが泣いた!」とでも言いたくなるような企画展でした。

 で、ここまで来た更についでに、県立行田公園(船橋海軍無線電信所跡)に行ってみました。東京が突如としてブラックアウトした1923年9月1日に、大阪や世界に向けて関東大震災の第一報を発信したのがここだったはず。東京が燃えているのが見えたという話ですが、今はどうなんでしょ? 高い建物が増えてしまったので地上面からは東京を臨むことはできませんでした。

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↑主塔の建っていた所に立つ船橋無線塔記念碑。確かに道路は円くなっていましたが、その他の痕跡はきれいさっぱりなくなっていました。詳しい人がいたら、連れて行ってもらいたいものです。

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