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2013年8月18日 (日)

じゃあ、イスタンブル写本って正史じゃなくね?―『モンゴル帝国史研究 正篇』読んだ2

イスタンブル写本とテヘラン写本の違いとは

 で、『モンゴル史』と『集史』の違いに触れたところで、本題の『モンゴル帝国史研究 正篇:中央ユーラシア遊牧諸政権の国家構造』を読んで思ったことを率直に書こうかな。主にイスタンブル写本とテヘラン写本の性格の違いは、『モンゴル史』と『集史』「モンゴル史」の性格の違いに起因する、と説く第一部についてだけど。
 そりゃあもう圧巻ですよ。今流行のビッグデータって感じの膨大なデータを縦横に使っての諸写本の比較の表たちは説得力抜群。「統計という名のウソ」という格言(?)を常に念頭に置きながらその説明を読んだが、これは納得せざるを得ない(最初からディジタル化されているPOSと違い、読むだけでも大変な古い写本をデータとして扱えるまで正規化するだけでも、想像しただけでも気が遠くなる!)。

 1946年に出版されたソ連版『集史(年代記集成)』第III巻のロマスケーヴィチの解説と比較すると、70年近い間に多くの人たちの手によって着実にモンゴル研究は進んでいた、とうれしくなった。
 単純化するとこういう(↓)流れかな。

1.ただ単に『集史』というすごい史料がある!翻訳しよう、利用しよう、という時代(ドーソン、ベレジンの時代)から

2.世界中に散らばる写本を比較し、「イスタンブル/タシケント写本」というより優れた写本がある!これこそ翻訳・利用すべき写本だという時代(ソ連版『集史(年代記集成)』の時代)

3.「テヘラン写本」というオフィシャルな写本が存在し、「イスタンブル/タシケント写本」の特徴と比較した結果、この二つの系統の違いはラシード存命中にすでに存在していた事が判明

4.更に詳細に比較検討した結果、「イスタンブル/タシケント写本」と「テヘラン写本」の違いは『モンゴル史』と『集史』の違いに由来する事が確実になる←今ココ!

まさに科学の進歩はステップバイステップで、地道な研究の積み重ねって感じがした。

 ソ連版の底本はタシケント写本で、イスタンブル写本と校合しつつ翻訳されているのだが、性格の大きく異なる二つ(細かに分けると三つ)の系統の写本群がある、ということは既にはっきり認識されていて、他の写本をむやみに混ぜて使ってはいない。

 テヘラン写本(イラン国民議会図書館写本2294番)がどういう経緯で再発見され(あるいは、その価値が見直され)たかは『モンゴル帝国史研究 正篇』を読んだだけではよくわからないが、戦後の出来事ではないのか? ロマスケーヴィチもへタグーロフもレニングラード封鎖の時に死亡していて、テヘラン写本を見ていない。あるいはこの書物の価値が再評価されたティムール朝シャー=ルフ時代の再編集によるものでは?と推測しているのなら、当時の資料状況では、常識的で妥当な判断だったのではないかな。

 テヘラン写本がどういう性格のものなのかは、かなりはっきりしている。この写本は『集史』そのものだ。

 つまり、ラシードがガザンの死後オルジェイトに献呈した『モンゴル史』をオルジェイトの指示で改定、世界の歴史を書きたして作った『集史』と考えられる。君主に捧げるにふさわしい入念さで作成されていて、これぞ「正史」という姿形をしている。オルジェイトに献呈された原本そのものか忠実な写しかまではわからないが、官製のオリジナルの一つであることには変わりあるまい。
 極めてオフィシャルな印象を受けるテヘラン写本と比較検討しない限り、イスタンブル/タシケント写本とその他の写本の違いがいつの時点で生じたかというのははっきりわからない(証明できない、想像の範疇を出ない)んじゃないかなぁ。奥書が欠落して書写年代が明示されていないテヘラン写本の重要性を再発見して喧伝した人にも大きな功績があると思うんだけど。

 とまぁそんなこんなで現在に至り、『モンゴル帝国史研究 正篇』でイスタンブル写本が『モンゴル史』の面影を残す重要な史料である事が証明されたわけだけれども、邪心なく平たく『モンゴル帝国史研究 正篇』第一部を読んだ感想は、
「……んんっ、じゃあ、イスタンブル写本って「正史」じゃなくね?」。

(続く:イスタンブル写本は同人誌?

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