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2013年8月19日 (月)

じゃあ、イスタンブル写本って正史じゃなくね?―『モンゴル帝国史研究 正篇』読んだ3

イスタンブル写本=「モンゴル史」じゃないんじゃ?

 イスタンブル写本を作った人は、間違いなく『集史』(テヘラン写本かそれと同じもの)を見ている。だからこそ、『集史』の枠組みで『モンゴル史』を写しているのだが、それは、奥書にはっきり書かれているとおり。『モンゴル帝国史研究 正篇』でも強調されているとおり。

 だが、なぜ『モンゴル史』をそのまま忠実に写さなかった?

 そりゃあ、たまたま両書を見た当時のモンゴルヲタが個人的に、
「両方の良いとこ取りをして、最高の『オレのモンゴル史』を書いてやるぜ!」
って言って作ったのなら、まぁ、そういうこともあるだろう、「薄い本(同人誌)」にしちゃ少々ぶ厚いが、と思わないでもない。イスタンブル写本の特徴である、不注意による書きミス、モンゴル語やテュルク語に疎い事による固有名詞の誤りなどは、そのせいかー!と妙に納得したりして(笑)。

 しかし、そうなると、イスタンブル写本に酷似したタシケント写本の存在が引っかかる。その時代にもコミケみたいな同人誌即売会があったのか?! いやいやいや。

 いかにヲタの執念恐るべし!とはいえ、手書きの時代にこれだけの量を写すには、何か強い動機(お金とか)があるはずだ。『入唐求法巡礼行記』みたいに信心の力がなせる技、とういう性格の本でもなし。よほどのインセンティヴがない限りできないと思うのだ。
 そもそも、何でイスタンブルやシャフリシャブズにあるのよ? テヘラン写本がフレグ=ウルス本拠地に代々伝えられて来たのと比べると、奇妙な感じはますます強くなる。

『モンゴル史』→『集史』と改変される過程で大量削除された箇所は、オルジェイトにとって都合の悪いことで、しかも伝聞に基づく部分だと『モンゴル帝国史研究 正篇』では結論づけている。
 伝聞だからって削ってしまうのは、正確なことだけ書こうとすると歴史家は何も書けなくなってしまう、不確かな話でも失われてしまうよりは書き残そう、というラシードの編集方針(『集史』序文より)に反するようにも思えるが、それほどオルジェイトの意向が強く働いたのなら、オルジェイト政権の恥部を暴くような『モンゴル史』は、そもそも書写されてはならない本なのではないのだろうか。オルジェイト政権にとって、少なくても積極的に広めたいという性格の本ではないはずだ。イスタンブル写本/タシケント写本以外の写本がすべて『集史』系なのはそのためとも考えられる。

 イスタンブル写本の書写がオルジェイトが存命中に始まっているのならなおさらヤバイでしょ。『モンゴル史』が正史のひとつであり、現政権が前政権の継承者である事を高唱しているとしても、時の政権にとって都合が悪ければ、見ちゃいけない、持ってたらヤバイっていうこともよくある話。スターリン時代を思い起こせばそんなことはザラだ。
 だから、ガワは『集史』にしておいて、中味は『モンゴル史』にしちゃえ、って秘匿手段を考える人がいてもいいとは思うよ。だけど、その時点でイスタンブル写本の中味と『モンゴル史』の中味の同一性は疑わしくなっているワケだ。なんらかの操作が行われていないとなぜ断言できる? フレグ=ウルスにとって都合の悪い話を後世まで伝えたいと願う人(人かな?)の意向がイスタンブル写本の内容に影響を与えていないとなぜ言いきれる?

 ラシード自身がこっそりディレクターズカット版を作ってたって言うなら別だけど。ガザンのために情熱を傾けて創った物がむざむざ失われてしまうのが惜しいと、ラシードが思うのは自然なことだろうが、それにしてはイスタンブル写本は杜撰すぎるし、時系列的に無理がある。

 いやね、ソ連版『集史(年代記集成)』(=タシケント写本+イスタンブル写本)を読んだ時にヘンな感じはしてたのよ、ラシードの主家筋でもないのにバトゥを「陛下」付けで呼んだりさ。
 ジョチの出生についての話が三回も繰り返されてたり(部族篇、チンギス=カン紀、ジョチ=カン紀の三回)さ。「大事なことだから三回言いました」ってか? それ、誰にとって大事なのよ?って。

 ガザンに捧げられた『モンゴル史』とオルジェイトに捧げられた『集史』「モンゴル史」の性格の違いを理解せずに諸写本をごたまぜにして使うのが危険というのなら、イスタンブル写本がなぜ作られたのかはっきりしないのに、イスタンブル写本=『モンゴル史』とみなしてそこから制作者の意図をくみ出そうとする試みだって充分危険な気がするんだけど、『モンゴル帝国史研究 正篇』を読んだ人はどう思っているのかな?

以上:マニアの言いたい放題を最初から読みたい人はこちら

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