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2016年5月23日 (月)

ドキュメンタリー「1万2000年前の神殿調査」

ナショナル ジオグラフィック チャンネル
1万2000年前の神殿調査
2012年アメリカ
監督:ティム・コナード

 トルコ南西部のギョベクリ=テペで発掘された神殿跡。驚くべき事に、12000年前の石器時代に建てられたものだ。エジプトのピラミッドより7000年も早い世界最古の神殿跡か? 狩猟採集で生活していた人達がこのような大規模な石造りの構造物をどうやってつくったのだろう? 土器や車さえない時代に。

「農耕が始まる前、狩猟採集民が定住していた!」ってさも新しい知見のように言ってるけど、日本の縄文時代だって定住していたよな、割と普通に。三内丸山遺跡だって、加曽利貝塚だって農耕なんかしてないぞ。それで千年以上続いてた。
 そもそも、狩猟採集生活が貧しくて農耕民が豊かだなんて事はないもんな。森なり草原なりが豊かで食べられる植物がたくさんあれば、動物だってたくさんいるから肉も食べられる。狩猟採集生活の方が豊かな生活をしてそうだけどな。

 定説は、
農耕→定住→宗教→宗教施設→都市
という順番に発展するものだって説明されるんだけれども、欧米ではこういうふうに教えてるんだ? 我々の感覚では何か違う気がする。

 縄文時代の日本でも犬が丁寧に埋葬されていて、狩猟の友だったようだけど、このVTRでも「この時代、家畜はいない」とアナウンスされるちょうどその時の映像が犬を連れた狩猟風景だった(笑)。犬は家畜じゃないのかい。

 アナトリアの方の「神殿」じゃああまり関係ないよなー、とこのドキュメンタリーを見る気はなかったのだけれど、見てみたら、石柱が石人君に見えたので、急に興味がわいてきて、何度も見るほどに(笑)。体に動物の模様とか、顔が描かれないけど帯や手は描かれる様式とか、むしろ鹿石に似てるかも。スキタイの文化がシベリアの方まで広がっているのを考えると、鹿石の考え方の底にもここと同じような信仰があるのかもしれないなー。

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コメント

>ギョベクリ=テペ

これって以前NHKの特集で取り上げていた遺跡ですよね。「人が集まって文明が誕生する」という説に対して「まずモノ(でかい建築物等)があって、そこに人が集まってくる」という説が取り上げられていました。

>狩猟採集生活が貧しくて農耕民が豊

アイヌはなかなか金持ち(北海道では大量の中国貨幣が出土)でしたが、農耕はしてません。彼らはもともと鉄器も作れましたが、コストに見合わないと考えたのか、和人から鉄製品を買う方が「便利」と考えてやめてしまったのではないかとも言われているようです。要するに「農民」じゃなくて現代の「ビジネスマン」に感覚が近い。ゆえに政治的覇権には興味がなく、商業的利権には執着した。

投稿: 大鴉 | 2016年5月24日 (火) 20時21分

TVがないのでNHKの番組は見れないので内容はわかりませんが、先日古代オリエント博物館で、入り口にある地図に載っていたのでボタン押して「おおー」と遊んでいました。

>「まずモノ(でかい建築物等)があって、そこに人が集まってくる

まさしく門前町であって、町ができてから宗教施設ができる訳ではないのは、いつの時代でも似たようなもんなのに、その発想がなかったのが驚きですよね。

狩猟採集民である森の民が牧民を馬鹿にして「あんな酷い生活は嫌だ」と死ぬほど嫌っている話は『集史』にも出てきますし、貧しくなったのはつい最近の話なんでしょうかね。

投稿: 雪豹 | 2016年5月24日 (火) 21時48分

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