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2020年4月10日 (金)

『「王」と呼ばれた皇族』を読んで

 赤坂恒明著『「王」と呼ばれた皇族』。

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 読み始める前は、「王」のつく人なんて、興世王くらいしか知らないから、私には難しいんじゃないかなー、と少々腰が引けていた。

 

※しかも、それってNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」で見て知ってたってだけだし。


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「風と雲と虹と」は、21世紀になってもコミケでファンブックが出るくらい人気のドラマ。
  

 しかし、意外や意外。わかりやすくてスラスラと読み進めることができた。

 

 何しろ日本史は、中高の教科書レベルしか知らないし、しかもその記憶さえかなりあやふや。せいぜい、額田王クラスの超有名人を覚えているくらいのもの。

 

 ところが、そんな覚束ない記憶の中のキーワードにいきなりヒットしてきたんだよね。そう、その額田王。
 額田王は、なんで「ぬかたのおおきみ」って読むのかなんて、考えたこともなく丸暗記していたのを覚えていただけなのに、この本で初めて「そういうことだったのか!」と知り、目の前に一大パノラマが開けた!……ように感じた(笑)。
 こういった誰でも知っているようで本当はわかっていない事へのリンクや「豚のロース肉のうた」(?!)の可笑しさにぐいぐい引き込まれた。

 

 まぁ、最初の方の位階についての法令類の話は、確かに面倒くさい。でも、量的にはそんなに多くないし、「これ表にしてみないとピンとこないわ」「親子関係・婚姻関係がねじれまくっている」と感じた箇所はすべて表や系図になっていたので、直に脳に入って来やすい。

 

 しかも、これを覚えておくと強力なツールになるってことが、読み進めていくとすぐにわかってくる。「あ、これ使える!」と実感できると、読んで得した気分になれる。

 

※何なら覚えなくても、図表のある箇所は目次に載っているので、辞書的に使える。

 

 たとえば、『薬師寺縁起』で天武天皇の孫の名を全部明らかにした例が挙げられているが(澤田浩「『薬師寺縁起』所引天武系皇親系図について」)、このツールを使えば、系図の誤りや欠落部分をこういうふうに論理的に正したり補ったりできるってわけ。

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この本では、初出だけでなく何度も(全部ではないが)人名・地名その他にかなが振ってあったので、楽に読み進めることができた。読めないと記憶に留められないもんね。

 

 いま、天皇の子孫でも、「王」と呼ばれる人はいないから、そんな称号なんてとっくの昔に廃れた過去の遺物のように思っていた……というか、「王」がいるとかいないとか、そもそも意識の外だった。しかし、制度として今も普通の顔をして存在している、というのは新鮮な光景だった。

 

 学校の勉強だと、古代とか中世とか現在とか、横に輪切りにしてやりがちだから、どうしても古代と現在は全然別物だと捉えがちだ。しかし、この「王」のように、縦にたどっていくと案外、千年くらいの昔なら、今とつながっていると直観的に捉えられる。こういうところで脳汁(エンドルフィン?)が出るような興奮を味わえるのが、歴史好きの醍醐味ってところかな(笑)。

 

※それにしても、平安時代に既に「なま孫王」「なまわかむとほり」のような、天皇の血筋でありながら無能な王らを揶揄する言葉があったのには笑える。「王」と呼ばれる歴史上の人物を私が知らなかったのも当たり前、歴史に名を残すほど重要な役割を演じた皇胤はほとんどいなかったってことだ。
 にもかかわらず、現在でも天王の血を引いているってだけでありがたがる人が一定数いるってのは笑える。どんだけ情弱なのか。
しかし、笑ってばかりもいられないか。そういうのをメシのタネにする詐欺師が今も昔も絶えないのは、そのせいなんだから。

 

P.S. 赤坂さんと言えば、草原者に即座に思い浮かぶのは『ジュチ裔諸政権史の研究』の150ページ近いあの系図なわけだが、なるほど、あれもこういう綿密な手法を駆使して曖昧なところを補い、作為を見抜いて作られたんだろうなーと彷彿させるところが、騎馬民族ファンとしてはおもしろかった。

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