2017年3月23日 (木)

ドラマ「マルコ・ポーロ」シーズン2(2.腕の中で)

「マルコ・ポーロ」シーズン2オフィシャルトレーラー

2016年アメリカ
監督:ジョン・ファスコ
キャスト:
マルコ・ポーロ…ロレンツォ・リチェルミ
フビライ・ハーン…ベネディクト・ウォン
コカチン…チュウ・チュウ
チャブイ皇后…ジョアン・チェン
チンキム皇太子…レミー・ヒー
ナヤン…ロン・ユアン
ハイドゥ…リック・ユーン
百の眼…トム・ウー
アフマド…メヘシュ・ジェドゥ
ビャンバ…ウリ・ラトゥケフ
クトゥルン…クラウディア・キム
謎の女…ミシェル・ヨー

 英題はハグ……これ、フビライのハグなんだよね。山のような大ハーンのハグ……どわわわわ。

 さて、フビライ手ずから刎ねた首を、ハイドゥへの返事としてカラコルムへ持って帰ったビャンバ。宣戦布告をしたハイドゥは、多数派工作を進めているが、なかなか思うようにはいかないようで。

 その理由は、ハイドゥが少しクセが強いせいかもね。
 父親(カシ)が酒浸りだったせいで大ハーン位をトルイ家に奪われたと母親(シプキネ)にぐちぐち言われていやそうにしているが、彼自身も酒を絶対飲まないんだよね。カラコルムの酒の湧く木も、ハイドゥが命じて酒がでないようにしちゃってる。ポンジュースでも出ときゃ良いのにねぇ。せっかくオゴデイが作ったのにもったいない。
 トルイも酒で……とか言われてたし、ここの一族は酒飲みばっかりかい。

 一方、マルコは恭帝を大都に連れ帰ったが、宮廷内でコカチンに出会い、彼女がチンキムの妃担っているのを知ってショックを受ける……。
 ラストも、随分とショッキングな場面を目撃して、次回に続く。

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2017年3月21日 (火)

ドラマ「マルコ・ポーロ」シーズン2(1.狩人と織り手)

「マルコ・ポーロ」シーズン2オフィシャルトレーラー

Marcopolo

2016年アメリカ
監督:ジョン・ファスコ
キャスト:
マルコ・ポーロ…ロレンツォ・リチェルミ
フビライ・ハーン…ベネディクト・ウォン
コカチン…チュウ・チュウ
チャブイ皇后…ジョアン・チェン
チンキム皇太子…レミー・ヒー
ナヤン…ロン・ユアン
ハイドゥ…リック・ユーン
百の眼…トム・ウー
アフマド…メヘシュ・ジェドゥ
ビャンバ…ウリ・ラトゥケフ
クトゥルン…クラウディア・キム
謎の女…ミシェル・ヨー

 おおー、久々に帰ってきましたよ、「マルコ・ポーロ」。
 第一話は皆さんお変わりなく、といった感じで主要キャストが次々出てきて懐かしかった。

 ただ、最初の場面は、いったい誰?と思ってたら、チンギス・ハンみたいなんだよね。オゴデイかと思った。だってハイドゥに
「オマエの父はハンになる。その次はオマエがハンになる」
とか言ってるから……まぁ、それもヘンなシチュエーションではあるが。チンギス・ハンが後継者にってのはコデンぢゃね?とか、ハイドゥはチンギスと会ったことあったっけ?とか、釈然としないまま始まったけど、トレーラーもタイトル画も、「戦うフビライ」みたいな感じになってるから、ちょっと期待してる(笑)。

 さてそのフビライ。
 出て来るなり小山のような存在感。しかも肩にサルが生息していてワロタ。山のようになり過ぎだ。
 それは、チンキムとコカチンの婚礼の日のこと。忙しくしているフビライのところに、ビャンバが帰ってきた。ハイドゥの使者として、ハイドゥがクリルタイを開いて正統ハンになる意向だと伝えにきたのだ。

 一方、メイリンに案内させて宋の幼い皇帝を探しているマルコ。マングローブの林の中の水路を小舟で行く……って、そこ本当に中国?
 謎の女に襲われながらも、恭帝を見つける。

……と、ストーリィはこんなもんだが、今後キーとなりそうなのが満州のナヤン王子っていうやつ。満州ってモンゴル時代にはないような気もするが、まぁ、当時の地名でいってもわからないしな。それよりも、このナヤンって誰のことを言ってるんだろう? キリスト教徒で教皇の所に行くそうだが、フビライはおじ上って呼んでんだよな。母方のことなのかな? なんとなくオングドとケレイドを混同しているような感じもするが……。

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2017年1月17日 (火)

「ラノベのようにすらすら読める集史」シリーズ第二弾が出たよ

 Kindleアンリミテッド人気にあやかろうと、始めた『ラノベのようにすらすら読める集史』シリーズ。ようやく第二弾ができました。もっとサクサク出そうと思ってたのに、めちゃめちゃ手間取ってしまいました。ひえ~。

 どうでしょう。読みやすくなっているでしょうか???

 でさでさ、イスタンブル写本系の特徴で、例の「トゥンガイドとトゥマウドの中身が逆になっている」ってヤツとか直してないんだよね。
「引っかからずにすらすら~ッと読める、っていうのがウリなら直せよ?」
と思ったりもしました。

 でも、自分ではラノベのように気軽に読めるようリライトしたつもりでいても、結局、読むのはそういう写本の違いまで熟知している歴史マニアだけだから大丈夫なんじゃないか???と思ってそのままなんですけど!(群雄堂版には、書いてあるしね!)

 どうでしょう? ご意見ご感想お寄せください。 

なるほど、違いがわからん!

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2016年12月26日 (月)

コミケット91に参加します@30西ほ-10a

 あわあわあわ……とあわあわしているうちに、もう年末ですよ。2016年も今週で終わりです。

 コミケット91、群雄堂は30日(金)西地区“ほ”ブロック-10a、新刊ありますよ~。……私はないですが。
 夏の「部族篇4」で力尽きました。これで『モンゴル史』「部族篇」は全巻揃ったのでどうかお許しを。……え?「序文」はどうなったかって? あーあーあーあーあー聞こえない(ぉぃぉぃ)。

 お詫びにこんなパンフレットを作ってみましたので、当日お立ち寄りの際は、もらってやって下さいまし~。

Organa

……うん、作った。大河ドラマ便乗ネタで作りましたよ。

でもね、いまだにオルガナ?オルキナ?ウルケネ?オルクナ?どれ? と迷ってて、コピーに踏み切れず悩んでるんです。うーん、うーん。どうしたらいいのか……。


「ラノベのようにすらすら読めるシリーズ」もちっとも進んでない~る~るるる~。(←壊れた)

 何もかも中途半端で当日に臨みそうな気がしますが、何卒よろしくお願いします。

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2016年11月21日 (月)

アルタイで保存されてたチンギス=ハンの教訓が解読されたってよ

 「智恵の鍵(オユーン=トゥルフール)」というアルタイ共和国アノーヒン記念国立博物館に保管されていた古モンゴル文写本が、イリーナ=ネフスカヤ教授の指導のもとヘルレン=ボリドという学生によって解読されたそうな。

 元ネタはココ→「チンギス=ハンの教え」(アルタイ共和国アノーヒン記念国立博物館

 写本は18世紀前半に書写されたものと見られ、現存する「智恵の鍵」の写本としては、最も古いらしい。筆跡は三人のもので竹ペンや筆で上から下へ、左から右へとモンゴル文字で書かれている。
「女の言葉をあまりまじめにとりあうな」なんて訓戒は、一七条の憲法とよく比較されるチベット「一六清浄人法」をちらっと思い出したんだけど、比べてみたら全然違った(笑)。まぁ、訓戒なんて、似たような感じになるかもなー。

 「智恵の鍵」という書物は非常に有名で、写本がサンクト=ペテルブルグやウラン=バートルに複数保存されていると言うけど、初めて聞く書名だなー。「はっきりした文字(トド文字のこと?)」で書かれたオイラト語写本もあるって言うくらいだから、広く知れ渡った書物・格言のようなんだけど。あるいは日本では別の名前で知られているのかもしれないなー。専門家じゃないからわからないや。教えて!偉い人!

 ……それはいいんだけど、13~14世紀に成立した「智恵の鍵」の最も古い部分は、「チンギス=ハンによって書かれた」と読めるんだけど、こう翻訳して大丈夫なのかなぁ? 「書かせた」なら問題ないんだが……。

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2016年9月18日 (日)

世界初のマヌル研究センターがアルタイにできるよ

 ネットですっかり人気者のマヌルネコ。でも、大型ネコ類の御多分に漏れず絶滅危惧種なのです。

(2008年にブレイクしたというからこのYouTubeくらいが最初か?確かに、初期にこの映像を見た記憶がある)

 ロシアでは、ザバイカル、トゥバ、アルタイ辺りに生息していて、レッドデータブックにも載っていて保護されているけれども、隣接するモンゴルでは毛皮獣として今でも狩られているような状態です。

 中央アジアの他の国々にもマヌルはいます。でも、どうもはっきりした個体数とかはわかっていないみたいです。それぞれの国の様々なデータや経験が単発・個別的にあるだけでまとめられていなかったんですね。まぁ、同じ個体が国境を越えていたり、国によって調査の手法が違うとまとめにくそうではあります。

 2016年9月14、15日ノヴォシビルスクでロシア、アメリカ、イギリス、タジキスタン、カザフスタン、スウェーデン、モンゴル、ウクライナの学者が参加して開かれていた国際フォーラムで、こういったモノをまとめようと話し合われ、ある程度設備のあるアルタイ共和国のサイリュゲム国立公園に集約したらどうかということでまとまったとのこと。 世界初のマヌル研究センター(?)になりそうです。

元ネタはこのあたり:
ノヴォシビルスクでマヌル研究に関するカンファレンスが行われた(ヴェスチー・ノヴォシビルスク)
サイリュゲム国立公園がマヌル研究の場になる(サイリュゲム公園公式)

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2016年9月 6日 (火)

「ラノベのようにすらすら読める集史」シリーズをKindleしてみたよ

 Kindleアンリミテッド人気にあやかろうと、ウチも「ラノベのようにすらすら読める集史」シリーズなるものを始めてみました。

Jami2
集史: 部族篇2 ラノベのようにすらすら読める集史

 →にある『届かなかったLove Letter』のラシードが語っている、というイメージで書いたので、少々調子に乗り過ぎな気もしますが、いかがなものでしょう?
 アンリミテッドで読める方、有料でも読んでやる、という親切な方、是非とも感想をお聞かせ下さい(「え?集史ってこんなんだっけ?」とか)。

 いや~、それにしても「部族篇2」翻訳してから3年、見直してみると随分いっぱいいっぱいだったんだなぁ、と感慨深いですな。序文のワケワカランぶりにうんうん唸った後でこれ見るとそんなに難しくなく読めて、「クソっ、クソっ、なんて自分はロシア語できないんだ」と思いながらも取り組んでいるウチに少しは進歩したのかな?……だといいな~。

 で、新シリーズ記念に、既発表のヤツの無料キャンペーン、9月11日までやってるるるr。
是非ダウンロードしてみてね~。

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2016年7月29日 (金)

モンゴル史「部族編4」が我が家に着いたぁ@日東ヒ34b

 そ、そりゃないぜ、小澤さん…。

 小沢さんといっても「仮面ライダーアギト」の小沢澄子じゃないぞ(あたり前田のクラッカー)。

 スカヌウトの部族名の元になってる「スカイ」ってモンゴル語にねえなあってずっと探してたんだけどさ。

 なんのことはない、現代モンゴル語辞典みたら、まんま載ってたわ。しかも、キリル文字表記の現代語辞典だから探すの苦労なしで。なんなのこの「青い鳥は家にいた」みたいなオチは…。

……あぁ、我が家にいなかっただけなのね、ウチにある貰い物の超古くて簡単な現代モンゴル語辞典には出てなかったもんな。DA・KA・RAさんざん探してたんだけどさ。そりゃあ、いないよね、ウチに青い鳥さん……シクシク。

 ま、いいんだけどね、ラシードの解説が正しいって事を自分で納得するために調べてただけなので……。

 だって、もう「部族篇4」刷り上がっちゃったから!

Mongol41
ほれぼれする出来上がり

Mongol42
そしてこの注の量である(セミョーノフの注だよ、私じゃないので信用できる)。

 カノッサ編集長、ありがとうございます。

 さて、再来週の「部族篇4」は:
●シギ=クトクとヤギの*の話
●チンギスがボオルチュの尻を愛でる話
●チンギスに「おまえの娘なんかガマかカメみたいだ、このおれが娶るかよププ」と言って処刑されたアミールの話
…等々、見所たくさんだよ~。

みんな、見てね~!
Pop1
『モンゴル史』部族篇4
\1,000.-
「群雄」日東ヒ34b

……そしてますます秘史原理主義者になるわしであった……

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2016年6月13日 (月)

コミックマーケット90に参加します@日東ヒ34b

コミケット90、『群雄』当選……したようです。
日曜日 東ヒ34b、ご用とお急ぎでない方はどうぞお立ち寄りください。

今回、『モンゴル史』「部族篇4」の翻訳は既に終わっており、最終チェックの段階であります。不測の事態がない限り、完成します……しないと困ります。もう前のから結構時間経ってますし。

Mongol40
完成予想図(いつもと同じですが)

なので、やる気は満々、宣伝・チラシ用に序文でも訳すか~、と軽い気分で『モンゴル史』の序文をザクザクと訳してみたのですが、これが難しい難しい。しかも長い(笑)。

みなさんご存じの(?)オトナの事情で(??)『モンゴル史』というか『ガーザーン史』の序文に当たる本来の序文の外側に、マトリョーシカのように『集史』序文がカパっと覆いかぶさっているのですが、そのせいで結構な分量 になってしまいました。そうですね、「部族篇1」と同じくらい? これで一冊本出来るジャン!てなぐらい。

※でもこれ、一冊の本にしたとして、買う人あるのか微妙な内容なんだよな。
大意はドーソンの『モンゴル帝国史』に書かれているとおりで既知のものだし。白岩一彦氏の論文「ラシード・ウッディーン『歴史集成』イラン国民議会図書館写本の成立年代について」に取り上げられているように『集史』各写本の由来を読み解く重要な部分ではあるのだけれども、その中で触れられている通り、我々の底本ってタシケント写本だから、どの程度役立つのか、素人には知る由もなし…。

なによりもイスラムの知識のない私にちゃんと訳せるかどうか微妙。
これ、どうすべきだと思います???>みなさん

Mongol00
できるとしたらこんな感じになると思います(まぁ、いつもと同じなんですが)

それはそれとして。
「部族篇4」おもしろいなぁ、と思ったのは、「70」と言う数字が六箇所も出てくる事です。1~3では、タタルの所に1箇所しか出てこないので、非常に目立ちます。

70と聞けば、当然、突厥碑文の
「我が父カガン17人もて発したり。(中略) 集いて70人となりたり。天力與しかば我が父カガンの軍狼の如くありたり、その敵羊の如くありたり。前に後ろに征して集めたり聚めたり。総じて700人となりたり。」
というフレーズを思い出しますが、継承関係をたどったりできるんでしょうか? ウィグルならこういう言い回しを直接受け継いでいても不思議ではないんですが、ウィグルの所で出て来ないで、ここで出てくるのが意味がありそうな、なさそうな? 突厥碑文も『集史』も有名な史料なんで考察した人がいそうな気はします。
こんな資料あるよ~等々ご存知の方は教えてプリーズ!

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2016年5月22日 (日)

講演会「文字のシルクロード」聞きに行ったよ

 古代オリエント博物館で開催中の「世界の文字の物語 ―ユーラシア 文字の形―」展にあわせて開かれた「文字のシルクロード:西アジアから東アジアへ」という講演会に行ってきました。アラム系の文字たちと聞けば行かない訳にはいきますまい(笑)。

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お題(記憶頼り)と講師は次の通り。

下釜和也「はじめに ユーラシアの文字について」
柴田大輔「楔形文字」
永井正勝「古代エジプトの文字文化とアルファベットの誕生」
春田晴郎「西アジアのアラム系文字とシルクロードの文字」
荒川慎太郎「東アジアの文字世界―漢字とそれをとりまく文字」

 それにしても、大盛況でした。博物館や会議室に行き着くまでのサンシャインシティの人出もすごかったけど(笑←アニメか何かのイベントやってたらしい)。
 会議室に椅子すごく追加してましたもん。さもなきゃ立ち見の150人程度。何がこれだけの人を引き寄せたのかよくわからないのですが、エジプトでしょうかね? アラム系文字とか西夏文字とかあまり人が集まるような出し物でもないような気がするんですが、いつの間にか世間ではメジャーになってたとかですかね??? でも、その人気も納得の興味深い話でした。

 どういうふうに文字ができてきたかその経過が比較的よくわかっている楔形文字は、そもそも、大規模な都市ができてきた時に多くの人間を統治する必要性から作られた、役所の実用的な文書がはじまりっていうのは、なにやら敦煌文書に通じる所があるなぁ、何て思いました。と、いうか役人のやってることは千年一日どころか五千年一日で変わらない?

 古代エジプトについては、聖刻文字と神官文字が最初から別々の文字であった、というのがいわゆるルーン体の突厥文字とウィグル文字との関係と似ているかも、と特に興味深かったです。ウィグル文字もルーン体の文字を崩してできたのではなく、両者が併用されてますもんね。あれも使い分けとかあるのかと不思議に思ってたので、そういう事なのかなぁ?と想像してました。展覧会場の方は、トニュクク碑文の拓本が展示されてたけど、ウィグル文字との関連は書かれていませんでしたかね?

 それにしても笑ったのは、「死者の書」製作の仕事を安く短期間で引き受けた書記が、先輩の書記の作品を使い回して素早く仕事を仕上げた話。たとえ話ですが、この時代からコピペがあったのかよ~。この時代にはコピペチェックツールはない…よね?(人間のやってることはあんまり変わらないから割とあったりして)。

 で、文字は衣装のようなものであって、こだわりであったり、威信であったり、民族衣装であるということは、必ずしもみんなにわかるコミュニケーションツールでなくてもいい、というのはなるほど、と思いました。これは西田龍雄氏の言葉で、西夏文字そのもののお話しはさわり程度だったのですが、雲南の色々な文字をとりあげたりと、何となく西田氏をフィーチャーしてるように感じられました。

 アラム系の文字が古代ペルシャで使われた理由が、広い帝国内での通信に、重い粘土板の楔形文字より、軽い羊皮紙のアラム文字っていうのが実利的で納得というか、その勢いでアラム系の文字は古代の日本にまで到達しちゃっているのだからすごい。でもここでもはじまりはやっぱり役人かぁ…(笑)。感覚的には、特定の宗教と結びついて遠くまで広がるのが多いような気がしてたんですが、それは二番煎じみたいなもんなんですかね。

 展示の中にも、オロンスムのキリスト教徒のシリア文字の墓誌銘等々のようなのがありましたが、宗教が文字の誕生や保存と深く関わっている例が印象が強いからそう思ってましたが、きちんと証拠を調べるとそうでもないものなんですね。

 で、オロンスムの近くに、ぽろっとソグド文字銘文入りのテュルギシュのコインが展示してあったのはうれしい予想外でした。方形の孔が空いていて、まるで中国の貨幣みたいな形なのにソグド文字…。ソグド人に作らせたのかと思ってたけど、違うんかーい。

 話を講演会に戻すと、最後は東アジアの漢字の影響をいろいろな形で受けた文字で、西夏文字も漢字と似た形のものは全くないにも関わらずこの仲間なのは、へんとつくりを組み合わせて作る、といった構造からだそうです。それにしても複雑な形。アレはどこから出て来たんでしょうね? 音? デザイン的な美しさ? 講演会場には西夏文字プリントしたTシャツ着てた方もいましたが…。

 漢字の影響で作られた文字以外にもありとあらゆる文字がある東アジアの中でも、雲南ナシ(魔些)族のトンパ文字や彝族(昔はロロと言った)彝文字(ロロ文字)は異色の存在だそうでして。系統不明…というか、トンパ文字は独自文字がたくさんある東アジア地区でも目立ちますよね。ロロ文字も横のものを縦にする系だと思うのですが、ウィグル文字と同じく全体を90度回すという方が発想としては自然なのかなぁ、と考えたりしました。突厥碑文なんかも横書きで刻んだのを碑文として縦に建ててますからね。私たち日本人は、漢文の影響で一つ一つの文字の向きは変えずに縦に並べ直すのが縦書きのスタンダードだと思い込んでますが。

 という訳かどうか、突厥文字もこの系統不明の仲間に入れられてました(アラム系だろうけど、完全に解明されている訳ではない)。本当に最初はどこなのか、できた過程がよくわからん…。

 あれこれ想像(妄想かも)の広がる楽しい講演会でした。やはり、本も読まにゃあ、だけど、専門家の話を聞きに行くのも良いですね。今後ブルガリアの歴史についての講演会もあるそうなので(2016年 7月2日(土)の講演会「古代ヨーロッパ文明の起源を探る」の事かな?)、参加出来たら参加したいものです。

中島敦『文字禍』。文字というとこれが思い浮かぶよなー、と思ってたら下釜さんが最初に取り上げてました。

最近見たこれ。西田龍雄監修の西夏語が光ってます。

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