2009年8月 7日 (金)

映画「レッド・ウォリアー」

レッド・ウォリアー [DVD]

2005年フランス/カザフスタン
監督:イヴァン・パッセル/セルゲイ・ボドロフ
キャスト:
マンスール…クノ・ベッカー
エラリ…ジェイ・ヘルナンデス
賢者オラズ…ジェイソン・スコット・リー
ガルダンツェリン…ドスハン・ジョルジャクスィノフ
ガウハル…アヤナト・クセンバイ
シャリシュ…マーク・ダカスコス

 18世紀。
 オイラトのジューン・ガルがカザフをたびたび攻撃した。そのころ、カザフは大きく三つの集団(ジュズ)、無数の部族に分裂しお互い協力するという事をしなかったため、アクタバン・シュブルンドゥ(跣足の逃走)と呼ばれる災厄に耐えるしかなかった。
 賢者オラズは、
「いつかチンギスハンの末裔の勇者が現れ、カザフを束ねて外敵を退ける」
という伝説を信じ、未来のカザフの救世主を探して諸国を渡り歩いている。
 ある日、オラズが先祖の記念碑である草原の石人に祈っていると、天啓によってその勇者が生まれたことを知る。しかし、ジューン・ガルの巫師もそれを感知していた。ジューン・ガルのハーン・ガルダンツェリンはその赤子を殺そうと刺客を差し向ける…。

Semenovs_footnotes
 壮大な山々を遠景に美しいカザフスタンの草原を勇者の卵たちが裸馬に乗って疾駆する。
 ジューン・ガルは既に砲兵部隊を持っていてカザフ側の要塞を砲撃するんだが、カザフ側はモロトフ・カクテル(?)で反撃、大爆発するシーンは圧巻。お約束の車裂もモロ。フレッシュな枝肉のようにぷるるん、と足が躍動。これだけあっけらかんと千切られちゃうとグロくはないのだけれど、これ見ると、「モンゴル」はあれでも相当抑えた表現になってたんだぁ、と思ってしまう。

 ジューン・ガルのガルダンツェリンがオルタ・ジュズ(中オルダ)のアブライを捕らえて2年近く捕虜にしていたという史実から生まれた民話、もしくは英雄叙事詩といった趣きの物語。
 カザフ人自身がカザフという「民族」のアイデンティティーをどの辺りに置いているのかと実感できる点でも興味深い映画だ。原題の「NOMAD: The Warrior」もあんまり適切じゃない気がする。むしろ「カザフ」という名の原義「ハーンの支配の枠から離れた民」「放浪者」を邦題にした方が良いような気がする。そうするとガルダンツェリンが賢者オラズのことを「カザフ」と呼ぶのも生きてくる。でも、それじゃあその筋の人しかぴんとこなくなっちゃうのかもしれないな。

 こんな感じでカザフスタンの国策映画っぽい内容なのに、主役級の人たちがどう頑張ってみてもアメリカ人にしか見えない(クノ・ベッカーはメキシコの人らしいけど)のがとても不思議だった。
 ひょっとすると、「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」に大いに憤慨したカザフスタンが、
「正しいカザフとはこうだッ!!!」
とアメリカ人に教え諭すために、アメリカ人にも受け入れ易い顔の人を起用したって事なのかな。

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2008年12月30日 (火)

馬がかわいかった映画のシーン

今思いついたネタですが。

「蒼き狼 成吉思汗の生涯」テムジン(子供の頃)の馬
Ookami1 これは以前感想文書いたときにも書いたけど、ベクテルの動きを追って首を動かすしぐさがすんごくかわいい。馬ってかわいいですね。と思って印象に残っている馬のかわいいしぐさを集めてみました。


 ……そういえば、アメリカ映画では馬のちょっとしたしぐさをかわいい~!!!と思ったってのが思いつかない。「夢駆ける馬ドリーマー」にカワイイ!を狙ったらしいシーンが幾つかあったけど自分的にはツボではなかった。萌えのポイントがアメリカ人とは違うんだろうか。

「モンゴル」ジャムカ(子供の頃)の馬
Mongol2 最初、テムジンと出会うところでジャムカが
「俺はジャムカ。おまえは誰だ?」
と問うところでジャムカの馬が鼻先をぬっと向けていて、まるで馬がそう尋ねたかのよう。吹き出しがあったら、尖ったところを馬に向けたい。こんな子供のうちから人馬一心同体のヤツらなんだな~という感じでかわいい。


「光と影のバラード」アンドレイの馬
Svoy 冒頭で手綱につかまったアンドレイを引っ張って遊んでいるのが仲良しって感じでかわいい。
この馬じゃないかもしれないが、本編でもアンドレイが
「何ぐずぐずしてるんださっさと来い!」
って誰に話してんのかと思ったら、ぱこぱこぱこって馬~~~!(笑) 人の言葉がわかるのかい。


「デイ・ウォッチ」ティムールの馬
 冒頭の場面で、ティムールが馬に毛氈を掛けてその腹の下で風雪をしのぎつつ、肉をかじりながら地図を検討している場面がある。あー、戦場じゃあこうやって馬を簡易テント代わりにして休むのか~、と思って感心していると馬がシャー……(笑)。ティムールが怒って馬をどづくという、大衆向け(?)ギャグ。このシリーズ、映画だとぶっ飛びギャグコメディにしか見えないんだけど、原作はシリアスなのかな?

「トゥヤーの結婚」センゲの馬
 お金持ちの幼なじみに嫁ごうとするトゥヤーをセンゲが追いかける場面で、さましくポニーといったちっこい馬(しかももさっとしている)に乗って道路の側溝のような所を走っていく場面が格好良かった。馬の顔もきりっとしていてかわいい。

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2008年12月13日 (土)

映画「スター・オブ・ソルジャー」

Etoile du soldat (L') / 仮題:兵士の星 

2006年フランス/ドイツ/アフガニスタン
監督:クリストフ・ド・ポンフリー
キャスト:
ニコライ…サシャ・ブルド
ヴェルゴス…パトリック・ショーベル
ナジムディーン…モハマド・アミン
アサド…アフマド・シャー・アレフスラ

 夜は空を見て過ごした。友人のアサドが言った。
「この戦争で死んだ兵士は星になる。……そのうちに星が空を埋め尽くし、夜はなくなるだろう」
それを聞いたニコライはロシア語でつぶやく。
「ズベズダー・ソルダータ……」

 原題「L'Etoile du soldat(兵士の星)」。フランスのジャーナリスト・ヴェルゴスが9.11のニュースを聞きながら、15年前にアフガニスタンで出会ったソ連人捕虜を回想する。

 ロックにうつつを抜かしているニコライ・ペトロフに召集令状が来たとき、両親はちょうど良い、軍隊で性根をたたき直してもらってこい、と思った。当時のソ連ではアフガニスタン侵攻の話題は公になっておらず、二度と息子に会えないとは思いもよらなかったのだろう。戦争が行われていると知っていたのは、当初、戦死した兵士の家族だけだった。

 アフガニスタンでたまたま捕虜になった一派の司令官ナジムディーンの人柄と、普通の常識人であるニコライの善良さが幸いして、彼は殺されることなく保護されるのだが、それほど幸運でない何万人もの捕虜は殺されていたに違いない。更に、ニコライがフランス語を勉強したことがあってヴェルゴスと出会えたことは、他に例がない非常に稀な出来事だ。まーだからこそ、映画にもなったんだろうが。

 ニコライたち徴兵できた新兵たちに下士官は
「ならず者や反革命と戦うのだ」
って言ってるけど。ナジムディーンなんかは自警団みたいなもんだし。戦ってる当事者にとっては双方ともわけがわからない。第三者であるフランス人ジャーナリストの視点だから、ソ連側も普通の人、アフガニスタン側も普通の人。ニコライも双方に知り合いがいてどちらも嫌いではないから、余計強くそう感じる。
 それでもアフガニスタンやらイラクやらで性懲りもなく同じようなことをやってるんだから、うまい汁を吸ってるヤツがいるんだろうなぁ。

 ところで、なぜかAmazonではこのDVD扱ってないんだよなぁ。なんでかなぁ(笑)。

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2008年10月 4日 (土)

映画「デイ・ウォッチ」

デイ・ウォッチ/ディレクターズ・カット

2006年ロシア
監督:ティムール・ベクマンベトフ
キャスト:
アントン…コンスタンチン・ハベンスキー
スヴェトラーナ…マリヤ・ポロシナ
ゲッサー…ヴラジーミル・メニショフ
オリガ…ガリーナ・テュニナ
ザヴロン…ヴィクトル・ヴェルフビツキー
アリサ…ハンナ・フリスケ

 おお、ティムールが出てるじゃないの。元気に両足で駆け回ってるぜ……ってなんか変だな。……ま、まぁ、はちゃめちゃなところが見所のファンタジー(ラブコメ風味)に突っ込んでもしょうがないからいいけど(いいのか?)。
 しかし、北イランの話なら、運命を書き換える事ができるチョークを守ってる者がゾロアスター教の神官風だったら萌え萌えなのに。じゃなきゃ、北イランに設定した意味が……(笑)。というか、そもそも、ティムール→古代イランって発想がよくわからん。ミトラス教の入信の儀式なんかフリーメーソンっぽくて格好良いけどさぁ。
 ま、ザヴロンと同じく、私も書き換えたい過去とか特にないから、みんながなぜそんなにチョークに血眼になるのかぴんとこなかったけどね。ティムールみたいにグサッとやられたことないし。あ、闇の側はそんなに欲しがってないか。アントンが欲しがってただけで。

 今回は随分ギャグがわかりやすくっていうか、大げさになってて笑った。
「みんな~、サマルカンドに行きたいか~!」
「イェ~~~(ダァーーー)!」
とか、
寝てると思った人の布団を引っぺがすとクマ~~~!!!
なんて、作った人たち、日本のテレビやマンガ見てるんじゃないの?
 なお、アントンがオリガと身体を交換した後に、これはひょっとしてスヴェトラーナと百合な展開……という妄想が頭をよぎったのは内緒だ。

 ホテル・コスモス、すごく出てるね。あの形、たしかに車が遠心力を利用して走るにはいい形状だけどさ。いや無理だけどさ(笑)。
 そのホテル・コスモスでイゴールの誕生祝いのパーティーが開かれるんだけど、そこで球が炸裂して会場が大混乱になるのがリアルな迫力だなぁ、と思ったら、本当にライフルを撃ちまくって撮影したのね~(メイキングより)。むしろそっちの方がひょえ~~~って感じ。普通逆なのでは?
 でも、好きな男のためにナイフ(食事の時使うヤツ)で自分の指を切断したり、壁一面に男の名前を書きまくっちゃうような女に惚れられたとしたら。むしろその方がリアルホラーかもしらん(笑)。

 なお、ロシアでは大岡裁きが通用しないことはよくわかった(謎)。

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2008年9月 8日 (月)

映画「バトル・シューター」

バトル・シューター

1995年イラン
監督:ラスール・モラゴリプール
キャスト:
ワヒド…マスード・カラマティ
アリ…ファラッド・アスラニ

 この映画の公開時(1995年)にはイラン・イラク戦争(1980~1988年)が終結して10年も経っていないのに、若い世代にとって、それは既に遠い歴史上の出来事になり果ててしまっているのか。

 映画監督のワヒドは、イラン・イラク戦争の「英雄」ベールズの映画を撮っている。その音楽をアリに頼んだのだけれど、アリの書いた壮大な音楽がどうもそぐわないと感じる。
「シンプルなメロディをって頼んだのに……」
それはたぶん、ベールズはあの戦争の「英雄」なんて持ち上げられていて、若いアリはそれをストレートに受け取っているけれど、本当の前線を知っているらしい(映画の中でははっきりとは語られていない)ワヒドにとって、戦争の「英雄」ってそんなもんじゃない、自分の撮りたいベールズは偶像じゃなくて自分の知ってるベールズなんだ、という思いがあるから。
 そんな折、一通の手紙が届く。差出人はベールズだった。死者からの手紙だ……。

 心に引っかかるものがありながら、ワヒドはアリと共にロケ地に向かった。
 そこはかつての激戦地に再現したセットだった。エキストラは集まらないわ、爆発事故は起こすわで、撮影の先行きは暗い。なんだかなぁ、と思いながら長々と掘られた塹壕を歩いていくうちに、ワヒドは信じがたいものを目にする。

 ベールズであった。
Semenovs_footnotes
 結界を踏み越えるようなシーンはあるにはあるが、事象だけを淡々と描いて特に時空を越える原因とか原理を説明していないけれども、日本だったら霊能者が、
「霊が自分の死んだときはこうだったんだよ~って見せているんですね」
とか言い出しそうな話だ。アリが持ち込んだケイタイが現代(1990年代)に繋がって10年前に戦死した父が成人した娘と話しているし、なんだかイラン人のあの世観って、日本人に近いのかなぁ。

 そもそもゾロアスター教では大みそかに精霊フラワシになった先祖が子孫の様子を見に飛んでくる、という新年の一連の行事(ゾロアスター教の元旦は夏至)が日本に伝わって盂蘭盆会になったという説もあるくらいだから、ひょっとしたらそうなのかも。

 そんなオカルちっくな話なのに、塹壕が薬莢やら不発弾やら包帯?やら散乱し、壊れた車両がそこここに転がっていて粗大ゴミ捨て場みたいになっている様子がやけにリアルだなぁ。死体もゴミのように散らばってんの。イラン側は戦車も大砲ももう破壊し尽くされていて、ゴミのように転がったイラン兵のうち、息のある者をイラク兵が確かめつつ射殺して行っているのが見える。そしてイラク軍の戦車が……ってかなり後がない状況。

 また、登場人物の一人が
「トルコ語はやめろ。ペルシャ語で話せ!」
なんてたしなめられていてちょっと気になった。アゼルバイジャン人ですかね。アゼルバイジャンもなにげに分断国家だよな。モンゴル同様。イランでも彼ら少数民族の権利は制限されてたような気がするんだが、戦争となれば兵役はきっちり課されたんだな。いろいろと生々しい話だ。
 Safar be Chazabehが原題?これってペルシャ語? エンドクレジットが読めない文字で書いてあるって困るな~。
Semenovs_footnotes
 懐かしい人たちの死を見届け、どうにかこうにかして帰った現代には雪が降っていた。かつての激戦地だった荒野を白く雪が覆う。

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2008年4月24日 (木)

映画「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」

ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(完全ノーカット版)

2006年アメリカ
監督:ラリー・チャールズ
キャスト:
ボラット…サシャ・バロン・コーエン
アザマット…ケン・ダヴィディアン
ルネリ…ルネリ

 カザフスタンごめんなさい!
「嘘つけ!」
「そんなわけないだろ!」
などと突っ込みを入れつつ笑った笑った。
 ボラットは下品でひどい男だが、ありゃあ旧ソ連とソ連崩壊後の中央アジアのごたごたからアメリカ人が妄想したカザフスタン人を多少(?)誇張して戯画化したもんなんだろうな。だって、教養がありそうな人にもかなり突撃してるのに、
「そんなカザフ人がいるかっ! ニセモノめ!」
って突っ込みを入れてる人が誰一人としていないじゃんよ(笑)。自国以外のことになんか、カザフスタンに限らず知ろうとも思わない連中に違いない。ちょっと前だったら日本人が餌食になってたところだった。いやー、アブナイアブナイ(笑)。
 まー、アメリカ人の変な日本人像は今でも少しは残ってるがこれほどめちゃくちゃじゃなくなっちゃったからツマラナイしな。ダシに使われたカザフスタンには誠にご愁傷さまとしか言いようがないが、「政治的に正しい」あれこれをおちょくってて、とってもおかしかった。日本語吹き替えより字幕の方が、字幕よりロシア語の方がお下劣度が増しているので、ロシア語の教材としてもいい……ワケがねえええええ!!!(英語版とヘブライ語版はどうせ聞き取れないので聞いてない)

 ただし、エガちゃんを生理的に受け付けない人は見ない方が良いかもね(笑)。カルト教団まがいのところに飛び込んだりその他もろもろ、芸風が江頭 2:50に似ている。

 でも、身体を張っているだけに笑える。っていうか、素っ裸のオッサンが二人組んずほぐれつした挙げ句、全裸のまま大人のオモチャを手に、住宅ローン業者のパーティー会場に乱入って…普通に犯罪だろうが。良く捕まらなかったな…って捕まったのかな(笑)。でも、これ、サブプライム・ローン問題がこれだけ大ごとになる前に撮られたんだろ? 実に鋭いところを突いてる。

 最後がいい話になってる(?)ので、お下劣な割には後味の良い映画でした。しかし、カザフスタンが怒るのはもっともなので、「モンゴル」あたりで挽回できるよう祈ってます!

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2008年1月12日 (土)

映画「ナイト ミュージアム」

ナイト ミュージアム

2006年アメリカ
監督: ショーン・レヴィ
キャスト:
ラリー…ベン・スティラー
ルーズヴェルト…ロビン・ウィリアムズ

 題名だけ聞いたときは、NHKみんなのうた「メトロポリタンミュージアム」を原作にした映画かと思ってある意味期待した。「家族で安心してみられる」って評だけど、これ、まずいだろ。アッティラが! こんなイメージで定着したら!!(爆笑)

 一見、コワモテなんだけど、心が寂しい人って感じで。
 いやいや、もっと恐い人だろ~。
 でも、趣味が無力な敵の手足を引き裂く…って、車裂とか五馬分屍とかかよ? どこ行ってもどの時代でもやってんのかよ。まー映画中では人間が犠牲者の手足引っ張ってて、さすがにそれは無理だろって感じでコミカルなだけだけど。…もっとも、ファミリー向け映画で車や馬でブチッといったらさすがに引くだろうがな(笑)。

 アッティラのも一つ興味あるのが黒魔術って。
 ヒィヒィ、腹筋痛い(笑)。シャマニズムだろ、それ。「黒教或ひは蒙古人に於けるシャマン教」なんてのを思い出したけど、それって戦前(戦中?)の訳だよな。(パンザーロフ著、白鳥庫吉訳)

 それにしても、主人公が読んでる「サルでもわかるアッティラ(IDIOT'S Attila The Hun)」って本が実在するなら、欲しいな~。日本語版でないかな?
 だってさ、彼はこれ読んだおかげで、アッティラと彼らの言葉で会話してるんだよ!!!
 フンの言葉って判明してたんだっけ? これ、どこかの実際の言葉なのかな?
 …“IDIOT'S”シリーズっていかにもありそうだけど…ないか、やっぱ(爆)。

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2007年11月21日 (水)

映画「女狙撃兵マリュートカ」

41女狙撃兵マリュートカ
1956年ソ連
監督:グリゴリー・チュフライ
キャスト:
マリュートカ…イゾリダ・イズヴィツカヤ
中尉…オレーグ・ストリジェノフ
コミッサール・エフスュコフ…ニコライ・クリュチコフ

 内戦期。ズプズプの乾ききった砂の沙漠カラクムをひたすらアラル海めざして歩く革命軍の一行。

「やっとの事でアラル海に着いても、干上がっちゃってたりしてな(笑)」

なんて冗談のつもりで茶化していたら、監督がインタヴューで当時、本当にアラル海の水位が下がってきていて、カメラマン(セルゲイ・ウルセフスキー)がそこでは撮りたくない、と主張して、カスピ海で撮影したのだという。ひえ~、1950年代にもうそんなだったのか。

 一行は、カスピ海沿岸のグリエフからシル川沿いのカザリンスクにある司令部をめざしているのだが、水も食料も尽き、沙漠は風も強いから体力の消耗が激しそうだ。燃やして暖を取るくらいの草は生えているが、季節柄枯れてカラカラに乾いている。追っ手の白衛軍でさえ、
「どうせ、死んでしまうのだ。」
と言って沙漠の奥までは深追いはしない。
 マリュートカはその革命軍の一人で、もう40人も射殺している腕の良い狙撃兵だ。

 そんな一行に接近してくるカザフ人の隊商があった。ちょうど良いとばかりに襲いかかる革命軍の一行。
 しかし、カザフ人の切実な訴えや、自分たちの仲間のウマンクル(カザフ人、演じている人は「アンドレイ・ルブリョフ」にも出てるようだ)の複雑な表情を見て、筋金入りのコミッサールもちょっとかわいそうになったのか、ラクダを半分「貸してもらい」、半分は残してやる事にした。
 …コミッサールにちゃんと借用書書いてもらったから、ボリシェビキが天下を取った暁には! この借用書を持って行けば!! …集団化とか言って残りも全部取り上げられるであろう!!!
 …って、シャレにならん話だよな。

 この隊商には、カザフ人たちと一緒に沙漠を渡り、カスピ海沿岸政府のデニキン将軍に極秘情報を伝えるために派遣されたゴボルーハ中尉がおり、革命軍の捕虜になった。マリュートカにとっては41番目の獲物だったのだが、撃ち漏らしてしまったのだ。降伏したとはいえ、極秘情報をぺらぺらしゃべる男ではなかったので、カザリンスクまで連行することになる。


Caspian_seasat_2
※Google mapで見ると、アラル海の湖岸は真っ白だったりする訳だが、昔の話なので水はたっぷり入れてみた。

 原題「41番目」。41番目の標的って意味なんだろう。マリュートカがコミッサールに命令されて、この貴族のお坊ちゃんの中尉を見張ることになった。姿が見えなくなった時点で
「撃ーて、撃ーて、さっさと41番目の獲物にしてしまえ~。」
なんて期待しながら見てた(コラ)。でも、もちろん、気は強いが根の素直なマリュートカは、「貴族=敵」という図式だけで見ていた中尉を近くでじっくり見ることによって、意外に良いヤツ?と思えてくるのだ。

 ストーリィはこんな感じで安心して見ていられる。アラル海を船で渡ろうとして、この二人だけ無人島に打ち上げられるなんて、王道中の王道じゃないか。

 そこで。カラクムのどこまでも続く砂とラクダを堪能した。とにかく沙漠。ラクダの糞がコロコロ。何にもなーい、それでいて砂山のでこぼこで必ずしも地平線まで見通せるわけでもない光景をどう表現するのか、写真を撮るときの参考になるか?と思ってじっくり見た。でも、リアルすぎてむしろ舞台を見ているような感じで、すごく不思議。外で撮ってるのに、舞台照明のように思うがままに光の具合が演出されているのは、太陽がその角度に来たり、雲がその形になるのを待ってたって事なのか?
 ラクダってホントに表情が読めないなぁ…。ぽかんとした口ととろんと下がった瞼のせいか。あれでもいつも見てる人にはわかるんだろうなぁ…。

 しかし、カザフ人の立場からすると、いろいろと難しいというか、厳しい時代のようで…。ラクダが盗まれればウマンクルが真っ先に泥棒呼ばわり。実際は、ラクダ泥棒に殺されているというのに。
「ボリシェビキにラクダ盗られました!」
と反革命側に訴えても何をしてくれるでもなし。
 カラクムをラクダ無しで越えてきた革命軍の一行をもてなしたって事で村は焼かれるし。アラル海の岸辺にある村なんだけど、焼かれる前から何だか貧しそうだったよ。冬か春先の話だから、特に草がなくて荒涼としている時期なのかも知れないが、それを考えに入れたとしても、ひどく荒れた感じなんだなあ…。
 一方、帝政側について働いてるヤツもいたり、まとめる者がいない民草はああなっちゃうって見本みたいだ。まぁ、どんなことをしても食いつないでやるってしぶとさが見えるのがせめてもの救いではあるが。

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2007年8月16日 (木)

映画「UFO少年アブドラジャン」

AbdullazhanUFO少年アブドラジャン

1992年ウズベキスタン
監督:ズリフィカール・ムサコフ
キャスト:
バザルバイ…ラジャブ・アダシェフ
アブドラジャン…シュフラト・カユモフ
議長…トゥイチ・アリボフ
ホリーダ…トゥチ・ユスポワ

 特撮が何ともチープなんだけど、むしろそれを逆手にとって笑いを取りにくるところに脱帽。クワ飛行シーンなんて、もう特撮じゃない! 完全に仮装大賞だ(爆)。思わず笑っちゃう事間違いなし!

 それでいてヘリコプターや戦車が本物なんだよなー。最初の方のソ連(撮影当時)とアメリカのスペースシャトルが宇宙で出会ってコンニチワするシーンのパロディなのか、二機のハインドがホバリングしながらコンニチワしているシーンには思わず唸ってしまった。なんでそこが実写なんだよ~(笑)。

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 ある時、ウズベキスタンの田舎のコルホーズ「コミュニズム」にB7455星雲から宇宙人がやってきた。彼(生殖器がないらしいので、男女の別はないと思うが)は見た目、金髪碧眼の少年なので、第一発見者のバザルバイの隠し子だと誤解されてしまう。しかしバザルバイは、彼の正体がバレる事を心配してか、誤解を積極的に解こうとはしない。アブドラジャンという名前を付けて、7番目の子供として一緒に暮らす事になる。

 やがてコルホーズに異変が!
 キュウリやスイカ巨大化!
 ニワトリ卵ぼこぼこ産みまくり!
 運転手のヒゲがボウボウのびる!

…という奇っ怪な事件続発。最初は騒いでいたコルホーズの人々までもがクワで飛び出す始末。
 しかもみんな、奇っ怪な現象を普通に受け入れて便利がってるし! まー、電気がきた時もそんな感じだったかもしれないけど。

 しかし、コルホーズの人々がそれを宇宙人の仕業と思わなくても、これだけヘンテコなことが続けば、モスクワのナフロブチコ将軍が感づく。そもそも、ナフロブチコ将軍は、UFOがこの方面に来ることを知らせる通知を出していたのだから(村人はあんまりその意味を理解していなかったが)。

 何のために出動したかよくわからない軍隊がコルホーズに迫る!
 どうする? アブドラジャン!

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 副題に「スティーヴン・スピルバーグに捧げる」とあるように、コルホーズの一人がスピルバーグに出した手紙という形式で話が進む。

 それにしても、ところどころ日本語しゃべってないか? 「クーワ返せ!」とか。ネコもはっきり「ヨーク!(うんにゃ~)」ってしゃべってるしな。空耳じゃないよね? 安斎さん?(謎)


関連作品(?):「不思議惑星キン・ザ・ザ

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2007年7月 1日 (日)

【翻3-e】6月のまとめ

 6月は、突厥が祭祀をする季節、ということで突厥関連の資料「ソグドとテュルク」翻訳をやった時に、ちょっとおもしろいと思った事をテーマに、一連の特集記事を書いてみました。

 しかーし。
「ちょっとおもしろいと思ってネタ集め」

「他人様にお見せしても(あまり)恥ずかしくない記事にする」
までの間が予想以上にたいへんでした。

 もちろん、その過程で関連の本を読んだり、各国語辞書を引きまくったり、漠然と「おもしろいなぁ」と思ってただけより、より深く幅広く理解ができ、とても自分の勉強になりました。

 また、毎日更新してる人ってすごいなぁ、と改めて思った次第。
 不十分とはいえ、結構前もってネタ集めとか下調べしていて、それでもかろうじて…しかもたった1か月の特集なのに、これだけ振り回されてるんだから。

 コメントを下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
「誰かが読む」という緊迫感が1か月何とか持ちこたえる力になりました。

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目次代わりにリンクを一覧にしてみました。

S. G. クリャシトルヌィ著「中央アジア史史料としての古代テュルク=ルーン文字碑文」モスクワ・ナウカ出版社1964年
第3章 ソグドとテュルクより

第1節 ソグド

【翻3-0】まえがき
【翻3-1】ボリシェビキ…?
【翻3-2】ツァーリ≡ハーン
【翻3-3】冠詞と人民
【翻3-4】人々が先か、国家が先か
【翻3-5】胡瓜の王子さま
【翻3-6】襲い掛かるもの
【翻3-7】漢の武帝
【翻3-8】キタイと契丹
【翻3-9】熱河作戦
【翻3-10】ソグド自治管区
【翻3-11】淮陽王武延秀
【翻3-12】傀儡(くぐつ)
【翻3-13】仏陀の娘
【翻3-14】唐におけるクニャージの立場
【翻3-15】世界の中心
【翻3-16】陝西と山西
【翻3-17】バルバロイ
【翻3-18】オルドスのソグド聚落
【翻3-19】城塞都市
【翻3-20】セリンディアのペリオイキス
【翻3-21】姑臧問題
【翻3-22】風の道

第2節 テュルク

【翻3-23】ホルVSリン 熱闘!ケサル王
【翻3-24】匈奴とフンの関係

第3節 アルグゥの国

【翻3-25】カシュガルのマフムード
【翻3-26】「キオスク」はトルコ語か?
【翻3-27】都市国家
【翻3-28】キリスト教徒いろいろ
【翻3-29】ウルスとは、人々…とは限らない
【翻3-30】カガンのフィギュア

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2007年6月30日 (土)

【翻3-30】カガンのフィギュア

подставная фигура ぱつたう゛なーや ふぃぐーら

 パツタブナーヤは、偽のとかダミーのという意味。フィグーラは図形、彫像、人間、(人間の)姿…要するに、英語のfigure。
 ぴったり来る名詞が思いつかないで「形骸化した」と意訳にしてみたが、これは【翻3-12】傀儡(くぐつ)で中宗、睿宗が武則天の手の中で操られるマリオネットになっているのより更にひどく、西突厥のカガンがお飾りのお人形さんになっている様を表していて、まさに「フィギュア」。マリオネットなら、まだ動いたり踊ったりもするんだけどね~。フィギュアは飾るだけ…。

Linew_2


 あ゛ーーー、最後のシメがこんなんで良いんだろうか~。
 …でも順番だからしょうがないか~。

 そういえば、「第2節 テュルク」の参考文献をあげてなかった。資料を書き込もうとした記事がボツになったせいもあるけど、実のところまだよく調べてないのであんまりないのです。今後の課題ということで…。…というか、手元にある資料もよく読み直さなければならないな、という気持ちで一杯です。
 とりあえず、「第3節 アルグゥの国」、気がついた分だけでもあげておきます。

参考文献:
玄奘著 水谷真成訳『大唐西域記1』平凡社東洋文庫653
Saiikiki1
1999年5月
(「中国古典文学大系」1971年11月の一冊だったものの再版)
56~68頁



護雅夫『古代トルコ民族史研究II
Noimage11992年 山川出版社
「いわゆるテュルギシュの銅銭について」





内藤みどり『西突厥史の研究
Nishi1988年2月 早稲田大学出版会
「砕葉の牙庭と羯丹山」1~21頁、
「初代砕葉鎮と唐軍に軍糧を送った安国」21~29頁





内藤みどり「突厥カプガン可汗の北庭攻撃」東洋学報 第76巻第3・4号 1995年3月

護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記
Noimage1桃源社 1969年1月
197、198頁。ルブルクのギョームの言う「オルガヌム」は「アルグゥ」の国が訛って伝わったものだという話。

東西交渉旅行記全集〈1〉中央アジア・蒙古旅行記(1965年)の新装版。


佐藤長『古代チベット史研究Noimage1東洋史研究会 昭和34年10月
「ロンチンリンの活動」p.344-361

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2007年6月29日 (金)

【翻3-29】ウルスとは、人々…とは限らない

улус うるーす

 かつてNHK大河ドラマ「北条時宗」にも、
「ウルスとは、人々。」
と出てたくらい有名なテュルク語/モンゴル語の単語だけれど、岩波ロシア語辞典には、こう解説してある。(1、2の意味は、↑と同じなので省略)

3〔史〕(ウラル・シベリア地方のチュルク系・モンゴル系民族の)村落、宿営地.

 突厥碑文に、soγd bercheler buqaraq ulus(ソグド ベルチェレル ブカラク ウルス)というナゾの(当時)語結合があり、これをどう解釈するかで大論争になってたらしいのだが、突厥碑文の言語がテュルク語だからulusは「人々」と言う意味だ、と思いこんでいると、合理的な説明が絶対できない。しかし、ロシア語に痕跡がバッチリ残っていたんだね。
 クリャシトルヌィが引用するマフムード=アルカーシュガリーの「ディーワーン=ルガート=アットゥルク(テュルク諸語集成)」のulush(ulus)の説明は、

「ウルシュ…チギルの言葉で村落だが、アルグゥの国、バラサグンおよびその周辺の住民のもとでは都市を意味する。そのため、バラサグンの都市は、クズ=ウルシュと呼ばれる」259。

と、第一義に「村落」、一部地方で「都市」。でも、「ディーワーン=ルガート=アットゥルク」のような、雲の上の辞書(爆)の血を引くような意味が手元のごくありふれたロシア語の辞書(トルコ語の辞書じゃないよ、ロシア語だよ)に出てるって、なんだか感心した。

 「ウルス」みたいなわかりきってる(と思ってるだけかもしれない)単語って、辞書引かないもんねぇ。でも基本語彙ほど難しいってのは、人類普遍の法則(笑)だと思う。

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2007年6月28日 (木)

【翻3-28】キリスト教徒いろいろ

несториане にすたりあーにぇ(?)

 たぶん、キリスト教ネストリウス派のこと。
 その複数形だろうけど、こういう特殊な形の複数形で思い浮かんだのが、

армяне (あるみゃーにぇ アルメニア人)
крестьяне(くりすちやーにぇ 農民)
христиане(ふりすちあーにぇ キリスト教徒)
…あれれ、キリスト教つながり?  なんか語の成り立ちの歴史に意味があるのか???

 この項では、ちょうど碑文の言語の複数形が話題になってるし、チベットの年代記で「ガルタグゥがソグドに捕らえられた」って引用箇所で、「ソグダグ」の「ダク」をチベット語の複数形の語尾と見て「ソグたち」と訳してあったりしたので、複数形ネタで。

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2007年6月27日 (水)

【翻3-27】都市国家

город ごーらと

都市、市、街。город Москва(ごーらと ますくう゛ぁ モスクワ市)という時の~市でもあるし、城と訳さないとヘンな箇所もある。
【翻3-18】オルドスのソグド聚落のколония(かろーにや 居留地、植民地)の対になる言葉のように使われているような感じもするし、колония自体も含まれているような感じの箇所もある。そういうところはきっと、都市国家ポリスpolisの訳語なんだろうな、と考えて「都市」にした。もちろん、植民市コロニーに対してはっきり母市と言いたい時には、метрополия(みとらぽーりや 母都、本国)が使われている。それでも、город(ごーらと)自体のニュアンスがもともとポリスっぽい。

古代ギリシャにたとえていろいろなことを説明している(例えば、ペリオイコイとかアンフィクテュオニアとか)のは、教養あるヨーロッパの人たちにはそういうのがわかりやすいんだろうけれども、教養のない者(←わたすです)をヒィヒィ言わせてくれるよなぁ(苦笑)。

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2007年6月26日 (火)

【翻3-26】「キオスク」はトルコ語か?

кёшки きょーしき

 たぶん、トルコ語でいうところのköşk(キョシュク 別荘、離れ)のことだろう。ロシア語のкиоск(きおーすく 売店、キオスク、(東洋風の)園亭)はここから来ているんじゃないかと思うんだけど、手元の語源辞典には載ってない。
 某鉄道会社の売店にこの名前が付いていて、トルコ語からとったって説明されていることがあるような気がするが、あれはどう見てもロシア語の形であって、トルコ語には見えないんだけど…。まー、どうせロシア語にはタタル語経由で入ったんだろうが。
 しかもköşkって、本来のトルコ語ではないらしく、トルコ語辞書を見ると、ペルシャ語って説明されている。ペルシャ語辞典は全然引けなかったので(字からして読めない)英和辞典を見てみると、

>ペルシャ語「宮殿」の意

と解説されてる。宮殿~~~(爆)。


【3-26】参考資料:
竹内和夫著『トルコ語辞典 改訂増補版』大学書林 1996年10月
Tjsozluk








N. M. シャンスキー、T. A. ボブロヴァ『ロシア語語源辞典』1994年
Н. М. ШАНСКИЙ Т. А. БОБРОВА ЭТИМОЛОГИЧЕСКИЙ СЛОВАРЬ РУССКОГО ЯЗЫКА "ПРОЗЕРПИНА" ТОО "ШКОЛА" МОСКВА 1994
Etymological_dictionary
「小」とはどこにも書いてはないが、小さい辞典なので小辞典なのかもしれない。だって、フランス語とかドイツ語とか比較的近年(17世紀とか)に入ってきた単語だけでなく、ラテン語、ギリシャ語起源なんてのは載ってるクセに、明らかにトルコ語、モンゴル語ってのはあんまり出てないんだもの。

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2007年6月25日 (月)

【翻3-25】カシュガルのマフムード

Махмуд Кашгарский まふむーと かしがーるすきー

 マフムード=カシュガルスキーって(笑)。なんか半端にロシア語になってるな~。カシュガルのマフムードって、まぁその通りなんだけど、なんだか変な感じ。日本では、マフムード=アル=カーシュガリーと書くのが普通かな。

Прокопий Кесарийский (ぷらこーぴー けーさりーすきー カイサレイアのプロコピオス)の方がまだ馴染んでるかな?(←いや~、馴染んでないだろ)

 でも、このくらいじゃ驚かないもんね。このテの名前では、

Александр Македонский あれくさーんどる まけどーんすきー

 マケドニアのアレクサンドロス…大王とは思えないほど弱そうな名前になっちゃってるのを始めに聞いた時のインパクトに比べれば、どんな「…スキー」でも、ふーん、くらいのものである(笑)。

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2007年6月24日 (日)

【翻3-24】匈奴とフンの関係

гунн ぐーん

 フン、フン族。岩波露和辞典に
「(文化財を破壊する)野蛮人.」
なんて書いてあるのは見なかったことにしよう(爆)。キリル字母には、ラテン字母のhにあたる文字がないのでг(げー g)になってるものかと。
 音としてはh音がまったくないわけではないが、特別なことがない限り単純にhはгに転写するようだ。戦争映画の中で、ドイツの独裁者の名前Гитлер(ぎーとれる ヒトラー)が連呼されるので、割とみんな知ってるかもしれない。私の場合は、「道中の点検」という映画でこの歴史上の人物の名を覚えた(笑)。

 で、本題。お察しの通り、ここでフンと言ってるのは匈奴のこと。匈奴とフンの関係は、証明できたのか否定されたのか、最新情報は知らない…というか、教えてちょーだい(笑)。
 紛らわしいから、匈奴に直しとけ、とか言われそうだが、匈奴はсюнну(すゅんぬぅ? hsiung-nu)と書き分けられているので、гунн ぐーんを勝手に匈奴と書き換える訳にはいかない。それに、ムグ山文書のγwnとフンと匈奴と突厥の関係が話題になっているので、やはりそのままにしとこっと(笑)。

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2007年6月23日 (土)

【翻3-23】ホルVSリン 熱闘!ケサル王

государство Линь がすぅだーるすとう゛ぁ りーに

 リン国。
 北史突厥伝の冒頭、

突厥者、其先居西海之右、獨為部落、蓋匈奴之別種也。姓阿史那氏。後為隣國所破、盡滅其族。

というテュルクの伝説に関する箇所に出てくる「隣国」をオゲルがそう翻訳しているのだという。しかもご丁寧にリン国は鮮卑系との説明付。それはさすがに違うんじゃないかなぁ…。
 チベットの英雄叙事詩「ケサル」にはリン国って出てくるけど、時代が違うしねぇ。これは漢字の意味通り隣の国っしょ。
 その漢字が音訳なのか意訳なのかってのは、判別が難しいんだろうな。伝統的な解釈が間違ってる場合もあるだろうが、考えすぎてトンデモになっちゃうのもまずい。

 日本語だと、漢字をそのまま書いておいた方が親切って場合が多そうだけど、漢字のない言葉に翻訳するときは音訳にするのか意訳にするのか、いずれにしろ苦労しそう。
 第三節の中の「セミレーチエの諸都市」では、清地(イシク=クル)のことをПрозрачное озеро(ぷらずらーちなえ おーぜら 澄んだ湖)と訳してある。大文字で始まるから固有名詞扱いなんだろうけど。
 まぁ、ここでは地名や役職名はたいてい漢字音と意味が併記してあるし、テュルク人の名前なんかはそれ自体が研究対象なんで詳しく書いてあるので、大丈夫なんだけどね。

参考文献:
『北史』中華書局
Hokushi「突厥伝」の冒頭、三二八五頁。

翻訳されているものなら、『騎馬民族史2』の「周書突厥伝」p.29、「隋書突厥伝」p.39、「北史突厥伝」p.65。



君島久子訳『ケサル大王物語 幻のチベット英雄伝
Noimage1筑摩書房世界の英雄伝説9 1987年3月

とにかく「ケサル」はおっそろしく長いうえにバリエーションが多いので、日本語の全訳はないようだ。
これは、ケサルがリン国に生まれることになるいきさつと、リン国とホルとの戦いまでの抄訳。本文は200ページほど。解説・櫻井龍彦。

金子英一「ケサル叙事詩」
Noimage1北村甫教授退官記念論文集 チベットの言語と文化』(冬樹社)昭和62年4月
pp.408-427



若松寛訳『ゲセル・ハーン物語 モンゴル英雄叙事詩
Geser平凡社東洋文庫566 1993年7月

ゲセルはケサルから派生して発展したのだという。「解説」にはケサルについても説明されているのでこちらも参照。




護雅夫「べー=オゲルのshad号研究」
Dt1古代トルコ民族史研究I』昭和42年3月 山川出版社
題名の通り、シャドについてしか検討してないんだけれど、オゲルがどういう人かはこれ読めばわかる。
…でもシャドの音写「殺」についても、「隣国」と似たようなことやってるなぁ、と。

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2007年6月22日 (金)

【翻3-22】風の道

ветер う゛ぇーちる

 風。屁という意味もあるが、ま、それも風には違いない。
 と言うか、それ以外の意味はないよなぁ…。困ったなぁ…。
 と、いうのも、この項の題、Дорога ветров (だろーが・う゛ぃとろーふ 風の道)というのだが、護雅夫著『古代トルコ民族史研究I』によると、これはWinding Road(遶路、曲がりくねった路)の誤訳だというのだ。
 しかし、英語windにはそういう意味があってもロシア語ветерにはないから救いようがない。そのまま書いとくしかないなぁ。説明入れとかないとまずい気もするので面倒くさい。

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さて、第1節はここまで。それで参考文献を並べてみたが思ったよりすかすかだ(笑)。
しらみつぶしにすると、きっともっとあるに違いない。

【3-1-1】 Alty chub soγdaq
白鳥庫吉「粟特國考」
Shiratori22白鳥庫吉著『西域史研究 下』岩波書店に収録

全集が何度か再版されているみたい。
著作権保護期間を過ぎているので全文スキャンして青空文庫にでもアップ?と一瞬思ったが、あまりにも長いので見ただけで挫折…(爆)。
まー、「粟特國考」を全文スキャンする心の余裕があるなら、当然、キョル=テギンのヤツを先にやるだろうな(笑)。


【3-1-2】 霊州襲撃
「薛懐義伝」
Kutojo『旧唐書』巻183中華書局のだと四七四一








内田吟風訳注「漢書匈奴伝」
Kiba1平凡社東洋文庫197『騎馬民族史1』pp.110~111あたり。








【3-1-3】 キタイの反乱
田村実造訳注「新唐書契丹伝」
Kiba1平凡社東洋文庫197『騎馬民族史1』p.320~321。「旧唐書契丹伝」p.312~313も参照。








『中国歴史地図帳 隋・唐・五代十国時期』
中国地図出版社

【3-1-4】 六州問題
布目潮風・栗原益男著『隋唐帝国
Zuitou講談社学術文庫








【3-1-8】 六州のソグド
小野川秀美「河曲六州胡の沿革」
Noimage1『東亜人文学報』第1巻第4号 昭和17年2月27日発行 京都帝国大学人文科学研究所
すごおく良くまとまってる。
もちろん古いので、今は「それは違う」という箇所もあるだろうけど、出典がいちいち書いてあるのでさかのぼって見に行きやすい。もう索引代わりってくらい。
これを読まずに六州胡が語れるか?!(笑)。

【3-1-10】 シルクロードのペリオイコイ
内藤みどり「突厥キョリ=チュル考」
Noimage1内陸アジア史研究13
1998年3月 内陸アジア史学会






池田温「沙州図教略考」
Noimage1榎博士還暦記念東洋史論叢』山川出版社 1975年11月

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2007年6月21日 (木)

【翻3-21】姑臧問題

Гуцзан ぐぅづぁん(?)

 グッザン(涼州、現在の甘粛州武威市)というのかな。
 まー、これはカタカナで書いておけば良いんだろうが、問題はそれにソグド語のローマナイズが併記されていて、「Кс’’п」と書いてあることだ。GとKは有声無声の差だからたいした違いじゃないし、ソグド語のローマナイズで「'」と書いてあるのはaと読めばいーんだろうというのは勘で(笑)わかるんだけども、「п」ってなんだ、「п」って。キリル文字転写してるのか? そうすると、「Кс’’п」はローマナイズすると「Ks''p」なのか? でも最後がPじゃグッザンってどうひねっても読めないだろ???
 となると、モトを見ないと駄目なんだけど、これ出所、ペリオ? 敦煌文書なんぞ知らんがな。途方に暮れること幾星霜…も経ってないけど、あれでもないこれでもないと家にある資料をひっくり返すが出てこない…。

 そこでとりあえずはネットに頼ることにする。これで出なかったら原註に出ている榎一雄の論文か池田温の論文かを国会図書館あたりにあさりに行くしかないが、とりあえずアタックじゃい。ロシア語から日本語に訳し、日本語の漢字をエキサイト辞書でピンインに直し検索、それらしい英語の頁が出たら検索、中国語(簡体字・繁体字)のが出たら検索、日本語のそれらしいPDF文書が出たらダウンロードして読んで、キィワードをピックアップしてまたまた検索、(ここで「振り出しに戻る」を繰り返す)…とだんだん近づいていったら、これ、Sogdian ancient lettersという結構有名な史料らしくて(その割にはHIT数少ないぞ)、ローマナイズされたソグド語と英語の対訳がされている頁があったのだ。

 それによると、「Kc'n」。…やっぱり誤植か。

 ラテン字母のnとロシア語のпは似てる。筆記体だと全く同じ。実際、OCRで読むとよく間違う。ロシアの印刷所の人にとって、それを見分けるのは難しいだろう。たとえこういった学術モノを出し慣れている印刷所だったにせよ、中央アジアだけやってる訳じゃないだろうし。
 敦煌文書とかシルクロードとかに精通している人にとっては、見ただけでピンと来るものなんだろうなぁ…。この項は、ピンインなんだかロシア語の慣用読みなんだかソグド語なんだかわけわかんない人名やら地名やらが大量に出てきて、それを漢字にするだけで疲れた…。

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 さて、つい先日。グッサンについては、内藤みどり「突厥キョリ=チュル考」『内陸アジア史研究13』にバッチリ出てる事に気づき超がっくし。しかも、岩佐精一郎「突厥毘伽可汗碑文の紀年」の所に、自分でその論文を参考してね(はぁと)と書いてるのに、何一つとして覚えてない自分にまたがっくし…。

 立ち直れない(爆)。


【3-21】参考資料
岩佐精一郎「突厥毘伽可汗碑文の紀年」『東洋學報』第23卷第4号昭和11年8月発行
Noimage1『岩佐精一郎遺稿』(昭和11年11月20日發行)岩佐傳一
にも収録されているけど、若くして病死した息子の論文を父が自費出版したみたいな本なので見つけるのは難しいよね…。

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2007年6月20日 (水)

【翻3-20】セリンディアのペリオイキス

Сериндия せりんぢや(?)

 スタインの第二次中央アジア探査の報告書がまさに「セリンディア」という題名なんだけど、ぐぐっても、それ以外に出てこない。??? 造語か?
 「セリンディア」を読めば、序文にでも書いてあるかもしれないが、これ、英語なんだよな…。この報告書が出た頃にはそのスジの人々には一時的に流行ったものの、21世紀までは残らなかったとか? とりあえず私は初めて聞いた言葉だぢょ…。
 とにかく、日本語に定着してないモノをカタカナ書きしても訳したことにならない。スタインの踏査した地域を見れば、いわゆる「西域」なんだろうが、ロシア人から見たら「西」域じゃないから、ここで使うのは不自然。困るぅ。いっそのこと曖昧に「シルクロード」ってしちゃおっか。てへ。

периэгеса ぺりえげさ(?)

 ギリシャ語。ペリオイコイperioikoiの地という意味らしい。広辞苑によると、ペリオイコイとは、

古代スパルタの半自由民で、市民とヘイロタイの中間に位置する。参政権はないが地方自治権を持ち、従軍・貢納の義務を負った。

 ということで、まさにここに述べられているソグドと同じような人たちじゃないっすか。で、ペリオイコイは広辞苑にもエキサイト国語辞書(大辞林 第二版)にも載ってたってことで、一般常識であると見なせるが、ペリオイキスは出てなかったので、一般的ではなかろうと思って使わないでおこうかな。

 ちなみに、この題名を「古代トルコ民族史研究I」で護雅夫氏は「Serindiaの旅行記」と訳しているが(p.569)、これではクリャシトルヌィがこの段落のシメの部分で、

この記事よりやや早く、一部土地の住人を混じえた「商人の」ソグドが伊吾(ハミ)を占領した。千の「勝兵」を備えた彼らは充分自立しており、状況次第で中国の宗主権も、テュルクの宗主権も、鉄勒の宗主権も承認した109。

というふうに、ソグドの居留地が独自の軍隊を備え、独自の政治的判断で宗主国を決める東方のペリオイコイ的な有り様を描いているのが生きてこない。誤訳であろう。

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2007年6月19日 (火)

【翻3-19】城塞都市

городище がらぢーしぇ

 考古学の用語で、防塞集落趾、城塞趾。

 いかにもгород(ごーらと 街、市、都市)等々と同じ仲間の言葉。そもそも「街」の起源が城壁に囲まれている集落だったせいだろう。中国語の「城」に近い感じなんではないだろうかと思ったりして。実際、『大唐西域記』からの引用部分では、「城」の訳語としてゴーラトが使われている(【翻3-27】都市国家参照)。

 でも、城塞趾とはいっても、カラヂーシェは、我々が「城」という言葉から思い浮かぶような、がっちりした石造りの城壁があるのはごく稀で、ましてや現代の日本人が城を復元、という時に思わず造って(創って?)しまいがちな天守閣などはあるまい。

創作例:千葉城
Chibajo

 そういうわけで、城趾と訳してしまうと誤解を受ける可能性がある単語のためか、昔の論文なんかでは(今も?)「ゴロジシチェ」とか、訳さずにそのまま書いてある事がよくある。最近見た、白石典之著『チンギス・カン』では「ガラディーシェ」と書いてあったな(p.13)。『チンギス・カン』にはそれがどういうモノか説明してあるのでわかるのだけれど、説明なしでいきなり出て来ることがある。表記が今風でないと「え?」と一瞬わからないことあるんだけど、これって考古学の世界では説明無しでもOKなほど定着した用語なのかなぁ?

【3-19】参考資料:
白石典之『チンギス・カン “蒼き狼”の実像』中公新書
Genghiskhan

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2007年6月18日 (月)

【翻3-18】オルドスのソグド聚落

колония かろーにや

 植民地(コロニー)であるが、居留地で統一した。長安とか涼州なんかの大都市の中にあるソグド人の集住している地区も、かろーにやといっているので、イメージ的には租界とか、ゲットーのようなもののような気がしたので。ただ、租界とかゲットーと言うと余分なイメージが付いているので、単に集住している場所という意味を出したかった。
 あと、コロニーというと、シャーレの寒天にガラスの棒で菌か何かをこすりつけてしばらくしてできてるアレを真っ先に思い出すので、気分的になんか嫌だ(笑)。

 それで、例えば、池田温著『敦煌文書の世界』などを見ると、「聚落」となっているのが、まさにこれにあたるのだろうが、なぜそうしなかったかというと、同じモノを指すのに、似たような言葉がいくつか使われているからだ。

посёлок ぱしょーらく (都市の郊外などにある)小さな町、集落
селение すぃれーにえ (農村部の)村落
население なすぃれーにえ (自然に移ってきて住み着く感じ?)入植、定住
поселение ぱすぃれーにえ (自分からというよりは住まわせられる感じ?)入植、定住、移住、流刑

 ロシア語書く人は、同じ単語を何度も繰り返すのを避ける。文学じゃあるまいし何気取ってるんだ、と思うが、公の文書の類でも固有名詞でさえ言い換えている場合があって、アレ、本当の本当に同じモノかな?と考えてしまうことがある。こういう習慣のある人たちって、紛らわしいサイト名とかで思わず変なサイトに誘導されちゃったりしないのかな?(笑)
 なので、こういうのをいちいち訳し分けずに、全部「集落」か「聚落」で統一してもまったく問題ないとは思うのだが、やはり無意識のうちに話題によってその聚落のどういう側面について話しているのかに対応しているような気もするので、試しに太字の訳語で通してみた(だいたい)というわけ。


【3-18】参考資料:
池田温『敦煌文書の世界
Dunhuang名著刊行会2003年1月

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2007年6月17日 (日)

【翻3-17】バルバロイ

варвар う゛ぁ-るう゛ぁる

 辞書だと蛮族だが、やっぱりバルバロイにしておいた。でも、ロシア語は[v]音だけど、バルバロイはbarbaroiで[b]なんだよな。
…一抹の不安がよぎる(爆)。

 ついでながら、蛮と言えば南詔蛮とか爨蛮とか雲南のどこぞの民族の言葉でいう「~族」という語の音写のようで、漢字の持つ意味は自分ではもうほとんど意識していないのだけれど、以前、神田の某中国語の書籍を扱っている本屋で『蛮書』がないか検索してもらったときに、
「『蛮書』のばんはどんな字ですか?」
と聞かれ、自分から
「野蛮の蛮です。」
と言っておきながら、店の人が
「ばんしょ、ばんしょ…ないなぁ。ばんは野蛮の蛮ですよね?」
「野蛮人の蛮ですよね?」
「やばん、やばん」
「ババンババンバンバン♪(←そんなことは言ってない)」
と何度も聞き返すのでそのうちなんだか腹が立ってきた(笑)。

 「北狄」なんかも自分や草原系の人が言うのは全く気にならないが、中国史の人とかに言われるとなんだかむかつくのはどういうわけか(笑)。


【3-17】参考資料
「蛮書」については、昔書いた紹介→『蛮書校注

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2007年6月16日 (土)

【翻3-16】陝西と山西

Шаньси しゃんすぃー

 現在の山西(省)。
 よく似たのにШэньси(しぇんすぃー)というのがあって、こっちが現在の陝西(省)を指しているものとして機械的に漢字にしてみた。現代の地名なので、現行のロシア語の地図を見れば出ている。かんたん、かんたん(笑)。

 念のため、ピンインを見てみる。

○陝西 Shanxi
○山西 Shanxi

…同じじゃん(爆)。もちろん声調が違うから間違うことはないんだろうが、ロシア語に声調なんてない。どういう具合で書き分けてんだろ。慣用読みだろうか。
 でも、んせい→しぇんすぃー、んせい→しゃんすぃー と聞こえるって事は、割と日本人と耳が近かったりして。

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2007年6月15日 (金)

【翻3-15】世界の中心

Срединное государство すりぢーんなえ がすぅだーるすとう゛ぁ

 文字通りには「真ん中の国」。「中国」ってそもそも、世界の中心の国って意味だった(笑)。それを意味通りに直訳したものでカッコ付きで書かれている。【翻3-8】キタイと契丹のように中国は「Китай きたーい」と言うのが普通で、中華思想的なものを強調して(皮肉って?)いるんだろう。

 「真ん中」を意味する言葉はいくつかあるが、ふと思い出したのが「中央アジア」。

1) Средняя Азия すれーどにゃや あーじや
2) Центральная Азия つぇんとらーりなや あーじや

 СредняяはMiddle、ЦентральнаяはCentralに近い感じはするが、この言葉のロシア語の意味する範囲と英語の意味する範囲と日本語の意味する範囲はズレている。
 ソ連時代の使い方だと、ソ連国内の中央アジア諸共和国はスレードニャヤ・アージアで、なぜかこれにはカザフスタンが入ってない。ツェントラーリナヤ・アージアの方は新彊ウイグル、チベット、ゴビ地方。

 と、すると、どちらの「中央アジア」にもカザフスタンとモンゴルが入ってない?

 政治的な意図がむんむん漂ってくるわざとらしい言葉なので、たぶんそれを避けるために「内陸アジア」とか、最近だと「中央ユーラシア」と言うんだろう。
 別の箇所では「Центральная и Средняя Азия つぇんとらーりなや い すれーどにゃや あーじや」という言い方をしていて、上の1)と2)を足したものだけれども、文脈からカザフスタンやモンゴルも入っている。普通に考える「中央アジア」ってかえって、こういう曖昧でおおざっぱなのが一番正解なんじゃないか。


【3-15】参考文献:
中央ユーラシアを知る事典』平凡社
Central_eurasiaf

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2007年6月14日 (木)

【翻3-14】唐におけるクニャージの立場

князь くにゃーし

 この次の「1-5 中国での戦い」で相王旦の「王」の部分にも充てられているが、カプガンが武延秀のことを「武氏の身分の低い諸王」と罵るときの「王」がこれ。
 く、クニャージって、そういうもんだったっけ? と少々疑問に思うのだけれど、ロシアのクニャージがどういうものかちゃんと説明できるほどわかってないし、中国のなんちゃら「王」もKingとは違うよな…。称号とか爵のたぐいということを表しているのかな???

 …ハッ、でもそういえば自分、クニャージのイメージって、「巨竜と魔王征服 イリヤ・ムーロメッツ」のウラジーミル大公や、「アレクサンドル・ネフスキー」のアレクサンドル等々、映画で見たイメージしか持ってないかもしれない。何か大きく間違ってやしないかと大いに不安だ(笑)。

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2007年6月13日 (水)

【翻3-13】仏陀の娘

дочь Будды どーち ぶーっどぃ

 文字通りだと「仏陀の娘」。「…の娘」とか「…の子」で比喩的に「申し子」的な使い方もするだろうが、それでもせいぜい「ホトケの申し子」くらいにしか訳せないよな…。

 普通の本ではどうなってるかな?

『大方等無想大雲経』をもちだして、その中の浄光天女即位と、弥勒仏下生とを結びつけて、女帝出現の基礎理論を作った。(布目潮風・栗原益男『隋唐帝国』)

 うーん…。一言では言えなそうだなあ。
 Вочеловечение(う゛ぁちらう゛ぇーちぇにえ 受肉したもの、神が人の形を取ったもの)とかПришествие(ぷりしぇーすとう゛ぃえ 降臨)とか使えばもっと自然な言い回しになりそうな気もするが…。キリストにしか使えないとか何か制約があるのかなぁ?
 もっとも、そういうの使えば使うほど胡散臭さバクハツ(笑)。

【翻3-13】参考文献:
布目潮風・栗原益男著『隋唐帝国』講談社学術文庫
Zuitou
引用箇所は「第3章 則天武后-女帝の出現」p.127

唐について書かれたものがいろいろある中で、一番安いのを買ったつもり…小さいし(分厚いけど)。

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2007年6月12日 (火)

【翻3-12】傀儡(くぐつ)

марионетка まりおにぇーっとか

 操り人形。傀儡(くぐつ)。
 どこでも発想は同じなんだなぁ、と感心したので挙げてみた。本当に傀儡政権って、絵がぱっと浮かぶうまい表現だな、とも。
 あ、でも本来のロシア語の表現かどうかは、ちゃんと調べないとわからないか。ラテン語?ギリシャ語?等々の単語や直訳でロシア語の決まった言い回しになってるモノって結構多いから、油断できない(笑)。

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2007年6月11日 (月)

【翻3-11】淮陽王武延秀

 訳注付けられるほどご立派な人間じゃないので、特に付けない方針だったが、こんな箇所が出てきて、どうしようか困っている。

...а принцы, Хуай-ян и У янь-сю, отправились в ставку тюркского кагана, чтобы просить руки его дочерей.
(直訳)…一方、皇子たち、淮陽と武延秀は、テュルクのカガンの本営に彼の娘に求婚するために派遣された(彼らは)。

 旧唐書本紀の当該部分はこんな感じ(本紀第六則天皇后)。

秋七月、令淮陽王武延秀往突厥、納黙啜女為妃。

 さすがに誤訳だろ、これは。何語かに訳されたモノを使っているんだろうが、ここにはどの訳を使ったか書いてない。ビチューリン訳ならこの程度の誤訳はままあるので驚きはしないし、心おきなく「誤訳だ」と断言できるのだが(笑)。劉茂才訳だと後で
「私が間違ってました。無知でした。ゴメンナサイ」
となる可能性が高い(爆)。

 イアキンフ=ビチューリンって19世紀の人じゃん。しかもどっちかというと19世紀の前の方。
1-2 霊州襲撃に「漢書匈奴伝」から引用してある箇所があるけど、それを見ると
Сии горы.. すぃー ごーるぃ(これらの山々)
なんて見慣れない、つまり現代語でない言葉を使っていたりする。たとえてみれば、私たちが「集史」の内容を知るためにドーソン著「モンゴル帝国史」使ってるようなもんじゃないかな?(←でも、使わざるを得ないんよね。だって、集史の翻訳出してくれないんだもん。)

 ついでながら、この武延秀という人、突厥語に堪能で突厥語の歌を踊ったり突厥風の舞を踊ったり、かなりの突厥通。う、うらやまし~。私もカプガンの本営に拘留してくれ(爆)。
 旧唐書の武延秀伝には長いこと突厥に拘留されていたからと説明されているが、もともとそういうマインドがあったからこそ、カプガン=カガンの娘を妃にする役回りが回ってきたんじゃないのかなぁ。

【3-12】参考文献:
V. V. バルトリド著『歐洲殊に露西亜における東洋研究史』
Bartold外務省調査部 昭和12年1月

これを見ると、原註に出てくる人たちのことが大まかにわかるので参考書に持ってこい。





ドーソン著・佐口透訳注『モンゴル帝国史』
Dohsson平凡社東洋文庫

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2007年6月10日 (日)

【翻3-10】ソグド自治管区

округ おーくるく

 「キタイの反乱」の段落では六州の「州」に充てられているが、この章の核心でもある「六胡州」の「州」はもっぱらオークルクだから、それと結びつけるために意識して使われているようだ。他の州は普通にобласть(おーぶらすち、州)か漢字の読みのまま-чжоу(じょーう? ピンインは-zhou)なので。

 六胡州がオーブラスチでなくオークルクなのは、やはりソグドの「民族管区」というニュアンスが含まれているからだろうか。現在のロシアや旧ソ連では例えば、Агинский Бурятский автономный округ(あぎーんすきー ぶりゃーつきー あふたのーむぬぃ おーくるく アガ・ブリヤート民族自治管区)等々のように州(область おーぶらすち)または地方(край くらーい)の中にある少数民族の「民族管区」という感じがする。

 …まぁ、六胡州がどこにあったのかは正確にはわからない(遊牧民の州だから、場所が曖昧な可能性もあるかも)し、どこかの州の下位って訳でもないんだろうが。

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2007年6月 9日 (土)

【翻3-9】熱河作戦

Жэхэ じぇへー

 熱河(ジョホール)の事らしい。これは正直言ってまいった。

 満州国まわりをやっている人なら、ジェヘー→ジョホール→熱河(省)と連想が働くのだろうけれど、唐代の地名でもない、現代の地図にも載ってない、となると私にはまったくお手上げだ。インターネットがなければ、ジェヘーとそのまま書くか、論旨に関係ない箇所なので括弧部分をこっそり削除していたかもしれない(←よい子は真似しないように…笑)。

 「熱河」にたどり着くまでは大変だった。まぁ、最初は平凡社東洋文庫の「騎馬民族史」の突厥伝と契丹伝見るわな。なければ、現代の地名かと思って高校地図帳(いまだに使ってる!)見るわな。現代の地名でもないから、古名の異名かとも思って元和郡県図史やら新唐書地理史やら何やら見るわな。ピンインを調べつつなんだけど、キリル文字にするとき、日本語のカタカナと同じで綴りじゃなくて音で写しているようで、ラテン字母に復元できないのだ。しかも読みもロシア語なまり。
 それでもないと、論文の書かれた当時の地名かと思ってそんな地図持ってるはずもないのでダメ元でネットを調べる…。

 あった!…けど…。ロシア語で解説されてるよ(爆)。
 意味がわかっても日本語または中国語の漢字の地名には直せない。うー。うー。
 運良く日本が絡んだ地名だったのでヒットした事項から連想して辞書引いてまたぐぐって連想して辞書引いて…。
 結局決め手はもっともオーソドックスな手段、広辞苑だった。
 この論文の書かれた当時既にこのいやな思い出(中国にとって)のある地名は変えられていたと思うが、極東に 関心のある向きにとってはこっちのほうがぴんとくる地名だったのだろう。

続きを読む "【翻3-9】熱河作戦"

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2007年6月 8日 (金)

【翻3-8】キタイと契丹

Китай きたーい

 中国。ロシア語で中国をキタイと言い、それが元をたどれば契丹(キタイ)だというのは比較的有名。
 これ、本物のキタイ(笑)の活躍する時代はどうするんだろう、密かにキタイ、ではなく心配していた。
こうなってた。

кидань きだーに

漢字の「契丹」の読みだろう。
 で、このまま活用していたり、形容詞を作っていたりするからほほう、と思ってしまう。

 唐人の方をкитайцы きたーいつぃ(複数形)と書いてあって、こっちの方がよっぽどキタイじゃないかと思うが、両方が入り乱れていても紛れることはない。
 ま、我々もカルタとカルテを間違えないどころか、ファイル(コクヨとかキングとかの)とファイル(パソコンの中の)だって使い分けてる。別に不思議でも何でもなくまったく別物なんだろうな。

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2007年6月 7日 (木)

【翻3-7】漢の武帝

Хяо Ву-ди ひゃお う゛ぅ=ぢぃ(?)←読めない。

 ピンインxiao wu-di(孝武帝)のキリル文字表記らしい。う゛ー=ぢーってのが武帝だというのは想像が付いたものの、Хяо(ひゃお?)ってなんだろうってずっと悩んでいたが。

 でも武后はимператрица У(いんぴらとりーつぁ うー 武皇后または女帝武)になってるんだな。武攸宜もウ=ユイって読んでるし…。

 確かに、時代によって漢字の音は違うということだけど、これは武帝の時代と武后の時代の音の違いと言うよりは、むしろ、拠っている資料がバラバラに読んでいるからかな、と想像してみたり…。

 そうだ、慣用読みって可能性もあり?
 …でも、そもそも「慣用」読みがあるほどメジャーな分野なのかな?(汗)

 日本語でも、「和尚」と書いて、おしょう、かしょう、わじょうなどといろいろに読んだり、呉音とか漢音とかあるのと似たようなことがロシア語でもあるってことか?

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2007年6月 6日 (水)

【翻3-6】襲い掛かるもの

набег なべーく

 二番目の小見出し「霊州襲撃」に使われている語だが、軍事用語でいえば「急襲」。бег(べーく、走ること)が中に入っていることから、機動力のある部隊でいきなり襲いかかる感じがする。
 で、岩波ロシア語辞典に出ている例文がまさに

набеги кочевников なべーぎぃ・かちぇーう゛にかふ 遊牧民の襲撃

…典型的な例ってわけか(笑)。

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2007年6月 5日 (火)

【翻3-5】胡瓜の王子さま

Капаган-каган かぱがん=かがーん

 突厥第二帝国の第二代カガン。今はКапган-каган(かぷがん=かがーん)と書く方が普通だろうが、原文のままにしておいた。
 では、キョル=テギンはКюль-тегин(きゅり=てぎーん)と書いてあるのに、キョル=テギンと直しているのはなぜか、と言われそうだ(笑)。

 …それは、やはり語感が悪いの一言に尽きる。以上。(←深く追求されたくないらしい)

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2007年6月 4日 (月)

【翻3-4】人々が先か、国家が先か

согдийцы さぐぢーつぃ

 ソグド人(複数形)。「ソグダク」の訳に当てられている。
 日本語の場合、まず「日本」という国家もしくは国土があって、「日本人」はそこから派生したカタチになっている。ロシア語も同じで、Русь(るーし、国家の名)→русский(るーすきー、民族名)という方向だ。

 遊牧の民の場合は逆で、テュルク(民族名)→テュルキエ(国名、現在のトルコ共和国。突厥の場合は民族名に同じ)とか、タタル(民族名)→タタルスタン(国名)といった具合。まー、土地に農耕民ほど強く結びついていないので、人間が中心にあるってのはあったりまえーといえばあったりまえー、なんだけど。

 それで。私自身は、単に「ソグド」といった場合、普通ソグドという人々(それこそ「ソグダク」の方)を思い浮かべるからсогдийцы(さぐぢーつぃ)の訳語としては「ソグド」を使ったんだけど、一般的には、Согд(そーくと? ソグドの国)の方を「ソグド」と書いているのかなぁ?

 え、「ソグドの国」って書かずに一語で「ソグディアナ」にしとけば土地と人の見分けがつきやすいって?

 いや~でも、Согдиана(ソグディアナ)って別に出てくるのよ。それで、たぶんほとんど同じ意味で、使う人も意識してるのかしてないのかもわからないんだけど、ニュアンスが微妙に違うような気がするんだよね~。Согдの方がソグドの立てた「国」やら「都市(城)」やらという感じで、ソグディアナだと地方というか、
「あなたのおくにはどこですか?」
って場合の「くに」で、故郷と書いてひらがなで「くに」とルビを振る感じ。

 …でもシルクロード業界では何が普通で何が普通で一般常識なのかよく知らないので、まぁ、いいか。自分の感覚で書き分けとけい。(爆)。

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2007年6月 3日 (日)

【翻3-3】冠詞と人民

《отдел народа》 あっぢぇーる・なろーだ

 отдел(あっぢぇーる)は「部分」。
 定冠詞、不定冠詞はロシア語にはないが(ってゆーか世界の大部分の言語には冠詞はないような…)、あった方がわかりやすいときもある。単数になっているので、英語で言えばaとかoneがついているつもりで訳してみた…自信はまるきりないけどね~(爆)。

 идти в народ(いっちー・う゛なろーと 人民の中へ)といったキーワードでロシア語のまま世界史の教科書にも出てるかと思われるナロードという語はなかなかクセ者。上の例の他にも突厥碑文中のテュルク語・ブドゥン(部民)がナロードと訳されている。民衆とかたみくさのことなんだろうが、いい加減に訳してたら、第3節で、似たようなロシア語люди(りゅーぢぃ 人々)やらテュルク語のulusと一緒に出てきて、思わず踊った。ち、違いが微妙じゃないっすか?(汗)。

 それにしても、社会主義関係でナロードを人民と訳すのはどこから来てるんだろ? 中国語かな? ともかく、ロシアねたでソ連崩壊後ナロードという語を「人民」とは訳さないように他の単語も社会主義臭く訳さないようになったから、ロシアからは急速に共産主義臭さが消えたかのように感じるが、もとのロシア語はそれほどは変わっていないんじゃないかな。ロシア人だってソ連時代とあんまり変わって見えないし。まー、さすがにтоварищ(たう゛ぁーりし 同志)って呼びかけはなくなったのかもしれないが…。

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2007年6月 2日 (土)

【翻3-2】ツァーリ≡ハーン

царевич つぁれーう゛ぃち

 царь(つぁーり)の息子なので、-евичを付けて皇子、王子。娘はцаревна(つぁれーう゛な)。父称と同じ作り方でんな~。
 冒頭にイリテリシュ=カガン(突厥第二帝国の初代カガン、クトルグ)の息子たちがツァレーヴィチと書いてあって、思わずひっくり返った。感覚的にツァーリとハーン(カガン)は全くの等価のようだ。
 山川の『北アジア史』には護雅夫氏がこのカガンの息子たちを「皇子」と呼んでいるので、それに従って訳語に「皇子」を使おうと思ったが、ぢつは、護氏は、『古代トルコ民族史研究III』では、その部分を「王子」と改めているのだ。なので、皇子と書く気にならなかったので、「カガンの息子たち」となんかこうばらけた書き方をしてしまった。だって、私の頭の中では、格好いい度合いはこう(下図参照)なっているもので(笑)。

ツァーリ<ハーン<カガン

 ちなみに、カガンの息子だからといって、父称を作る要領でкаган(かがん)+ович(…オヴィチ 父称を作るときの接尾辞)でカガノヴィチとかにしてはいけない(笑)。

【3-2】参考文献:
護雅夫「突厥の遊牧国家」
Dt3護雅夫著『古代トルコ民族史研究III』に収録。
総論 古代北アジア遊牧国家史概観の第二節第一項(p.43)。





護雅夫「突厥の遊牧国家」
N_asia世界各国史12『北アジア史』(新版)山川出版社
第三章「遊牧国家の「文明化」」の第一節(p.83)。



宮脇淳子著『最後の遊牧帝国 ジューンガル部の興亡』講談社選書メチエ
Juungharツァーリとハーンが等しいというのは、「「黄金のオルド」を継承したロシア」で説明されている(特にp.160あたり)ような理由からだろうが、実際にここまで混じっているのを見ると、「西に向けてはツァーリの顔、東に向けてはハーンの顔」っていう政治外交上の打算じゃないんじゃないかと思える。
※セミョーン・ベクブラートヴィチ(サイン・ブラト)については映画「イワン雷帝」も参照。
あと、チンギス統原理のようなのは阿史那氏にもあるので、この本は見かけたら迷わず買えと言いたい(笑)。

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2007年6月 1日 (金)

【翻3-1】ボリシェビキ…?

Большая надпись ばりしゃーや・なーとぴし

 どの突厥碑文を表すかの略称で
(КТб)
(КТм)
というのが出てくる。КТというのは「キョル=テギン碑文」の略称なんだろうが、問題は小文字の部分。
 б…とみると、反射的に「большевики(ばりしう゛ぃきー ボリシェビキ)?」と思ってしまう。じゃあ何だ、мはメンシェビキか? あり得ないだろ(笑)。
 бとмと対比して使われているからには、やはりбольшая(ばりしゃーや 大きい)とмалая(まーらや 小さい)なのだろう。でも、ビルゲ=カガン碑文なら、大断片なのかもしれないが、キョル=テギン碑は特に割れてないはず。大と小って?

 それで、小野川秀美訳の突厥碑文と見比べてみると、大となっているのは東面で、小となっているのは南面だ。この段落の本文中にも出てくるが、突厥では正面は東なので、碑石は東を向いて建てられる。それで正面の東が広い(大きい)面となるから、そういうことなんだろうか。
 しかし納得しがたいのは、広い面は前だけでなく後ろにもあるだろう、という事。
 たまたま、キョル=テギン碑文、ビルゲ=カガン碑文の裏は、当時の唐の皇帝・玄宗の書いた漢文なので紛れることはないのだろうが、実はその余白にもルーン体文字が書かれているし、狭い(小さい)方の面に至っては同等なのが二つある(南面と北面)ではないか。その区別はどうすんだ。
???

 えーい。もういーわい。出てくるたびに確認するから(投)。

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2007年5月31日 (木)

【翻3-0】まえがき

С.Г.Кляшторный
ДРЕВНЕТЮРКСКИЕ РУНИЧЕСКИЕ ПАМЯТНИКИ
КАК ИСТОЧНИК ПО ИСТОРИИ СРЕДНЕЙ АЗИИ
Издательство ”НАУКА” Москва 1964
(S. G. クリャシトルヌィ著「中央アジア史史料としての古代テュルク=ルーン文字碑文」モスクワ・ナウカ出版社1964年)
の中の
ГЛАВА III СОГДИЙЦЫ И ТЮРКИ
(第3章 ソグドとテュルク)の下訳が完了しました。ばんじゃーい、ばんじゃーい。

 といっても、どこぞに発表できるわけでもなさそうなので、訳してたときに悩んだりおもしろい表現だなぁ、と思ったりしたもろもろの事を30回シリーズでアップしてみようかと思います。めざせ、毎日更新!(6月は)
 文法らしい文法を勉強していない素人ですので、本職のロシア語屋さんから見たら、しょーもない話だと思います。
 でも、ちょこっとだけ知ってるが故に、本職の方から見たらあったりまえーの事でもおもしろく感じられるというのは、素人の特権だと思います。まー、たとえて言えば、箸がこけてもおかしい、という感じで(←その例えは適切?…笑)。
 …ぶっちゃけた話、自爆ネタはウケがよい(例:デイリーポータルZでうけたネタ)ようなのでこの際、盛大に自爆してみようかな、と。(爆)。

 この章の内容を簡単に書くと以下の通りです。ただし、原文は「章」以下の項目に番号がありません。あると便利なので、前から順番に振ってみました。

S. G. クリャシトルヌィ著「中央アジア史史料としての古代テュルク=ルーン文字碑文」モスクワ・ナウカ出版社1964年
第3章 ソグドとテュルク
第1節 ソグド
 1-1 Alty chub soγdaq
 1-2 霊州襲撃
 1-3 キタイの反乱
 1-4 六州問題
 1-5 中国での戦い
 1-6 隴右攻撃
 1-7 キョル=テギン、最初の遠征
 1-8 六州のソグド
 1-9 オルドスのソグド居留地
 1-10 シルクロードのペリオイコイ(文字通りには、セリンディアのペリオイキス)
 1-11 風の道

突厥碑文の「アルトゥ=チュブ=ソグダク」とは、具体的にはいったいどこに住んでいるどんな人たちなのか。「アルトゥ=チュブ=ソグダクとは六州胡である」と今ではあったりまえーのように言われている説の元ネタがこれ。

第2節 テュルク
 2-1 絹貿易
 2-2 テュルクの伝説
 2-3 最後のフン
 2-4 阿史那部族
 2-5 トゥルファンの遺産
 2-6 突厥内のソグド
 2-7 オルドス居留地の始まり

中国の史書に出ている突厥の始祖伝説をリアルな歴史の反映と考え、阿史那(アシナース)というカガンの氏族名がインド=ヨーロッパ語族の言語起源であろうということから、テュルクとソグドの接触はかなり早いのではないかと考察する。両者の深い関係の歴史を突厥崩壊後まで概観する。

第3節 アルグゥの国
 3-1 テュルギシュのタート
 3-2 セミレーチエの諸都市
 3-3 ソグドの使節
 3-4 アンフィクテュオニア(隣保同盟)

キョル=テギン碑文中、解釈に議論のある語の解明を通じて西突厥、テュルギシュとソグド植民都市との関係を探る。旧ソ連での考古学的発掘の成果と漢文・イスラム・チベットそして突厥碑文の資料を総合して、セミレーチエのソグド諸都市の政治的立ち位置について考える。

詳しくは…そしてより正しくは「エス=ゲー=クリャシュトルヌィの突厥史研究」(下記参照)を是非ご覧ください。
全体として参考にしたのは以下の通り。各節ごとの参考資料は、その都度まとめる予定。

佐口透 山田信夫 護雅夫 訳注『騎馬民族史2』平凡社東洋文庫233
Kiba2騎馬民族史 2―正史北狄伝 (2)

1(五胡十六国関係)と3(吐蕃関係)も使いますが、全体的には2で。

それにしても、手持ちのをスキャナでとってみたら、なんかえらい汚れてるなぁ。



加藤繁 公田連太郎 譯並註  『國譯資治通鑑』
Noimage1『國民文庫刊行會国訳漢文大系』に収録。
戦前の邦訳、というか書き下し文。
E. O. ライシャワーは「あんなのは邦訳じゃない」というようなことを言っていたような気もするが、漢文読めない身には非常にありがたい。



護雅夫「エス=ゲー=クリャシュトルヌィの突厥史研究」
Dt1護雅夫著『古代トルコ民族史研究I』昭和42年3月 山川出版社に収録。
テュルギシュ関連でIIも使うけど、全体的にはこれ。
「エス=ゲー=クリャシュトルヌィの突厥史研究」とか、「劉茂才の突厥史研究」を読まないことにはなーんにもでけまへん。
古い本ですが神田神保町界隈だと、1なら普通に売ってます。でも2(バラ)がない(泣)。


小野川秀美「突厥碑文譯註」
Noimage1『満蒙史論叢 第四』(昭和18年7月満文化協会)に収録。





『岩波ロシア語辞典』岩波書店
Iwanamirya岩波ロシア語辞典

研究社のを使う人の方が多いかと思いますが、なぜか岩波(笑)。
柔らかいので手になじんで使いやすい。その分すぐバラバラになるのが玉に瑕。
こうしてみてみると、ハコ自体ぼろぼろじゃん。でもこれのおかげで中身がかろうじて分解せずに残ってます。

『広辞苑 第四版』岩波書店
Kojien4広辞苑

最新は5版だったかな。
これとこの下のエキサイト辞書両方に出てる言葉は、一般常識、誰でも知ってる(今知らなくても引けば知ってる)…ということで基準にさせてもらってます。

エキサイト辞書・国語(『大辞林 第二版』三省堂)・中国語(『デイリーコンサイス中日辞典、日中辞典』三省堂)

なお、掲示板に出ない特殊文字(トルコ語のヒゲつきsとかcとかその他もろもろ)は、半角英字記号等でそれっぽく作っているつもりです。心の目でご覧ください(ぇ)。

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2007年5月26日 (土)

シリーズ「絲綢之路 14 カシュガル」

カシュガール/エイティガール寺院/香妃の墓 [絲綢之路シルクロード9]

中国
企画制作:浙江長城映視有限公司

 「シルクロード」とは何なのかよくわからないままではイカンと思い、ホータンのことをちょっと調べる必要が出てきたので、この機会に少しは勉強しようと思って借りてみた。

 なかなか素材感溢れるおもしろい映像だった。
 中国の会社が作って韓国でプレスしてるって感じが良く出ている(どーゆー感じよ?)。

 最初にチャプタリストが出、その中に「モハメッド カシュガリの墓」があった。ちょうど読んでた論文にマフムード=アルカーシュガリーについての話が出ていたので、おっ、タイムリー♪と思って押すと…。

 「カシュ東のバザー」が再生された(爆)。

 でもまぁ、「カシュ東のバザー」を押すと「モハメッド カシュガリの墓」が再生されたのでまぁ、いいっしょ(笑)。
 しかも、「カシュガル1」「カシュガル2」はこの前の巻『絲綢之路 13 タクラマカン砂漠』に入っていて、カシュガル関係の映像がぶった切れている。大陸的おおらかさがあますところなく演出されていて何とも心憎い(←褒めてます)。

 ナレーションは読み方は上手いのだがなにぶん単調なので、どうしても寝てしまう。たぶん、中国語の直訳なのだろう、中国のこの手の番組ってこういう事言ってるのか、とわかって結構おもしろかった(なら寝るな)。
 NHKのように、難しい漢字がキャプションで出たりする事など一切ないのも、親切すぎてお節介に感じられる日本の番組とは違うぜ、と異国情緒を感じられて趣深い。

 たとえば、「りくとく人」と盛んに言っているのは、間違いなく「粟特(ぞくとく=ソグド)人」のことだ。こういうの、中国語でもキャプション付いていたら、だいたい想像できるのだが。雲南で見たテレビには中国語でもちゃんと字幕付いてたのにさ~。簡体字は読みにくいとはいえ、クローズドキャプションくらい付ければ非漢民族には助かるんだけど。そういう配慮がないのも、「素材感」を醸し出してる。
 あと、突厥、突厥と連呼しているのが面はゆい。もちろん、阿史那氏のテュルクのことではなく、単に現代のトルコ系の人のこと言ってるだけなんだけれど。

 このシリーズ、全15巻なんだけど、たぶん、全部見たら疲れると思う。ツッコミどころ多すぎ(笑)。

 でもまぁ、所詮他人の撮った映像、入り用な所は映らなかったんだけれどね(爆)。

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2007年5月21日 (月)

映画「9000マイルの約束」

9000マイルの約束

2001年ドイツ
監督:ハーディ・マーティンス
音楽:エドゥアルト・アルテミエフ
キャスト:
クレメンス・フォレル…ベルンハルト・ベターマン
ドクター・シュタウファー…ミヒァエル・メンドゥル
カメリアフ中尉…アナトーリィ・コテニョフ
イリーナ…イリーナ・パンタエヴァ

 第二次世界大戦後、ソ連で戦犯として25年の矯正労働の判決を受けたクレメンスが、デジネフ岬にある収容所から脱走して、徒歩でシベリアを横断し、ドイツの家族のもとに帰る、という実話を元にした感動の物語。

 ちなみに、デジネフ岬というとここら辺(←Googleです)。
 …ベーリング海峡を渡ってアラスカに行った方が早い(笑)。

 実話を元にしているとはいえ、ディズニー版「南極物語」とか、「夢駆ける馬ドリーマー」みたいな「片鱗もねぇ!」っていうのもあるので、「真実の物語」とか言われてもどの程度の真実なんだか(苦笑)と、正直、あまり期待はしていなかった。まぁ、普通に感動の家族愛、お涙ちょうだいモノでもいいや、現地でロケもしてるだろうから風景が堪能できれば、と。

 でも、見てみるもんですね~!!!

 シベリアの風景が素晴らしいのは予想通りだったのだが、シャマンの不思議な儀式が興味深かった。

 雪原でオオカミにかじられたクレメンスを地元の人が助けて集落に連れて行く。で、意識のないクレメンスの裸体の上に、ぺたんとトナカイのハツとレバーを乗っけて毛皮で包み込んでシャマンが太鼓を叩いて祈るのだ。

 そこの集落の美しい未亡人イリーナが献身的に看病する、といういわばお約束のストーリィなのだが、この儀式、監督は事前にアイディアがなくてシナリオも白紙で(笑)現地のシャマンに教えてもらって作り上げたのだという。監督、サイコー!
 ただ、具体的にどこの民族かわからないのが残念。

 物語上では、比較的ヤクーツクに近いヤクーチャのどこかのトナカイ飼養民で「エスキモーみたいな民族(監督談←なんか何もわかってないっぽい?…笑)」という設定だそうだ。円錐形のチュムっぽい家に住んでいる。馬がいないのでサハではないような気はするが。

 イリーナ・パンタエヴァはブリヤート人だが、ロケ地は西シベリアで、村自体はセットで作り物なものの、村人は現地の人を動員して撮ったということだ。ウグル系なのかな? 見る人が見たら特定の民族だとわかるのかも。
 あくまでヨーロッパ人が考える「シベリア少数民族」のイメージなのであって、具体的に「どこの誰」と詮索するのはヤボなのかもしれない。でも気になる(笑)。
 それにしても、あのレバーとハツは本当に美味そうだったなぁ~。この日、偶然晩飯のおかずに豚ハツとキノコのコリアンダー風味を食べたところだったので、運命さえ感じた(爆)。

 ちょっと笑っちゃったのは、カメリアフ中尉がクレメンスを追って、シベリアから中央アジアまでやってくるのだけれども、彼が尋問しようとするたびに、クレメンスとかかわった者が不可解な死を遂げるのだ。
 クレメンス…名探偵コナンの毛利小五郎ばりに不吉な男…(笑)。


関連作品:
音楽・アルテミエフの映画→「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」「ウルガ」「オブローモフの生涯より」
「シベリアード」
「鏡」「ストーカー」

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2007年5月 6日 (日)

ケサランパサランのルーツがジャダだったとは

 ケサランパサラン
 子供の頃、流行った。テレビで見たのは、ウサギの毛皮のような感じで丸くなったヤツ。そのタイプは実物を見たことはないけれど、綿毛のようなのをケサランパサランという地方もあるらしく、それっぽいの(明らかにアザミの綿毛だろ、とは思ったが)を捜しては捕まえて、おしろいをやって飼ってる子もいた。
 形はいろいろでも、おしろいを食べて増える、幸運をもたらす、毛というのが共通するナゾの生き物?だったと思う。
 名前がカタカナなのに、その割には昔からの言い伝えとかがあって、そのミスマッチというかアンバランスさが何とも言えず不思議魂(笑)をくすぐったもんだった。

 最近、日本ケサランパサラン協会の公式サイトを見つけて、おっ、懐かしいと思って読んでいたら、ケサランパサランの正体についてまとめられているところを見てあっと思った。
 ケサランパサランの正体とは…「家畜動物の腸内結石」…つまり、ジャダ=タシ(ジャダ石)だというのだ。
 しかも広辞苑に出ているって。

>ヘイサラ‐バサラ (pedra bezoar ポルトガルの転) 牛や馬の腹の中から出る結石。赤黒色で、解毒剤として用いられた。馬石記「彼の>馬玉の記に、 和漢にて鮓答(サトウ)といひ天竺(テンジク)にて―といふ」 広辞苑より引用

さ、さとう…ジャダじゃん!

>さ‐とう【鮓答・鮓荅】‥タフ 馬・牛・羊・豚などの胆石、または腸内の結石。生薬とする。牛黄(ゴオウ)。馬の玉。ヘイサラバサラ。ドウサラバサラ。 広辞苑より引用


 ジャダ石を使って雨を降らす方法は、テュルクに限らず、草原に広く伝わっている。
 例えば、トルイが金を攻略したときにカンクリ人に命じてジャダ術…特殊な石(ジャダ石)を水に浸して真夏に吹雪を起こさせた、という。(ドーソン著・佐口透訳注「モンゴル帝国史2」平凡社東洋文庫pp.351-354.)
 戦時に使うと記録に残りやすいけれど、そうでなくても雨が定期的に充分に降るとは限らない草原では、貴重な雨を降らす力って、とてもありがたいものだったに違いない。
大切な雨をもたらすもの…。
 それがめぐりめぐって日本にやってきて、「幸運をもたらす」というケサランパサランの性格に残っているとしたら、とてもおもしろい。


参考文献:

岩井大慧「遊牧民族鮓荅資料匯集」遊牧社会史研究第7冊(1961年2月)
ウノ・ハルヴァ 著・田中克彦 訳「シャマニズム―アルタイ系諸民族の世界像」三省堂

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2007年5月 4日 (金)

映画「らくだの涙」

らくだの涙

2003年ドイツ
監督:ビャンバスレン・ダバー/ルイジ・ファロルニ

 らくだはいつも口ぽかーん。下唇が下がっているのでぼけっとして見えるが、結構気性が荒いよね。あの柔らかそうな口でトゲのあるカラガナ(ハリガナ、映画の最初にも出てくる植物)なんかばりばり食うし、身体もでかいし、毛がもさもさだからひょっとしたらオオカミの牙なんか肌まで届かないのかも。「らくだ(ブグラ)」の名を持つハーンがいるのも頷ける。この映画ではそんなに凶暴な面は見られないけど(まぁ、優しい?母らくだが主人公だしね)気に入らないと、くっさい胃液吐きかけてくるし。そもそも息がクサイ(←失礼な…笑)。

 ゴビの風景が何度見てもステキ。でも風はものすごいし、水の問題もあるから、軽い気持ちではなかなか行けない。でも住みたい(笑)。
 本当に遠くまで見通せるから、足の速い草食動物にとっては割と安全なところなんだろう。だからこそ、らくだのようによく適応した動物がいるんだろうなぁ。いいなぁ、らくだ。
 モンゴル語のテメーとかトルコ語のデヴェというのはらくだの鳴き声からきた名前なんだろうけど、映画の中ではそれ以外にも本当にいろいろな声で鳴いてる。

 それにしても、いかに事前に調査していったにしても、最後に生まれたらくだが白くてしかも母親が育児拒否ってまるで作ったような話だが偶然の出来事だとは。動物園で飼われている動物だと子供を育てないってことは結構あるらしいけど、それにしても撮影に行ったとき起こるなんて、ねぇ。

ビャンバスレン・ダバー監督作品→「天空の草原のナンサ

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2007年4月29日 (日)

映画「イワン雷帝」

Ivan4イワン雷帝

1944-1946年ソ連
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
キャスト:
イワン4世(雷帝)…ニコライ・チェルカーソフ
アナスタシヤ…リュドミラ・ツェリコフスカヤ
エフロシニヤ…セラフィマ・ビルマン
ウラジーミル…パーヴェル・カドチニコフ

 外のシーン(カザンを攻略する所とか)も若干あるがほとんどが宮廷内の陰謀の話で、役者がシーンごとに
「そんな格好絶対しない~」
というジョジョ顔負けのポーズを取るので、とっても漫画ちっく。あ、でも、オペラもこんな感じか(笑)。全体的にオペラっぽいのは、音楽の印象からかもしれない。

 まー、国内の裏切り者に対して厳しい姿勢で臨むイワンを正当化している辺りは、政権寄り?という感じはする。でも、これジョジョ風の台詞回しにしたらおもしろそうなんだがなー。ごてごてした衣装も荒木風?(笑)

 チェルカーソフが、「ベルリン陥落」のヒトラー並みのブチ切れた演技をしているのかと想像してた(爆)。それはそれでおもしろそうだが、この映画のイワンはやけに賢明で格好良いぞ~。「雷帝(グローズヌィ)」っていうくらいだから、もっと陰険凄惨、血しぶき飛び散るのを期待してたのに(ぉぃぉぃ)。


第1部
 1547年1月16日、イワン4世はロシアで最初の皇帝(ツァーリ)になった。だが、皇帝に権力が集中することを嫌う貴族たちの敵意を一身に集める事になる。
 そういった不満をあおり、イワンを陥れようとあれこれ陰謀を巡らしているのが、イワンの叔母エフロシニヤ。彼女は自分の息子ウラジーミルをモスクワ大公にしようと企んでいる。
 イワンの唯一の理解者、皇后アナスタシヤも彼女の毒手に倒れる。貴族たちの巣窟モスクワを捨てて、イワンはアレクサンドロフに退去する。

第2部
 おのれの権力の源泉が貴族たちでなく人民にある、ということを演出しつつ、イワンはモスクワに帰還。
 一方、かつての友人、クルプスキー公爵やフィリップ府主教さえ、イワンの許を去っていく。最終的には厳しい決断をせざるを得なくなるイワン。ロシアを見限って亡命する貴族が相次ぐ。
 危機感を募らせるエフロシニヤは、ウラジーミルが酒宴に招かれた機会に、暗殺者を差し向ける…。

Linew_2

 それにしても184分って長すぎる…(笑)。さすがに一気に見るものじゃないんだろう、2部構成になってるところを見ると。

 問題のチンギス=カンの末裔セミョーン・ベクブラートヴィチにツァーリを譲位する、という事件から着想したと思われるエピソードがあるにはあるが、まったく史実とは関係なく話が進む。
 それにしても、ウラジーミルなんて、特に野心もないただのあほーなのに、母親が無理に皇帝にさせたがったせいで振り回されていて、なんだか気の毒だなあ。おばかの方が担ぎやすいっていうのはあるにしても。皇帝の代わりになりうる者は、おばかでもおりこうでも不幸になる運命なのか…。

参考文献:
Ivanイヴァン雷帝
アンリ・トロワイヤ・著
工藤庸子・訳

こっちの雷帝はエイゼンシュテイン版より数段恐いですよ~(笑)。



関連作品:
エイゼンシュテイン監督/プロコフィエフ音楽/チェルカーソフ主演「アレクサンドル・ネフスキー
エイゼンシュテイン監督/マイゼル音楽「戦艦ポチョムキン
カドチニコフ出演「シベリアーダ

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2007年4月19日 (木)

映画「チェチェン・ウォー」

チェチェン・ウォー

2002年ロシア
制作:アレクセイ・バラバノフ
キャスト:
イワン…アレクセイ・チャドフ
ジョン…イアン・ケリー
マーガレット…インゲボルガ・ダプクナイテ
メドベージェフ大尉…セルゲイ・ボドロフ
ルスラン…エフクリト・キュルジディス
アスラン…ゲオルギー・グルグリヤ

 ジャンルとしてはコメディだろうが、とってもブラック。あまりにもリアル過ぎて笑えない。
 いわば、「スターリン・ジョーク」実写版ってところ。ああいうのが好きな人のツボにははまると思われる。…って、あれれっ?これ、すごく褒めてるつもりなのに褒めてるように見えないぞ???おっかしいなぁ(笑)。つまり、お勧めって事です(笑)。

 チェチェンのどこかの村。ロシア兵のイワンは、アスランという有力者に捕まってこき使われる事2か月。
 そこに英国人のジョンとマーガレットが連れてこられた。彼らの前でロシア兵は斬首されるわ、ビジネスマンのユダヤ人は指を詰められるわ、いろいろ恐~いものを見せつけられる。ジョンは、
「人権侵害だ!」
とか英語で叫んでいるが、いろんな意味で(笑)通じない。

 さんざん脅されたあとに送られた先もなんだか普通の村。つーか、アスランちじゃないのかな。家の中で普通に女の人が家事してるぞ。
 彼ら捕虜が放り込まれる縦穴は庭にあり、そこでは普通に尻尾がふるふるの羊を屠っていたり、村人(もちろん銃は持ってる)が屋根の上でうんこ座り(←ナカーマ)で見物してたりする。

 穴の中には先客のメドベージェフ大尉がいるが、彼は背中に大砲の破片が入っていて、自由に動けない様子だ。しかーし!こんな穴蔵で、同じ捕虜の立場でも、軍の階級章は絶対であるッ!
「気をつけ!」
と大尉に怒鳴られてイワンはビシッとかかとをあわせて報告。だって戦争中だから!

 マーガレットといえば大尉に一目惚れ? 会ったその時から熱心に看病している。…しかし、彼女ちょっと熱心過ぎないか? 婚約者のジョンの前で(笑)。

 アスランはジョンたちに200万ポンド(2007年4月20日のレートで4億7516万8千円)という法外な身代金をふっかける。しかし、電話ではラチがあかないので(そりゃそうだ)、マーガレットを人質に残し、ジョンに金の工面をさせるため、イワンを付けて解放する。

 さぁ、これからがたいへんだ。ジョン、ただの役者だし。そんな大金財産を全部売り払っても出てこない。英国政府が出すわけないし…。NATOに
「チェチェンのテロリストを空爆してくれ!」
と頼みに行く。んー、それって、NATOがロシアを空爆ってことになるみたいだよ。…ムリだろ。

 一方、大尉の釈放にはアスランの甥の解放が条件になっているけれど、イワンがそれを軍に訴えてもなしのつぶて…。一応、大尉の家族に会ってから故郷のトボリスクへ帰る。
 息子に会うなり母、
「テレビに映ってたんだってね! あたし、見逃しちゃったの~。」
生身の息子よりテレビか~。かあちゃんよおおおお。

 さて、公式のルートではみんなに断られてしまったジョンが、裏のルートを使おうとして、イワンに通訳になってくれるように頼みにくるのだった…。

Linew_2

 それにしても、殺した敵の耳を切り取るのって、今もやってるんだなぁ。モンゴルの伝統は生きているって事か?

アレクセイ・チャドフ出演作品→「レッド・スナイパー ~独ソ最終決戦~」「ナイト・ウォッチ」「デイ・ウォッチ
エフクリト・キュルジディス出演作品→「ロシア特殊部隊スペツナズ

(以下はネタバレ↓)

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2007年3月25日 (日)

映画「モンゴル」のキャスティングについて

前回から引き続いて「モンゴル」気になりついでに、キャストについてあれこれ妄想中(笑)。

テムジン(チンギス・カン)…浅野忠信
公式サイトの一番最初の役者が紹介してある所に、出た映画「座頭市」「御法度」なんて書いてある。
さすが北野武、ヨーロッパ方面で強いんだナーと思った。
世界的に知られた俳優で、ぎりぎりモンゴル人に見える顔って事で日本人なんだろうか。
顔ってことなら、香港人でもいいじゃん、とか思うけど、神道はシャマニズムに近いという印象があって、それで当時のモンゴル人ときっと通じるものがあるに違いない、と思われての起用かも(妄想でふ)。

ボルテ(テムジンの妻)…フラン・チュルーン
モンゴル語的には「チョローン」の方がひょっとしたら近いのかも。(ロシア語から起こしてるのですまんこってす。)
この人はもともとは役者でなく素人。モンゴルの大学3年生、21歳だそうだ。
それにしても、この人の演じるボルテは若いときから肝っ玉母ちゃんの片鱗が~(笑)。

ジャムカ(テムジンの親友)…スン・ホンレイ
パート1でどこまでやるのかわからないが、とりあえず最初はアンダ(親友)ってことで。
スン・ホンレイは「セブン・ソード」とか「初恋のきた道」とかに出てる。けど、どれも見たことないからわからんなー。

エスゲイ(テムジンの父)…バーサンジャプ
NHK大河ドラマ「北条時宗」のクビライ役の人ですね。
こらえ性がなく、連続モノをたいてい見ない自分が、「北条時宗」の時は、一年間、毎週日曜日には、8時になる前にテレビの前に正座して待ってたもんだった、クビライが見たいばっかりに(爆)。クビライが出た日はもう大喜び、出ない日は翌日まで(圧倒的に多いわけだが)どよーんとしてた気がする。
これがいわゆる萌えってやつなんでしょうかね~~~(笑)。

クビライ萌え~。

で、今度はエスゲイなのか…すぐ死んじゃうんだよね、きっと。あうあう。

ホエルン(テムジンの母)…アリヤ
で、エスゲイ父ちゃんが死んじゃったあと、テムジンやその弟妹たちを育て上げた肝っ玉母ちゃん。
女優のアリヤさんはどんな人かわかんないです。

タルグタイ…アマドゥ・ママダコフ
タイチウドの領袖タルグタイ・キリルトゥグ。テムジンの最も初期の敵役ですな。公式サイトに枷にはめられてる子供テムジンの写真があるけど、あれやったのこいつ。子供を虐待する非道いオヤジだ(笑)。
でも、一番最初にテムジンのすごさを見抜いた人を見る目のある人物とも言える。だからこそ執拗に殺そうとするんだろう。
ママダコフは、「東部戦線1944(2002年)」という映画でアレクセイ・クラフチェンコ(「炎628」「シティ・コネクション」)と競演してる。
インタビュー読むとアルタイ人のようだけど、キプチャクの出だとも言ってる。アルタイ人って幾つかの部族の総称みたいだから、細かく見ると出自はいろいろだったり、でも各々ちゃんとわかってたりするのかもしれない。
そういえば、黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」のデルス役マキシム・ムンズクもトゥバ人だったりして、南シベリアはシャマニズムのメッカ(爆)というイメージがあったりして。

デイ=セチェン…ヘー・ツィー
わかりません。

子供の頃のテムジン…オドナン・オドスレン
子供の頃のボルテ…バヤルツェツェグ・エルデネバト
子供の頃のジャムカ…アマルボルド・トゥフシンバヤル

子役は全員わかりません。名前はモンゴル人っぽいけど。

ソルカン=シラ…ア・ユエル
この人もわからない。なに人ともつかない名前に見えるけど、わかる人にはわかるんだろうナァ…。

中国方面に詳しい人ならわかるのかな。
わかる方、教えてくだされ~。

追記:
9月20日記事今日封切り!(ロシアで)映画「MONGOL」に予告編、トレーラーをまとめてみました。

2008年4月7日記事映画「モンゴル」見てきた。

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2007年3月20日 (火)

映画「モンゴル」について妄想する

 よそんちの掲示板(天地プロ)で見て以来気になってしょうがないので、映画「モンゴル 第一部」についてあれこれ想像してみる。2007年秋公開ということなんで、まだ先の話だけれども、たぶん、DVD買うな(更に先の話だ…笑)。しっかし、日本の俳優が主役なので日本で公開しないって事はないだろうけれど、120分って時点で、日本でロードショーできるのかと不安になるね(笑)。

公式サイト→http://mongol.ctb.ru/

「戦争と平和」以来のスケールとか、制作費1500万ユーロといったうたい文句とか、
あれ、ここ「ククーシュカ」作ったとこだろ、などとやや不安になる要素がないでもないけれど、角川版を見ようとするために心に生じた葛藤(爆)のようなものはない。


↓以下は、「モンゴル」に直接関係なし↓

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2007年3月15日 (木)

タイムラインで年表

試しに年表作ってみました。まだワクだけだけれども。

1000~っていうのがどうにも困ってしまうが、結構きれいにできそう。
横長なんでブログにはるときつい(笑)。

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2007年3月 5日 (月)

漫画「ウイグル無頼」

ウイグル無頼Uighur_2

2003年日本
(連載1972~1973年)
横山光輝・著


 かつて、中国の西南に夜郎と呼ばれる国があった。「夜郎自大」というはなはだ不名誉な故事で有名である。
 唐の時代に編纂された地理書「元和郡県図志」によると、この地方の西北部に七曲水という大河があり、更にその北に弱水という南北およそ200km、東西およそ350kmにもおよぶ大湿地帯があったという。

 そこは、年中霧に覆われ、太陽や月の光は届かず、樹木が密生して、常に多湿で昼といわず夜といわず濡れていたという。
 その上は鳥も飛ばず、地を走る獣もいない。ただ、夏になると毒蛇が多く繁殖するだけである。

 唐代の人たちは、この周辺、そしてこの先にある、現在の雲南省にあたる地方にある河川には瘴気があるといって、非常に恐れていた。
 唐の国力が盛んであった玄宗の時代に、二度にわたり大軍を送り込んで遠征を行ったが、当時その地方を治めていた南詔という小国に敗れて二度とも全滅したのだった。
 命からがら逃げ帰った人たちの話によると、河川の上に黒々と渦を巻く瘴気が目に見えたといい、戦闘が行われる前に熱病(マラリア?)によって倒れた兵士も多かったという。

 当時の南詔は奴隷制の国家だったといわれている。
 また、大渡河の北方、金川方面に、吐蕃王家とも関わりが深い女王が治める国、東女国をおく説がある。

 そういった歴史的事実に基づき、横山光輝の書いた物語がこの「ウイグル無頼」である。
 空前絶後、未曾有の草原の大帝国、「大ウイグル帝国」の建国に関わる物語だという。

 だがその真偽は定かではない

   <完>


参考文献:
Qv
東女国があったという四川省西部の写真集。
草原…はあるけど、平原…って…。

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